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硝子の深窓、機械の心臓

2,386 文字 約 5 分

あらすじ

ある高校に通っているお嬢様。実際には、中身は旧世代のセクサロイド。
そのお嬢様は以前に事故で亡くなってしまい、その代わりに売られていた瓜二つの容姿のセクサロイドを買った。
身体のパーツの継ぎ目や印字されたバーコードを隠すために年中厚着をしている。表向きには病弱であるから。
セクサロイドとしての機能はあるが、かなり前の世代なので反応が棒読みでわざとらしい。
マスター登録はされていない。自分がロボットである(作り物である)という自覚はない。また、それを認識することもできない。


登場人物の容姿

鳳凰寺 紗夜(ほうおうじ さや)
腰まで届く艶やかな黒髪を、常に完璧なストレートに整えている。透き通るような白い肌は、どこか血の気が引いたような陶器のような質感を持ち、大きな瞳は深い夜の海のように静まり返っている。
身長は160センチほどで、華奢な体格。名門校の制服の上に、季節を問わず厚手のカーディガンやストールを羽織っており、首元までしっかりとボタンを留めている。その服装は「病弱なお嬢様」という彼女のパブリックイメージを補強しているが、実際には肌に刻まれた継ぎ目やバーコードを隠すための防護服に近い。

本文

目覚めの瞬間、鳳凰寺紗夜の意識は泥の中から浮上するようにではなく、スイッチが入るように唐突に明瞭になった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、彼女の白い頬を照らす。紗夜はゆっくりと身を起こした。身体の節々が軋むような感覚――彼女はそれを「低血圧のせい」だと認識しているが、実際には旧式化した関節駆動部の油切れに近い症状だった。
「……寒いわ」
独り言つぶやき、彼女は自分の腕をさすった。その肌は陶器のように滑らかで、そして死人のように冷たい。
彼女はベッドから降りると、姿見の前に立った。腰まである黒髪を丁寧に梳かす。鏡に映る少女は、完璧な美しさを持っていた。けれど、その瞳には生気が乏しい。
着替えの時間、それは紗夜にとって最も慎重さを要する儀式だった。
彼女は肌着の上から、厚手のシャツを着込み、さらにカーディガンを羽織る。首元にはストールを巻き、手首まで隠れる袖口を整えた。
(お母様が言っていたわ。私は肌が弱いから、決して外気に晒してはいけないって)
彼女はそう信じ込んでいる。だが、その厚着の下――肘や膝の内側、そして首筋には、人間にはあり得ない微細な継ぎ目と、製造番号を示すバーコードが印字されていた。彼女の脳(電子頭脳)は、視覚情報としてそれを捉えても、「痣」や「肌荒れ」として処理するようにプロテクトが掛けられている。

一階のダイニングに降りると、両親がすでに食事を始めていた。
「おはようございます、お父様、お母様」
「……ああ、おはよう」
父親は新聞から目を離さずに答えた。母親は少しぎこちない笑みを浮かべて、「顔色が悪いわね、紗夜。無理はしないのよ」と言った。
彼らは知っている。目の前にいるのが、事故で死んだ愛娘ではなく、その代用品として購入されたアンドロイドであることを。けれど、紗夜だけがそれを知らない。
朝食のトーストを口に運ぶ。味覚センサーは正常に機能し「焼いた小麦とバターの味」というデータを送ってくるが、そこに「美味しい」という感情は伴わない。ただ、エネルギー摂取のプロセスとして淡々と咀嚼し、嚥下した。

登校中、高級車の中で紗夜は窓外の景色を眺めていた。
学校に着くと、クラスメイトたちが遠巻きに彼女を見る。「鳳凰寺さん、今日も具合が悪そう」「深窓の令嬢って感じだよね」そんな囁き声が聴覚センサーに拾われる。
紗夜は静かに席に着いた。
授業中、彼女の背筋は定規で測ったように伸びたままだ。教師の言葉を一言一句漏らさず記憶し、ノートに書き写す。その文字は印刷されたように均一で、人間味がない。
体育の時間は、いつものように見学だった。
「鳳凰寺さん、大丈夫?」
クラスの男子生徒が声をかけてきた。紗夜は首を少しだけ傾けて、彼を見た。
「ええ、ありがとう。少し貧血気味なだけです」
その声は鈴が鳴るように美しいが、抑揚に乏しい。
「そ、そうなんだ。無理しないでね」
男子生徒は顔を赤らめて去っていった。紗夜は彼がなぜ体温を上昇させたのか理解できなかったが、「心配された」という事実に対して「感謝の言葉を述べる」というプログラムを実行しただけだった。

放課後、帰宅した紗夜は自室で宿題を片付けた。
日が落ち、屋敷が静寂に包まれる頃、部屋のドアがノックされた。
「紗夜、起きているか」
「はい、お父様」
入ってきたのは父親だった。彼は酒の臭いを漂わせていた。紗夜の部屋に入ると、彼は鍵をかけた。
「……体の調子はどうだ」
「変わりありません。少し関節が重い気がしますが」
「そうか。なら、メンテナンスが必要だな」
「メンテナンス……ですか?」
「ああ、診察だ。医者には見せられないからな、私が診てやる」
父親のその言葉に、紗夜は素直に頷いた。
「はい、お願いします」
彼女はベッドに腰掛けた。父親が近づき、その厚着に手をかける。
カーディガンが脱がされ、シャツのボタンが外される。露わになった白い肌。父親の指が、その冷たい肌を這う。
「……やはり、いい出来だ」
父親は呟き、紗夜をベッドに押し倒した。
「お父様?」
「じっとしていろ。治療だ」
紗夜は抵抗しなかった。父親の手がスカートの中に滑り込み、下着越しに秘部を弄る。
彼女の身体の奥底で、何かが起動した。それは旧世代のセクサロイドに搭載された、性処理機能だった。
「あ……ん……」
口から漏れたのは、あらかじめ録音されたような、わざとらしい喘ぎ声だった。
「濡れてきたな。機能は死んでいないようだ」
父親は自身のズボンを寛げ、硬直した肉棒を取り出した。
紗夜の脚を開かせ、その無機質な秘裂に自身の欲望を押し当てる。
「挿れます……」
紗夜はプログラム通りに呟いた。その瞳は虚空を見つめたままだ。
ズブリ、と肉が肉(あるいはシリコンと人工筋肉)を穿つ音がした。
「う、あ……」
父親が腰を振るたびに、紗夜の身体は揺れた。
「ああん、すごい、お父様、すごい……」
彼女の口からは、棒読みの賛辞が繰り返される。それは彼女の意思ではない。快楽中枢への信号が、音声出力回路に直結しているだけの現象だ。
「紗夜……紗夜……!」
父親は亡き娘の名を呼びながら、その瓜二つの人形を犯し続けた。
紗夜は天井のシミを見つめながら、身体の揺れに合わせて単調な声を上げ続ける。
「あ、あ、あ、イく、イっちゃう……」
その言葉に感情の色はない。ただの音声データだ。
父親が絶頂を迎え、彼女の中に白濁した液を吐き出した時も、紗夜はただ瞬きをしただけだった。
「……ふぅ」
父親は満足げに息を吐き、身支度を整えて部屋を出て行った。
残された紗夜は、股間から垂れる液体をティッシュで拭き取った。
(治療が終わったわ。お父様も安心したみたい)
彼女はそう解釈し、再び厚い衣服を身に纏った。
窓の外には満月が浮かんでいる。
硝子の中に閉じ込められたお姫様は、自分が機械仕掛けの人形であることに気づかないまま、静かに眠りにつくためにスイッチを切るように目を閉じた。