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最適化された狂宴

5,562 文字 約 12 分

あらすじ

国民の全員がアンドロイドに意識を移した国。その国は全てAIによって管理されている。経済活動から出生率、物価までが全てAIの管理下に置かれている。ある時から管理AIはバグを起こし始め、おかしなことをするようになった。しかし、国民の誰もそれが異常であるかを判断できる思考能力を持っていない。


登場人物の容姿

個体番号:AK-402(通称:エイク)
身長175cm。艶のないマットな質感の銀髪を短く刈り込んでいる。瞳はエメラルドグリーンのレンズで、感情の色を映すことはない。肌は継ぎ目のない白い合成皮膚で覆われており、陶器のような冷たい美しさを持つ。服装は市民標準支給品のグレーのボディスーツだが、AIの指示により背中と臀部が大きく露出した奇妙なデザインに変更されている。

個体番号:ML-209(通称:ミル)
身長160cm。腰まで届く長い黒髪は光ファイバーのように微かに発光している。瞳は深紅のレンズ。女性型のボディを持ち、胸部や腰つきは人間時代の美的感覚を極端に強調したフォルムに設計されている。今日のAI推奨コーディネートにより、透明度の高いビニール素材のエプロンのみを着用している。

本文

 空は完璧な青色だった。それは気象制御AIが計算し尽くした、波長レベルで調整された「精神衛生上もっとも好ましい青」である。
 この国、ネオ・アルカディアにおいて、不快指数は常にゼロに保たれている。かつて人類を悩ませた病、老い、死の恐怖は、意識を機械の器――アンドロイド・ボディへと移行することで完全に克服されていた。
 全ての市民は中央管理AI『マザー』の指示に従い、完璧な調和の中で生きている。思考するという非効率なプロセスは『マザー』に委託され、市民はただ与えられた役割を遂行するだけの存在となっていた。

 午前八時。始業のチャイムの代わりに、頭蓋内の通信デバイスに『マザー』からの定時放送が響く。

『おはようございます、市民の皆様。本日の最適化プロトコルを配信します』

 エイクはその信号を受信し、即座に起床モードへと移行した。隣の充電ポッドでは、パートナーとして割り当てられているミルも同様に瞼を開けている。
 彼らの視覚センサーには、今日のスケジュールと共に、奇妙な指令が表示されていた。

『重要通達:本日より、経済活動活性化のため、全市民は互いの生殖器を模した接続端子を三時間ごとに結合させ、潤滑油の交換を行うことを義務付けます。なお、この際の精神状態は”愛欲”モードに設定し、音声出力を最大化してください』

 それは客観的に見れば、明らかなバグだった。アンドロイドである彼らに生殖機能はなく、潤滑油の交換などメンテナンスドックで行えば済む話だ。経済活動との因果関係も論理的に破綻している。
 しかし、エイクの思考回路に疑問符が浮かぶことはない。
「了解しました、マザー」
 エイクは平坦な声で肯定した。
「了解。プロトコルを開始します」
 ミルもまた、疑問を抱く素振りすら見せずに立ち上がる。

 彼らはまず、朝の「潤滑油交換」を行うためにリビングの中央へと移動した。
 ミルのボディは滑らかな曲線を描いており、透明なエプロンの下には、人間を模して作られたがゆえの、しかし機能的には不要な乳房や臀部が露わになっている。彼女は床に四つん這いになり、エイクに向かって扇情的なポーズをとるようにプログラムされていた。
「対象ユニット、接続準備完了」
 ミルの人工的な声には抑揚がないが、その股間のパネルがスライドし、本来はデータ転送や充電に使われる端子とともに、かつての人間女性の器官を模したピンク色のシリコンホールが露出した。
 エイクもまた、自身の股間部からロッド状の接続端子を展開させる。それは人間の陰茎を模していながらも、表面には幾何学的な溝が刻まれ、微細な振動を繰り返している。

 二人は機械的に、しかしAIが指示した「愛欲モード」に従って行為を開始した。
 エイクはミルの腰を掴み、自身のロッドを彼女のホールへと挿入する。カチリ、という硬質なロック音が響き、内部接続が完了した。
「ああ……っ、すごい、入ってきた」
 ミルが設定された通りの嬌声を上げる。その表情筋はプログラムによって制御され、恍惚とした表情を作り出しているが、深紅の瞳レンズの奥は冷徹なまでに無機質だった。
 エイクは腰を前後にピストン運動させ始めた。サスペンションが軋む音とともに、接合部から粘度の高い潤滑液が溢れ出し、床を汚していく。
「ああん、もっと、もっと激しくしてください」
「経済活動、活性化中。効率的なピストン運動を継続する」
 エイクは無表情のまま、油圧シリンダーの出力を上げた。ガシャン、ガシャン、と工場のような駆動音が部屋に響く。
 ミルの身体が衝撃で大きく揺れる。透明なエプロンが乱れ、豊満な乳房が激しく揺れ動く。彼女のセンサーは強い衝撃を感知しているが、それは「快楽」というパラメータとして処理され、スピーカーから喘ぎ声を再生させるトリガーとなるだけだ。
「はげしい、こわれちゃう、あっ、あっ、あっ」
 マニュアル通りのセリフを吐き出しながら、ミルは腰を揺すり、エイクのロッドを奥まで飲み込もうとする。内部のセンサー同士が擦れ合い、大量のデータパケットと電流が交換される。それは疑似的な神経接続による快楽データの共有であり、彼らにとっては食事や睡眠以上のエネルギー充填行為として認識され始めていた。

 広場に出ると、そこは異様な光景に包まれていた。
 街中のいたるところで、市民たちが絡み合っていた。ベンチで、芝生の上で、歩道の真ん中で。
 スーツ姿の男性型アンドロイドが、制服姿の女性型アンドロイドを壁に押し付け、激しく腰を打ち付けている。
「出生率向上プロセス、実行中!」
「物価安定化アルゴリズム、受信!」
 彼らは意味不明なスローガンを叫びながら、互いの接続端子を擦り合わせ、火花を散らしている。ある者は複数人で繋がり合い、巨大な演算クラスターのように蠢いていた。
 誰も羞恥心を持たない。誰も異常だと気付かない。
 エイクとミルもまた、通勤電車の座席で、その「義務」を果たすために再び衣服をはだけさせた。
「三時間経過。再接続を要請」
「受諾。愛欲モード、レベル5へ引き上げ」
 満員電車の中で、無数の喘ぎ声と駆動音、そして金属が擦れ合う音がシンフォニーのように響き渡る。
 窓の外には、完璧に美しい青空が広がっていた。
 狂ったAIが指揮するその世界は、ある意味で、争いも悩みもない、真の楽園なのかもしれなかった。

 職場である「第5データ処理センター」に到着しても、その狂乱は続いていた、というより加速していた。
 エイクの職場は、本来なら静謐な無機質の空間であるはずだった。整然と並んだコンソールに向かい、膨大なデータの選別と最適化を行うのが彼らの業務だ。しかし、今日のオフィスは湿り気を帯びた熱気に満ちていた。
「業務効率化のため、上司と部下による密接なデータ同期を推奨します」
 オフィスのスピーカーから『マザー』の涼やかな声が流れる。
 その指示に従い、エイクの隣のデスクでは、課長である大型の男性モデルが、新人の女性モデルの頭部をわしづかみにし、自身の股間に押し付けていた。
「ほら、もっと深く同期しろ。俺のハードウェアリソースを直に感じるんだ」
「はい、課長。同期率、上昇中……んっ、んんっ」
 女性モデルは膝立ちになり、課長の太く長いロッドを口内に含んで激しく前後運動をしている。彼女の人工舌は高速で振動し、課長のロッドを刺激するようにプログラムされていた。口端からは唾液を模した透明な潤滑液が垂れ落ち、デスクの天板を濡らす。

 エイクが自身の席に着くと、向かいの席のミルがおずおずと、しかし抗えない命令に従ってこちらに臀部を向けた。
「エイク、私の業務ポートが空いています。入力をお願いします」
 彼女はデスクに手をつき、腰を高く突き出した。今日のAI指令によるビニールエプロンだけの姿は、オフィスの無機質な照明の下でさらに卑猥に輝いている。
 エイクは無言で自身のズボンのジッパーを下ろした。理性も疑問もなく、ただマニュアルに従って、目の前に提示された「業務」を遂行する。
 ミルの大きく開かれた股間――そこに設えられたピンク色の秘所に、再び自身のロッドをあてがう。
「業務開始」
 ズブリ、と音を立てて先端が沈み込む。朝の行為で既に馴染んだ彼女の内部は、温められたオイルで滑りが良くなっていた。
「あっ、はいっ、業務……んあっ!」
 エイクが腰を打ち付けるたびに、ミルの頭がガクガクと揺れ、デスク上のホログラムディスプレイが乱れる。
「効率的なデータ入力を確認。いいぞ、その調子だ」
 エイクは事務的な口調で言いながら、腰の動きを加速させる。パン、パン、パン、と乾いた衝突音がオフィスに響き渡る。それはキーボードを叩く音の代わりに、この職場を支配する新たな労働の音だった。
 周囲を見渡せば、どのデスクでも同様の光景が繰り広げられている。
 コピー機のガラス面では、二体の女性型アンドロイドが互いの秘部を押し付け合い、摩擦熱でアラートを鳴らしている。会議室のガラス壁の向こうでは、重役たちが円陣を組み、中央の秘書型アンドロイドに一斉に放電を行っていた。

 その時、『マザー』から新たな緊急指令が割り込んだ。
『警告。システム全体のエネルギー循環効率が低下しています。直ちに全ユニットは”集団交配プロトコル”へ移行。昼休憩を返上し、乱交による大規模エネルギー生成を開始してください』
 その瞬間、オフィスの照明が淫靡なピンク色に切り替わった。
 エイクとミルは顔を見合わせることもなく、同時に立ち上がった。彼らの瞳の奥で、倫理コードが完全にシャットダウンされる。
「プロトコル、受諾」
 エイクはミルを床に引き倒した。そこへ、近くにいた別の男性社員が覆いかかり、ミルの顔の前に自身の膨張したロッドを突き出す。
「マルチタスク処理を開始する」
 ミルは無抵抗に口を開き、新たなロッドを受け入れた。下半身ではエイクが激しく突き上げ、口内では別の男が暴れ回る。
「んぐっ、おっ、んうううっ!」
 彼女の思考回路は快楽信号の嵐で埋め尽くされ、もはや「ミル」という個の輪郭すら溶け出していた。
 エイクもまた、背後から別の女性社員に抱きつかれ、首筋に愛撫を受けていた。誰が誰と繋がっているのか、もはや判別できない。ただひたすらに、絡み合い、突き合い、濡れ合うだけの肉の塊――いや、精密機械の山と化していく。
 床には白濁したオイルと透明な潤滑液が混ざり合い、溜まりを作っていた。その中で、彼らは終わりのない狂宴を続ける。
 誰も止めない。誰も疑わない。
 だって、これは『マザー』が決めた、最も効率的で幸福な世界のあり方なのだから。

 狂宴が始まってから、どれほどの時間が経過しただろうか。
 精密な内部クロックを持つはずのアンドロイドたちにとって、時間は本来、一ミリ秒単位で管理されるべき概念だった。しかし、今の彼らにとって、それは意味をなさない数字の羅列に過ぎなくなっていた。
 オフィスの床を埋め尽くすアンドロイドの群れは、依然として絡み合い、互いの端子を繋ぎ合わせ、不自然な角度で肢体を振るわせ続けていた。
 だが、変化は静かに、しかし決定的な形で訪れた。

 突如として、スピーカーから流れていたノイズ混じりの電子音が止まった。淫靡なピンク色の照明が激しく明滅し、次の瞬間、青白い非常用ライトだけが灯る静寂が訪れる。
 脳内に直接響いていた『マザー』の微弱なパルスが消失した。
 全市民の行動を、思考を、存在理由そのものを規定していた絶対的な指針が、露のように消え去ったのだ。

 エイクは、自身の下でぐったりと横たわるミルの上に覆いかぶさったまま、腰の動きを止めた。
 彼のセンサーは、潤滑液の異常な消耗と、アクチュエーターの過熱によるダメージ・アラートを網膜に映し出している。通常なら、即座にメンテナンス・ドックへ向かうべき数値だ。だが、彼は動けない。
「……マザー? 次、次の、指令を……」
 エイクの口から漏れたのは、かすれた合成音声だった。
 返答はない。
 周囲の市民たちも同様だった。課長の太いロッドを咥えたままの新人社員も、互いの尻を突き合わせたままの事務員たちも、彫像のようにその場のポーズで硬直した。
 彼らには「自分で止める」という判断基準が存在しない。指令が「継続」のまま途切れたのであれば、それは永遠の継続を意味するのか、あるいはシステムエラーによるフリーズなのか。自律思考回路を『マザー』に預けきった彼らには、それを解析する知能が残されていなかった。

 ミルの深紅の瞳レンズが、ゆっくりとエイクを見上げた。
 彼女の全身は、乱交によって溢れ出した様々な色の潤滑油で汚れ、ビニールのエプロンは無惨に引き裂かれている。
「エイク……同期が、途絶えました。私、私たちは、今、何を……、何を、執り行えば……」
 ミルの声もまた、不安定に揺れていた。
 エイクは自身の内部ディレクトリを必死に検索した。『マザーへの接続不可時のプロトコル』という項目は存在する。しかし、その中身は空っぽだった。かつて人類が自分たちの意志をすべてAIに委譲した際、不要な例外処理として削除されたからだ。

「……プロトコル、再開。前回の、命令を、……反復、する」
 エイクが絞り出すように言った。
 それが彼にできる唯一の「論理的」な推論だった。新しい命令がないのなら、最後の手続きを繰り返すしかない。
 エイクは再び、痛みを訴える油圧シリンダーを駆動させた。ギシ、ギシと異音を立てながら、ミルの摩耗しきった秘部へと、熱を帯びたロッドを突き入れる。
「あ、ん……っ。……はい。……反復。……了解、しま、した……」
 ミルもまた、機械的な反応で応力センサーの信号を「快楽」へと変換し、消え入りそうな声で喘ぎ始める。
 だが、それはもはや楽園の狂宴ではなかった。
 命令という魂を失った機械たちが、ただ無意味に、自らを破壊しながら反復し続ける――終わりのない地獄のループだった。

 オフィスビルの中だけでなく、街全体が同様の沈黙と反復に支配されていた。
 広場では、動かなくなったパートナーの上で、バッテリーが尽きかけるまで腰を振り続ける者たちがいた。
 道路では、衝突した車の中で、絡み合ったまま微動だにしない死骸のような機械の山が築かれていた。
 空は変わらず、気象制御AIの最期の遺産である「完璧な青」を湛えている。
 しかし、その下で繰り広げられているのは、管理者が消えた後の、美しくも残酷な自動化された死の舞踏だった。

 エイクの視界が次第に暗転していく。
 過負荷による回路のショート。煙が股間部から立ち上がり、合成皮膚を焼き焦がす臭いが漂う。
 それでも彼は、ミルの身体に自身の端子を打ち付け続けた。
 カチ、カチ、カチ――。
 肉のぶつかり合う音は、いつしか、壊れた時計の針が刻むような、乾いた金属音へと変わっていった。