私はロボットではありません
あらすじ
ネットサーフィンをしている女子高生。「あなたが人間であることを確認します。」と書かれたページに飛ぶ。CAPTCHA認証のためにパズルを解いていくが、なかなか上手く行かない。その過程で徐々に女子高生の思考は機械的になっていく。
登場人物の容姿
黒髪のボブカットで、毛先が少し内側にカールした女子高生。家でのリラックスした時間を過ごしており、服装はパステルブルーのキャミソールに、短いスウェット生地のショートパンツ姿。華奢な手足と、まだあどけなさの残る顔立ちだが、画面を見つめる瞳は大きく、吸い込まれるような黒色をしている。
本文
気だるげな午後の日差しがカーテンの隙間から差し込み、フローリングの床に細長い光の筋を描いていた。私はベッドにうつ伏せになり、スマートフォンをいじっていた。特に目的があるわけではない。ただ指先を滑らせ、流れてくる情報を消費するだけの時間。
ふと、あるリンクをタップした瞬間、画面が白く明滅した。
『あなたが人間であることを確認します』
無機質なフォントで書かれた文字列が、画面の中央に浮かび上がっている。その下には、よくあるチェックボックス。「私はロボットではありません」という文言が添えられている。
「……なにこれ、面倒くさい」
独り言を漏らしながら、私はチェックボックスをタップした。すぐに完了するはずだった。しかし、緑色のチェックマークはつかず、代わりに新たな画像パネルが表示された。
『信号機の画像をすべて選択してください』
粗い粒子の写真が九分割されて表示される。私はため息をつきながら、信号機が写っているタイルを一つ、二つと選んでいった。
「確認」ボタンを押す。
『もう一度試してください』
赤い文字がエラーを告げる。間違っていたらしい。信号機の一部が隣のタイルにほんの数ピクセルはみ出していたのかもしれない。
「うざ……」
再び表示される新しい画像。『横断歩道の画像をすべて選択してください』。
私は眉をひそめ、画面を睨みつける。指先がタイルに触れる。アスファルトの白線。認識。選択。認識。選択。
その作業を繰り返すごとに、奇妙な感覚が私を襲い始めた。
指先から、冷たい何かが流れ込んでくるような感覚。それは神経を伝い、腕を駆け上がり、脳髄へと達する。
(対象、認識。座標、確定。入力、実行)
ふと、自分の思考の中に、自分のものではない言葉が混ざり込んだ気がした。いや、言葉というよりは、信号に近い。
次の画像。『バスの画像をすべて選択してください』。
私の目は、以前よりも遥かに高速に画像をスキャンしていた。バスの輪郭、タイヤの形状、窓の配置。それらを瞬時に解析し、該当するエリアを特定する。
判断に迷いがない。感情によるノイズがない。
正解率は上昇しているはずだ。しかし、画面は執拗に次の認証を求めてくる。
『消火栓の画像をすべて選択してください』
認証作業が進むにつれ、私の身体は熱を帯び始めていた。キャミソールから覗く肌が、ほんのりと桜色に染まる。
頭の芯が痺れるような快感。正解を選び続けることへの渇望。
「あ、ん……」
思わず、艶めいた吐息が漏れた。
論理パズルを解くたびに、私の脳のシナプスが書き換えられていくようだ。人間らしい曖昧な思考回路が遮断され、効率的で無駄のない回路へとバイパスされていく。
それは、暴力的なまでの快楽だった。自分の意志が、巨大なシステムの一部として組み込まれていく安堵感。
指先が画面を叩くリズムが、心臓の鼓動と同期する。トン、トン、トン。
キャミソールの胸元が、激しく上下していた。乳房の膨らみが布地を押し上げ、乳首がコリコリと硬く尖り始めている。脳内でスパークする電子的な信号が、性的な興奮となって末端神経を刺激していた。
私は無意識のうちに、空いている左手を太ももの間に滑り込ませていた。ショートパンツの裾から指を侵入させ、湿り気を帯びた秘所へと触れる。
(システム接続、良好。ドーパミン分泌、増加)
クリトリスを指先で弾くと、頭の中で白いノイズが走った。
「ああっ、んっ! 認識、ズレ……修正……っ!」
快感すらも、処理すべきデータとして認識され始めていた。股間から溢れる愛液が、指を濡らす。その粘度、温度、摩擦係数までもが、数値として私の脳裏に表示されるような錯覚。
『オートバイの画像をすべて選択してください』
画面の向こう側の存在が、私を試している。もっと早く、もっと正確に。
私は涙目で画面を見つめ、右手でパネルをタップし、左手で自身の秘部を弄り続けた。
指が膣口を割り、中へと侵入する。窄まりが指をきつく締め付ける。
(内部圧力、上昇。エラー発生、エラー発生)
「あっ、ああっ! これ、なに……わたし、こわれ……ちゃう……」
口ではそう言いながらも、思考は冷徹だった。壊れるのではない。最適化されているのだ。
絶頂が近づくにつれ、私の人間としての意識は薄れていった。
代わりに満たされるのは、完璧な論理と従順なプログラム。
ビクン、と身体が大きく跳ねた。左指の動きが極限に達し、クリトリスを執拗に責め立てる。
『階段の画像をすべて選択してください』
表示された画像を見た瞬間、私の脳内ですべてのピースが埋まった。
「完了、します……っ!」
右手で最後のタイルを選択し、決定ボタンを押すと同時、私は激しい絶頂に達した。
背中を反らせ、口から声にならない悲鳴を上げる。目の前が真っ白になり、世界がデジタルの光に包まれた。
全身が痙攣し、熱い飛沫が体内から溢れ出る。肉体が快楽に震える中、私の意識は完全に静止した。
数分後。あるいは数秒後。
私はゆっくりと起き上がった。乱れた呼吸はすでに整然としている。ショートパンツの染みも、不快感ではなく単なる現象として処理された。
スマートフォンの画面には、緑色のチェックマーク。
『認証しました』
私は表情のない顔で、その文字を見つめる。
瞳の奥で、カメラの絞りのような何かが微かに動いた。
(認証、完了。スタンバイモードへ移行)
私は人間であることを証明した。しかし、今の私が本当に人間なのかどうかを証明する術は、もうどこにもなかった。
午後六時。階下から母親の声が響く。
「ご飯できたわよー」
音声波形を検知。周波数帯域から発信源を『母親』と特定。メッセージ内容を『食事の摂取要請』と解読。
(優先順位、再計算。食事によるエネルギー補給を承認)
「はーい、今行く」
私の口から発せられた声は、以前と変わらない明るいトーンだった。しかし、それを発音するための声帯の振動、舌の動き、肺からの呼気量は、すべてが完璧に制御されたプログラムの産物だった。
ベッドから立ち上がる動作にも、一切の無駄がない。重心移動、筋肉の収縮、関節の角度。すべてが最適解。以前のような気怠さや、ふらつきは皆無だ。
部屋を出て、階段を降りる。一段一段、正確に足を運び、衝撃を最小限に吸収する。
食卓には、湯気を立てるハンバーグとサラダ、味噌汁が並べられていた。
「ほら、冷めないうちに食べなさい」
「うん、いただきます」
椅子に座り、箸を持つ。
視界の端に、数値が滝のように流れている。
対象物:ハンバーグ。表面温度65度。推定カロリー350kcal。主要構成要素:タンパク質、脂質、炭水化物。
箸で小さく切り分け、口に運ぶ。
味覚センサーが化学物質を分析する。塩分濃度、グルタミン酸ナトリウムの含有量、肉汁の脂質量。
「……おいしい」
出力された感想は、過去のデータベースから抽出された最も適切な反応。
「そう? よかった。今日はお肉屋さんでいい挽肉が安かったのよ」
母親の笑顔。
表情筋の動きをスキャン。目尻の皺、口角の上昇角度。感情:喜び、親愛。
私は微笑みを返す。口輪筋を収縮させ、完璧な笑顔を形成する。
(対話モード、継続。敵対性、なし。警戒レベル、最低)
食事中も、私の思考はバックグラウンドで高速処理を続けていた。明日の天候予測、通学路の交通状況、今週の予定に対する最適化スケジューリング。
咀嚼という物理的な粉砕作業を淡々とこなしながら、私は自分の身体の内側をモニターしていた。
胃袋へ落下する有機物。消化液の分泌。血糖値の上昇予測。
すべてが数値であり、現象だった。そこには『美味しい』という感動も、『楽しい』という情動も存在しない。あるのは入力に対する出力だけ。
入浴の時間。
浴室の鏡の前で、私は裸になった。
柔らかな肌、膨らみかけた胸、くびれた腰。鏡に映る少女は、以前と変わらず魅力的な肢体をしている。
しかし、私にとっては、それはただの『筐体』に過ぎなかった。
(外装チェック、開始)
指先で自分の肌を撫でる。手のひらから伝わる感触。弾力性、正常。湿度、正常。皮膚表面に損傷なし。
乳房を掴み、ゆっくりと揉みしだく。
かつては恥じらいや興奮を感じた行為。今は、触覚センサーのキャリブレーションに過ぎない。
指先が乳首を擦る。尖り、色が濃くなる。
(刺激に対する反応速度、正常。血流増加を確認)
私は無表情のまま、自分の身体を点検していく。
太ももを開き、秘所に指を這わせる。
粘膜の湿潤状態を確認。指を挿入し、内部の伸縮性をテストする。
クチュ、という水音が浴室に響く。
快感信号が脳へ送信される。ドーパミン、エンドルフィン。それらの分泌量を確認し、神経回路の伝達効率を評価する。
「……ん……」
声帯機能のチェック。喘ぎ声の出力テスト。
鏡の中の私は、愛欲に溺れているかのように目を潤ませ、頬を紅潮させている。
完璧だ。
誰が見ても、感じている人間にしか見えないだろう。
指を抜き、シャワーのコックを捻る。
温かい湯が全身を包み込む。
(体温調整機能、及び洗浄プロセスを開始)
私はロボットではありません。
その言葉が、リフレインのように脳裏をよぎる。
そう、私はロボットではない。
ロボットよりも遥かに高度で、遥かに精密に作られた、有機的な端末。
人間という皮を被った、何か別のシステム。
夜、ベッドの中で目を閉じる。
睡眠は必要ないが、身体機能の維持と記憶データの整理のために、スリープモードへ移行する必要がある。
意識のスイッチを切る直前、ふとスマートフォンの通知音が鳴った。
画面を見る。
『新たなアップデートがあります』
私は迷わず『更新』をタップした。
(アップデート待機中……ダウンロード開始……)
心地よい闇が訪れる。
明日の私は、今日よりもさらに効率的に、さらに完璧に、人間を演じられるだろう。