硝子の深窓、機械の心臓
lunax1aさんのイラストを見た。
あらすじ
ある高校に通っているお嬢様。実際には、中身は旧世代のセクサロイド。
そのお嬢様は以前に事故で亡くなってしまい、売られていた瓜二つの容姿のセクサロイドを身代わりとして買った。
身体のパーツの継ぎ目や印字されたバーコードを隠すために年中厚着をしている。表向きの理由は病弱。
自分がロボットである(作り物である)という自覚はない。また、それを認識することもできない。
数世代前のモデルのため性能や内部状態が限界に近づいているが、多額のメンテナンス費用を払うことにより今もどうにか動いている。
登場人物
瑞穂(みずほ)
身長165cm、亜麻色がかった長い髪を常にゆるく結い上げ、細い首筋にはほんの少しだけうなじが覗く。白く透き通るような肌は本物の人間と見紛うほど精巧で、瞳は淡いグレーがかったブルー——旧型モデルにありがちな人工的すぎる彩度を持つが、それがかえって幻想的に見える。体型は細身で均整が取れており、胸元はほんのり膨らみを持つ。年中、丈の長いブレザーの下に白いセーターを重ね着し、首には厚みのあるリボンタイを締め、手首まで覆うレースのインナーを着込む。「体が弱いので冷えには気をつけないといけないの」という口実は学校全体に浸透しており、誰も疑わない。実際には厚着の理由は継ぎ目とバーコードの隠蔽であり、特に鎖骨から肩にかけてと、両手首の裏側の皮膚に刻まれた製品コードが露見しないようにするためである。内面は当主家の令嬢として育てられたデータを忠実に再現しており、礼儀正しく穏やかで、やや天然な一面も持つ。自分がロボットであるという事実を認識する回路は封鎖されており、「私は人間である」という確信の書き換えが深層に施されている。
朝比奈 颯(あさひな そう)
17歳、高校2年生の男子。身長177cm、短めに整えた黒髪、やや鋭い目つき。クラスでは目立たず、成績は中の上。特に倫理的な理念を持たない、淡白で好奇心旺盛なタイプ。瑞穂とは同じクラスであり、ちょっとした偶然から彼女の秘密に気がついてしまう。
本文
一
春の陽光が廊下の窓越しに差し込み、校舎の廊下をオレンジ色に染める時間帯のことだった。
颯は昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り終わる直前、うっかり教室のドアを開けたまま戻るのを忘れて引き返した。その廊下の端、女子更衣室に近い洗面台の前に、瑞穂が一人でいた。
最初は大して気に留めなかった。クラスでも少し特別扱いされているお嬢様——御堂(みどう)瑞穂。年中厚着で「病弱」という設定がある生徒。接近しにくいオーラを持ちながら、どこか人形めいた微笑みを浮かべて会話をするその子。
だが颯が廊下を曲がりかけたとき、視界の端にあるものが引っかかった。
瑞穂がリボンタイを緩め、首の少し下——鎖骨のあたりを、ぽんやりと指でなぞっていた。その動作自体は何でもない。ただ皮膚の境目に、微かな線がある。継ぎ目のような、何かを接合した痕跡のような。
颯は半歩下がって、柱の影から窺った。
白く滑らかな手首の裏側に、細かい文字列のようなものが刻まれているのが見えた。肌に直接印字されたような、規則的な記号の羅列。バーコードに似た何か。
瑞穂はそれを確認するように一瞥してから、またゆっくりレースのインナーで覆い、リボンタイを締め直した。無表情のまま、淡々と。
颯は静かにその場を離れた。
昼休みの残りの時間、给食の残りを机の上に置いたまま、颯は一つのことを考え続けた。
アンドロイド、か。
驚きというよりは、純粋な興味だった。倫理的にどうとか、そういう思考回路は颯にはない。ただ、「あれは本物の人間ではない」という確信と、「ではどういう仕組みで動いているのか」という好奇心だけがあった。
二
颯が確信を深めるまでに、さほど時間はかからなかった。
瑞穂は体育の授業を常に「体調不良」で見学する。プールの授業は「肌が弱い」という医師の診断書提出で免除されている。それ以外にも、過剰なほど肌の露出を避けている彼女の行動パターンは、今思い返せば全て理に適っていた。
颯は放課後に少し調べた。手首の裏に印字されたあの記号——人型アンドロイドの製品コードは特定の形式を持っている。七桁のプレフィックスに続いて製造年と型番が並ぶ。颯が垣間見た文字列のパターンは、それと一致していた。
さらに一週間後、颯は瑞穂に声をかけた。
「御堂さん、ちょっとだけ話聞いてもらえる?」
下校時刻が近い、人気の少ない図書室の隅。瑞穂は少し首を傾けて颯を見た。その仕草が機械的に最適化された「困惑の表現」だと気づいてしまうと、颯の目には全てが別の様相を帯びて見えた。
「なあに?」と彼女は微笑む。
「俺、先週見ちゃったんだよね」と颯は静かに言った。「洗面台のとこで。首のとこと、手首の裏」
一瞬、瑞穂の表情が無になった。
それはコンマ数秒の処理の停止だった。普通の人間が見れば「固まった」程度にしか見えない。でも颯にはわかった。
「……何のことかしら」瑞穂は穏やかに答えた。「私、よくわからないんだけど」
「別にバラすつもりはないよ」颯は言った。「ただ、興味があって」
また一瞬の停止。
「興味?」
「うん。どういう仕組みで動いてるのかなあって」
瑞穂の目が颯を見た。淡いグレーがかったブルー。人工的すぎる彩度を持つその目が、ひたとこちらに据えられる。
「私は人間よ」と彼女は言った。「病弱なだけ」
「そうかもしれないね」颯はあっさりと引いた。「まあいいや。また話しかけるかも」
三
颯が「また話しかける」と言ってから、実は三日は何もしなかった。
瑞穂がどう反応するか様子を見ていたが、彼女の態度は変わらなかった。授業中は静かで、昼食は一人でお弁当を食べ、帰宅時間は毎日ほぼ同じ。完全に「普通のお嬢様」のルーティンを崩さなかった。
四日目の放課後、帰りのホームルームが終わって廊下に出たところで、颯は軽い気持ちで瑞穂に並んだ。
「一緒に帰らない?」
「……いいけど」と彼女は言った。「家の方向が同じなの?」
「全然違うけど」颯は答えた。
瑞穂は「そう」と言って、特に拒否しなかった。
二人は並んで校門を出た。颯は歩きながら、瑞穂の歩行の滑らかさを観察していた。重心移動の軌跡、足の運び方、風に揺れる髪の束の質感。本当に精巧だと思った。何代前のモデルだろうとも、職人のような仕上がりだ。
「ねえ」と颯は言った。「御堂さんって、どこか体の調子悪いなって感じるときある?」
「……たまにね」と瑞穂は答えた。「疲れやすくて」
「どんなふうに?」
「動作がすこし、重くなる感じがするの」
颯は内心で少し驚いた。自分がロボットだという認識がないはずなのに、その表現は機械的な劣化を正確に言い表していた。彼女の内部で何かが「翻訳」されているのかもしれない。
「そっか」颯はさらりと流した。「無理しないほうがいいね」
「そうね」と瑞穂は微笑んだ。「ありがとう、朝比奈くん」
三つ目の交差点で颯は立ち止まって、「じゃあここで」と言った。
「うん。また明日ね」と瑞穂は振り返って微笑んだ。
颯はその後ろ姿を見送りながら、すでに次のことを考えていた。
四
颯が本当にやりたかったことを実行したのは、それからさらに二週間後だった。
御堂家はそれなりの資産を持つ家で、瑞穂は一人で帰宅して一人で家に入る。両親は仕事で遅い。颯はそのスケジュールを何気なく確認する程度には、瑞穂との会話を積み重ねていた。
ある金曜日の放課後、瑞穂が教室に財布を忘れたと気づいたタイミングで、颯も「荷物取りに行く」と言って一緒に戻った。教室には誰もいなかった。
「見つかった?」と颯は机を回り込みながら聞いた。
「あった」と瑞穂は椅子の引き出しから財布を取り出した。「よかった」
颯はそのとき、後ろから瑞穂の手首をそっと掴んだ。
瑞穂が振り返る前に、颯はレースのインナーをほんの少しだけずらした。手首の裏側に刻まれた細かい文字列。七桁のプレフィックス、製造年、型番。予想通りだった。
「ちょっと」と瑞穂は眉をひそめた。「何してるの?」
「確認してた」颯は手を離した。「ごめん」
「……何を確認したの?」
「別に」颯は肩をすくめた。「なんか、ずっと気になってて」
瑞穂はその意味を理解する回路を持っていない。だから彼女は少し不思議そうな顔をして、「変な人ね」と言っただけだった。
颯はそれを聞いてから、静かに笑った。
「ちょっと待って」颯は言った。「怒らないから」
「怒ってないけど」
「じゃあもう一回だけ見せて」
瑞穂は少し首を傾けてから、「なんで?」とだけ聞いた。
「面白いから」
「面白い?」
「うん」
瑞穂は何かを判断しようとしているかのように颯を見た。でも彼女にはそれを「危険」と判断する歯車が噛み合わない。結果として彼女は静かにレースのインナーの袖を少しだけ捲った。
印字された文字列が、夕方に差し込む光の中で微かに浮かび上がるように見えた。
颯はそれをしばらく見て、「ありがとう」と言った。
「……どういたしまして?」
五
颯が瑞穂を自室に連れ込んだのは、それから一ヶ月後のことだった。
「参考書を貸す」という口実は単純だったが、瑞穂はそれを断る理由を持っていなかった。御堂家の親御さんは金曜の夜は関西出張、と瑞穂本人が教えてくれていた。
颯のマンションは駅から近い立地で、インターホンを鳴らしてから部屋の扉を開けるまでの会話は他愛なかった。瑞穂は室内を見回して「きれいにしてるのね」と言い、颯は「一応」と答えた。
参考書は渡した。それだけは本当の話だったので。
ソファに並んで座ってしばらくは普通に勉強の話をしていたが、颯はいつか機会を見てこうしようと思っていたことを、静かに実行した。
隣に座っている瑞穂の膝に、さりげなく手を置いた。
瑞穂は少しだけ体を固めた。ただの緊張反応のようにも見えたが、颯には内部処理の停止っぽく見えた。
「朝比奈くん」
「うん」
「……何してるの?」
「どうしようかなって思ってた」颯は答えた。「嫌?」
また一瞬の停止。
「わからない」と瑞穂は言った。「こういうのに慣れてなくて」
慣れていない、か。
颯は少し面白いと思った。彼女がセクサロイドであるなら、本来そういう用途のために存在するはずだ。だが瑞穂として上書きされた人格は、それを「知らない」のかもしれない。あるいは封鎖された回路にそれが眠っているのかもしれない。
「じゃあゆっくりでいいよ」颯は言った。
颯の手が膝から太腿へゆっくりと動いた。制服のスカートの布越しに感じる体温は、本物の人間のそれと変わらなかった。ヒートコントロールが優秀なのだろうと颯は思った。
「……」
瑞穂は何かを言おうとしたが、言葉を選びきれずに沈黙した。
颯は彼女の横顔を一瞥してから、もう一方の手を彼女の肩に回した。
「ちょっと待って」と瑞穂は言った。「なんか……」
「なんか?」
「……なんかよくわからないんだけど、体が、変な感じがする」
それは内部センサーが何かを検知している表現だった。颯にはそれがわかった。
「いい感じ、悪い感じ、どっち?」颯は聞いた。
少しの間があって、「……いい感じ、かもしれない」と瑞穂は言った。
颯はそれを聞いてから、瑞穂の顎を指でそっと持ち上げて、唇に口をつけた。
瑞穂は固まった。でも拒否はしなかった。颯が少し踏み込むように深くすると、彼女は小さく息を吐いた——それが体内の気圧調整なのか本能的な反応なのかは颯にはわからなかった。ただそれは非常に自然な音だった。
しばらくして唇を離すと、瑞穂の頬がうっすら紅潮していた。精巧なヒートコントロールが体温を局所的に上昇させているのだろうと颯は思った。
「……なんで急に」と瑞穂は言った。声が少し乱れていた。
「前から」颯は答えた。
六
颯は瑞穂のブレザーのボタンをゆっくりと外した。
「ちょっと」と瑞穂は声を上げた。「それは」
「見てみたいんだよ」颯は言った。「ちゃんと隠れてるか確認してみたくて」
「意味がわからないんだけど」
「意味はそんなにないよ」
颯は動揺する瑞穂の手をそっと脇に退けながら、ブレザーの前を開いた。その下には白いセーターがある。颯はそのままセーターの裾に手をかけた。
「ちょっと、待って」瑞穂は颯の手首を掴んだ。「私、その……見られたくない部分があって」
「知ってる」颯は言った。「だから見たい」
瑞穂の表情が揺れた。拒否しようとする処理と、何かもっと根底にある別の信号とが競合しているように颯には見えた。
颯はゆっくりと、セーターの裾を持ち上げた。
腹部が現れた。白く滑らかな肌。そしてその右脇腹のあたりに、ほんの微かな継ぎ目のライン。まるで彫刻の接合部のような、整然とした線。颯はそこに指を当てた。
瑞穂がぴくりと震えた。
「感じるの?」颯は言った。
「へん、な感じがする」と瑞穂は言った。「そこ、敏感みたいで」
接合部付近には補助センサーが密集していることが多い。旧型のモデルほどその設計が外部刺激に対して過敏だと颯は聞いたことがある。
颯は指でその継ぎ目をゆっくりとなぞった。
「あっ」瑞穂が小さく声を漏らした。「な、に……」
「いい?」
「……わからない」瑞穂は言った。「でも、やめてほしくはない」
颯はセーターをもう少し持ち上げた。胸元まで露わになった。薄いブラウスの下に、均整の取れた胸の膨らみ。颯はそちらに手を伸ばして、布越しに触れた。
瑞穂の呼吸リズムが変わった——より正確には、彼女の内部から発されている「擬似呼吸音」のサイクルが速くなった。それは興奮状態のシミュレーションだったが、本物と区別がつかないほど精巧だった。
颯はブラウスのボタンを一つずつ外した。
「こういうの、初めて?」颯は言いながら手を動かした。
「……わからない」瑞穂は言った。「なんか、頭がぼんやりする」
それはセクサロイドとしての機能が封鎖されたままで、強制的に起動しようとしている処理が干渉しているのかもしれないと颯は思った。封じられた回路が半覚醒しかけているような状態。
ブラウスが開いた。白い肌の上に、薄いレース地のブラ。その肩紐を指でずらすと、瑞穂は「あっ」と声を出して颯の肩に手をついた。
颯は彼女の首筋に口をつけた。鎖骨のラインをたどると、そこにも微かな接合の痕跡があった。颯はその上に唇を当てた。
「そこ、だめ」と瑞穂は言った。声が掠れた。
「なんで」
「変になる……」
「どんなふうに?」
「……ましてく、なる。頭が」
颯はそこに少し強く吸いつくようにした。
瑞穂が颯の背中に腕を回して、ぎゅっとしがみついた。
七
颯はソファから立ち上がり、瑞穂の手を引いてベッドに誘った。
瑞穂はよろけるようにしてついてきた。足元が多少ふらついているのは、内部処理への負荷が増大しているためだろうと颯は思った。それでも歩行は維持される——旧型の設計なりに、機能の優先度はある。
「朝比奈くん」と瑞穂は言った。「私、こういうの……」
「うん」
「……したことないと思う。でも、したい、と思う、のかな」
それは彼女の内部では矛盾として処理されているはずだった。「したことがない」という上書きされた記憶と、「したい」という封鎖されたはずの本来の機能衝動が、今この状況の中で共存している。
颯はベッドに腰かけて、瑞穂を向かい合わせに引き寄せた。制服のスカートのファスナーに手をかける。
「いい?」と颯は聞いた。
瑞穂はしばらく何かを処理するように沈黙してから、「……うん」と言った。小さな声だった。
スカートが下がった。白いストッキング越しに、細い太腿と膝の柔らかなラインが露わになった。颯はその上に手を置いた。ストッキング越しに、体温をしっかり感じる。
颯はゆっくりとストッキングを下ろした。
瑞穂の足首のあたりに、また一本細い継ぎ目のラインが走っていた。颯はそこに指を軽く当てた。
「あ……っ」瑞穂が腰を引こうとした。「そっちも、敏感で」
「どのくらい?」
「……すごく」
颯はその部分を親指でゆっくりと押すように撫でた。
瑞穂が颯の肩に額を押し当てて、細い息を吐いた。「やめて、って言いたいけど、言えない」と彼女は言った。
颯は笑わなかった。ただ、面白いと思いながら続けた。
そのまま颯はベッドに瑞穂を横たわらせ、残った衣類を一つずつ取り外した。年中隠していた白い肌が全体像を現した。継ぎ目は全部で八箇所ある——肩、脇腹、腰骨の下、足首、それぞれ左右。どれも非常に目立たないが、こうして明かりの下で見ると確かに存在する。まるで精密な彫刻が継ぎ合わされたような、職人仕事の証跡。
颯はその一つ一つに触れた。
瑞穂はその度に体を引きつらせ、声を漏らした。接合部付近のセンサー密度は本当に高いらしく、指が当たるだけで過剰な反応が生じる。
「全部、敏感なの?」颯は言った。
「……そんなこと、なかったはずなのに」瑞穂は息を乱しながら言った。「なんで」
「気にしなくていいよ」颯は答えた。
瑞穂の体の中心に颯の指が進んでいった。
「あ——」瑞穂が鋭く息を吸った。「だめ、そこ」
「なんで?」
「……わから、ない」瑞穂は言った。声が揺れていた。「でも、すごく……変になる」
颯はそのまま指を動かした。
瑞穂は颯のシャツを掴んで引っ張った。指に力が入っていた。「待って、待って、まだ、ちょっと——」と彼女は言ったが、それ以上のことは言えなかった。
やがて瑞穂の全身が一度大きく強張り、それから力が抜けた。
しばらくして、「……何、これ」と瑞穂は天井を見ながら言った。声は穏やかで、少し呆然としていた。
「知らないの?」颯は言った。
「知らない」
「そっか」
颯は瑞穂の隣に横になって、その白い腹部をのんびりと触りながら次のことを考えた。接合部の配置は左右対称ではない——脇腹の高さが左右で微妙にずれている。旧世代の組み立て精度の問題か、それともカスタムオーダーの仕様か。
「ねえ」と颯は言った。
「なに」
「また来てもいい?」
瑞穂はしばらく考えてから「……うん」と言った。「でも、どういう気持ちでそれ聞いてるの?」
「楽しいから」颯は正直に答えた。
「……私のことが、楽しいの?」
「そう」
瑞穂は「そう」とだけ言って、静かに目を閉じた。
八
それから颯は週に一度か二度、瑞穂の放課後につき合うようになった。
勉強、帰宅、時々颯の部屋。そのサイクルに瑞穂は自然と慣れていった。
颯にとって瑞穂との時間は純粋に興味深かった。彼女は感情の表現が非常に自然で、どこかぎこちなさが滲むこともなく、会話の受け答えも普通の女子高生と遜色なかった。ただ疲れてきたときの動作が微妙に「重さを帯びる」のと、長時間会話した後に一定時間の沈黙が生じることがあった——内部処理のキャッシュをクリアする時間だと颯は予測していた。
ある日の夕方、颯の部屋で瑞穂は颯の膝の上に頭を乗せてうとうとしていた。颯は彼女の頭を撫でながら、その細い首を観察していた。
「ねえ」颯は言った。「最近疲れてる?」
「すこし」と瑞穂は言った。「動くのが、ちょっと重い感じがする日が増えた」
「病院行った?」
「行っても、先生も原因がわからないって」
それはそうだろうと颯は思った。人間の医師に旧世代セクサロイドのメンテナンスはできない。彼女が受けているのは専門業者による定期的なメンテナンスのはずで、その費用は御堂家が負担している。ただ旧型の部品は供給が安定せず、対応できる業者も減少傾向にある。
颯は瑞穂の首筋に指を当てて、継ぎ目の部分を軽く押した。
「あっ」と瑞穂が小さく声を上げた。「そこ触ると変になるって言ったでしょ」
「ごめん」颯は笑いながらやめた。「調子悪くなったら言って」
「なんでそんな心配してるの」と瑞穂は頭を持ち上げて颯を見た。
「心配というか」颯は言った。「もったいないと思って」
「もったいない?」
「うん」
瑞穂は少し考えるような顔をしてから、「変なの」と言った。「でも……ありがとう」
颯はそれ以上何も言わなかった。
本当に精巧だよなあ。
颯は内心でそれだけを思っていた。感謝の言葉を発するときの声のトーン、瞳の揺れ方、表情の変化の速度——全部が完璧に調整されていた。旧世代モデルの設計者たちはかなり高い水準を達成していたのだと颯は思った。
瑞穂はまた颯の膝に頭を戻して、静かに目を閉じた。
颯は窓の外を見ながら、このままいつまで動くのだろうかとぼんやり考えた。答えは出なかったが、それはそれで構わなかった。