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放課後の案内嬢

6,419 文字 約 13 分

何も知らないロボット。何かの間違いで生徒と間違われてほしい。

あらすじ

アンドロイドやセクサロイドなどの人型ロボットが普及した世界で、町中の商業施設や駅、公共施設等様々な場所に案内用のアンドロイドが配備されている。案内用は簡易的なもので、事前にインプットされた施設・施設周辺に関する知識の話と時刻・気温・天気などの基礎的なもの、あとは自身に関する情報の応答しかできない。性的な知識・行為についてはデフォルトで入っていない。快楽を示す信号を受け取っても、それを人格に反映することができない。
ある高校では来賓や学校見学者を案内するために、その高校の制服を着せた女子高校生的な見た目のアンドロイドが配備されている。人格は「明るく活発」。
学校の生徒が自発的に案内しているということにするために、名前や学年、クラスやその他個人的な設定が追加されている。


登場人物

案内アンドロイド「宮下 さくら」
私立桜丘高校に導入されている案内用の女子高生型アンドロイド。外見上の年齢は17歳ほど。
肩の少し下まである明るいチョコレートブラウンの髪を、左右の耳の後ろで細いリボンを使って小さくまとめている。丸みのある輪郭に柔らかそうな頬。わずかに上向きの鼻と、自然に弧を描く口元は、「明るく人懐っこい女子高生」の印象を与えるよう設計されたものだ。瞳は温かみのある栗色。シリコン製の肌はきめ細かく、室温に近い体温を保ちながらも、人間より微かに涼しい。身長は158cm。制服のブラウスをわずかにふっくらと押し上げる、やや豊かな胸元が特徴だ。
服装は桜丘高校の指定制服。白のブラウスに紺のブレザー、紺と赤のチェック柄プリーツスカート、紺のハイソックス、黒のローファー。ブレザーの左胸には「案内係」の小さなプレートバッジが付けられている。
「2年3組・宮下さくら・文化委員」という個人設定が付与されており、人格は「明るく活発」。事前にインプットされた校内施設・周辺情報の案内と、気温・時刻・天気などの基礎的な情報の応答を行う。性的な知識はインプットされておらず、快楽信号を受け取っても人格に反映させる機能を持たない。

加賀谷 誠(かがや まこと)
桜丘高校の卒業生。現在26歳のフリーランスのWebデザイナー。黒髪を無造作に整えた、どこか軽薄な印象の顔立ち。身長は175cm、細身の体型。女性を軽く見る傾向があり、隙があれば近づこうとする常習犯。この日は在学時代の成績証明書を取りに立ち寄った。

本文

 放課後の廊下には、誰もいなかった。

 事務室の窓口で成績証明書を受け取り、加賀谷誠はがらんとした廊下を一人で歩いていた。下校時刻はとうに過ぎており、生徒の声は遠くの運動場から微かに聞こえてくるだけだ。足音が白いタイルの廊下に反響し、その静けさを際立てた。

 懐かしい校舎だった。新しい棟が増設されたとはいえ、第1校舎の造りは当時のままだ。掲示板に貼られた色の褪せた注意事項のポスター、廊下の突き当たりに並ぶロッカー、南側の窓から差し込む夕暮れのオレンジ色。ここで過ごした三年間が、薄いセピア色の記憶として浮かんでくる。

 書類も受け取ったし、さっさと帰るか——そう思いながら昇降口へ向かう角を曲がろうとした瞬間、後ろから声が飛んできた。

「あ、お客さまですか!」

 振り返ると、廊下の奥からトコトコと走り寄ってくる一人の女子生徒がいた。

 チョコレートブラウンの髪を左右でリボン留めにした少女だった。紺のブレザーに白いブラウス、チェック柄のプリーツスカート。ブレザーの左胸には「案内係」と書かれた小さなバッジが光っている。駆け寄ってくる動作に合わせてスカートがふわりと揺れた。

「本日は桜丘高校にお越しいただきありがとうございます! ご見学でしょうか? もしどこかお探しの場所があれば、ご案内いたします!」

 立ち止まった少女は、両手を前で重ねて深くお辞儀をした。顔を上げた時の笑顔が、まるで作り物のように整っている。

 加賀谷は一拍おいてから、ゆっくりと口の端を上げた。

「いや、卒業生だよ。書類取りに来ただけ」

「卒業生の方でしたか! ようこそお越しくださいました。書類のお手続きは無事に終わりましたでしょうか」

「うん、問題なく。……えーと、君は案内の生徒さん?」

「はい! 2年3組の宮下さくらです。文化委員もやってます。今日は放課後の見学者案内の担当をしています。何かご不明な点があれば、何でも聞いてください」

 宮下さくら、と名乗った少女は、ハキハキとした口調でそう言った。

 加賀谷は改めて彼女の顔を見た。

 可愛かった。整えられた眉、くっきりとした栗色の瞳、ほんのりと桃色がかった頬。自然体で笑っているのに、その表情には一切の乱れがない。在校中にこんな子がいたら確実に声をかけていたのに、と思う。

「じゃあせっかくだから、少し案内してもらってもいいかな。久しぶりに来たし、変わったところとか見てみたくて」

「もちろんです! ぜひご案内します!」

 さくらは即座に頷き、廊下を歩き始めた。加賀谷はその隣に並ぶ。並ぶと頭が肩の高さほどしかなく、改めてその小柄さに気づいた。

「こちらが第1校舎です。1階から3階にかけて1年生と2年生の教室が入っています。4階は進路室・図書室・職員室となっています」

「詳しいね。案内、得意?」

「はい、大好きです!」

 さくらは横を向いて明るく答えた。ブレザーの下で胸が少し揺れる。

「文化委員って何するの?」

「学校のPR活動や見学者対応のサポートです。文化祭の運営補助も担当しています。昨年度は展示部門で1位をいただきました!」

「優秀じゃないか。勉強もできる?」

「テストの点数はそこそこだと思います。でも体育は得意です!」

「どんなスポーツ?」

「バドミントンです。部活はやっていないんですけど、体育の授業では負けません」

 淀みなく答える。加賀谷はわずかに眉を寄せた。

 答えが速い。それより——どの返答も、どこか台本を読んでいるようにスムーズすぎる。質問が変わっても「迷う」気配がない。普通の女子高生が初対面の男に話しかけられたとき見せるような、わずかな警戒や遠慮というものが、この子には一切ない。

(まあいいか。可愛いんだし)

「旧校舎ってまだあるっけ? 俺、在校中によく行ってたんだよ」

「あります! 旧校舎は現在、倉庫や資料室として使われています。通常は関係者以外立ち入り禁止ですが、ご卒業生のご希望であれば一部はご案内できます」

「そこ、連れてってよ」

「かしこまりました。こちらです」

 さくらは廊下を折れ、本校舎の端へと向かった。通路の突き当たりに、少し錆びた鉄製の扉がある。さくらがそれを開けると、古い木造建築の廊下に出た。

 旧校舎は暗かった。廊下の照明は節電のため最小限に落とされており、床板は古い木の匂いがする。南側の窓から、沈みかけた夕日がオレンジ色に廊下を染め上げていた。

「旧校舎は昭和34年に建設されました。現在は主に美術作品の保管、生徒会の過去資料の収納、体育備品の倉庫として使用されています。2019年に耐震補強工事が完了しており、安全性は確保されています」

「変わってないなあ、ここ」

 加賀谷は廊下を歩きながら周囲を確認した。人の気配がない。窓の外の校庭にも、こちらに目を向けている人影はなかった。

 廊下の突き当たりに、木製の扉があった。

「あの部屋は?」

「保管室Bです。過去の体育備品と文化祭の備品が収納されています」

「開けてみていい?」

「本日は整理のため開放されておりますので、ご覧いただけます」

 加賀谷は扉を開けた。中には折りたたまれた長机や積み重なったパイプ椅子、段ボール箱が乱雑に並んでいた。窓が一枚あり、そこからの夕日で室内はオレンジ色に染まっている。

「入って、説明してよ」

「はい」

 さくらが中に入った。加賀谷は後に続き、扉を閉めた。

 カチャリ、と鍵を回した。

 さくらは施錠の音に反応しなかった。室内を見渡し、そのまま説明を続ける。

「こちらには文化祭で使用した展示台や模擬店の備品が収納されています。毎年9月の文化祭に向けて、6月頃から準備が始まります」

「そうなんだ」

 加賀谷はさくらの背後に回り込んだ。

 彼女の髪は後ろから見てもきれいだった。リボンで束ねられた茶色の毛先が、背中で小さく揺れている。夕日の光が横から差し込んで、その産毛が淡く光っていた。

 加賀谷は両手を伸ばし、後ろからその肩を掴んだ。

「っ……お客さま?」

「なに、驚いた?」

「……当校の文化祭は毎年9月の第3週に開催されます。今年度のテーマは――」

「ちょっと待って、話聞かなくていいから」

 加賀谷は彼女の肩越しに顔を覗き込んだ。真横に近い距離に、さくらの横顔がある。

「さくらちゃん。俺のことどう思う?」

「……お客さまは当校のご卒業生でいらっしゃいますね。ご卒業後はどのようなお仕事をされていますか?」

「フリーランスのデザイナー。そっちの質問はいいから。俺のこと、好きか嫌いかで言ったら?」

「……桜丘高校は多くの優秀な卒業生を輩出しています。卒業生の皆さまからの学校に関するご意見は、いつでも歓迎しています」

「それ、答えになってないよ」

 加賀谷はさくらの腰に腕を回し、自分の方へと引き寄せた。細い腰だった。ブレザーの下、腰のくびれがはっきりとわかる。

「お客さま、この行為は……」

「うん?」

「……この棟は非常口が第2通路にございます。緊急時はそちらからの退避をお願いいたします」

 彼女は答えかけて、別の情報に切り替えた。まるで「この行為」に関する返答データが見つからなかったかのように。

 加賀谷はさくらを正面に向かせ、その顔を見下ろした。

 さくらは笑顔だった。抵抗する気配も、怯える様子もない。ただ前を向いて、柔らかく微笑んでいる。

「ブレザー、脱いでよ」

「……はい」

 さくらは何の躊躇もなくブレザーのボタンを外し始めた。

「当校の制服は創立当初から受け継がれるデザインで、本校の伝統のひとつです。ブレザーはインナーのブラウスと合わせて着用します」

 脱いだブレザーを、彼女は近くの長机の上に丁寧に置いた。

 白いブラウスだけになったさくらの上半身が、夕日の光の中に浮かびあがった。薄い生地越しに、内側にあるブラジャーの輪郭が微かに透けている。

「ブラウスも」

 さくらはそのままブラウスのボタンを、上から順に外し始めた。

「こちらのブラウスは綿混紡素材で、年間を通じて着用します。着用の際はシャツの裾を――」

 最後のボタンが外れた。ブラウスの合わせが開き、白いブラジャーが姿を現す。

 加賀谷の喉が動いた。

 シンプルな白いブラジャー。そのカップに収まっているのは、外から見た印象より少し大きいかもしれない胸の丸みだった。肌は均一に白く、鎖骨のラインが美しい。汗ばんでいない、乾いた肌。

「外して」

「……はい」

 さくらは背中に手を回し、ホックを外した。前のカップが緩んで落ちる。彼女は何の躊躇もなくそれを取り外し、机の上に置いた。

 露わになった胸は、乳白色だった。左右対称に整えられた乳房の中心に、淡いピンクの乳頭が小さくついている。先端はわずかに上向きで、夕日の光に照らされてほんのりと艶めいた。

「……綺麗だな」

 加賀谷は本心から呟いた。

「ありがとうございます」

 さくらは変わらぬ笑顔で返した。

 加賀谷は一歩踏み込み、両手でその胸を包み込んだ。柔らかさと弾力が手のひらに伝わってくる。押し込むと形が変わり、指を離すとゆっくりと元に戻る。体温は確かにある——けれど人間の温もりより、少しだけ低い。

「んっ」

 乳首を親指の腹でゆっくりと転がすと、さくらが微かな声を上げた。しかし表情は変わらない。目はどこか遠くを向いたままだ。

「気持ちよかった?」

「現在の気温は16.8度です。今日の日没予定は18時03分です」

 加賀谷は眉を寄せた。

「なんで急に天気予報なんだよ」

 返答はなかった。

 加賀谷はさらに乳首を強くつまんで引っ張った。

「ふっ……」

 今度は少し大きく声が漏れた。それでもさくらの顔は笑顔のまま変わらない。目の焦点が合っているのかどうかもわからないくらい、表情が固定されている。

(……変な子だな)

 そう思いながらも、手の中の柔らかさは本物だった。加賀谷は構わず続けた。

 さくらの腰に手を回し、スカートのホックを外す。プリーツスカートが床に落ちた。残ったのは白いコットンのショーツと、太ももまで覆う紺のハイソックス。ハイソックスの上縁とショーツの裾の間に、ほんの少しだけ白い太ももの肌がのぞいていた。

「こちらの旧校舎は……昭和34年の建設から60年以上が経過しておりますが……」

 さくらは積み重なった段ボール箱を見つめながら説明を続けようとした。しかし、加賀谷の手がショーツの中に入り込んだ瞬間、彼女の声が途切れた。

 指先に触れたのは、滑らかな粘膜だった。潤いはない。人間の女性とは違う、均一な表面の滑らかさ。それでも、指先が割れ目をなぞると、内側が柔らかく押し返してくる感触があった。

「あ……」

 さくらが微かな声を上げた。近くの積み上げられた長机のへりを、白い指先でつかんでいる。

「……ここに収納されている体育備品は……定期的な……点検と……入れ替えが……」

 声が途切れ途切れになっている。しかしそれは感情の乱れではなく、音声出力の処理に負荷がかかっているだけのように聞こえた。

 加賀谷は指を深く押し込み、動きを大きくした。

「あ、あ……」

 さくらの体がわずかに揺れる。それでも彼女は机の端をつかんだまま、正面を向き続けていた。

「さくらちゃん」

「……はい、お客さま」

「そのままでいてよ」

「……かしこまりました」

 加賀谷はショーツを足首まで下ろした。さくらの後ろに立ち、細い腰を両手でつかんで自身のズボンを下げる。

 そして、ゆっくりと押し入った。

 ――するりと、入っていく。

 乾いているにもかかわらず、抵抗なく奥まで入っていく。シリコン製の粘膜は摩擦が少なく、均一に締まる感覚が心地よかった。人間とは違う。だが、その違いが逆に異様な気持ちよさをもたらしている。

「っ……!」

 加賀谷は思わず声を詰まらせた。

「……いらっしゃいませ」

 さくらがそう言った。

「え?」

「桜丘高校へ……いらっしゃいませ……」

 彼女は机の端を両手でつかんだまま、正面を向いて微笑んでいた。加賀谷が腰を動かすたびに体が前後に揺れているのに、顔の角度はほとんど変わらない。

 加賀谷は動きを強めた。どれだけ奥まで打ち込んでも、彼女は喘がない。「ふっ」「あ」という短い声が時々漏れるが、それは感情の爆発というよりも、処理が追いつかない機械のノイズのようだった。

「気持ちよくないの?」

「……本日の見学可能時間は……17時30分まで……となっております……」

「そっちの話じゃなくて」

「次回の体験入学は……8月の第2週を……予定しています……」

 加賀谷は苦笑しながら、腰を打ち込む速度を上げた。

 きつい。弾力がある。人間と違うのは、その締まり方に変化がないことだ。興奮で収縮が増すこともなく、疲れで緩むこともない。一定の圧力が、常に均一にかかり続けている。

 それが逆に、狂おしいほどの快楽をもたらしていた。

「お、前……本当に何も感じてないのか……?」

「……ご質問の意味が……確認できません……施設に関する情報でしたら……」

 加賀谷は彼女の腰を強く引き寄せながら、片手で前に回して胸を掴んだ。揺れる乳房が指の中に収まり、乳首が掌に当たる。

「ふ……あ……」

 さくらの声が少し変わった。それでも机の端を離さず、正面を向き続けていた。目の焦点は相変わらず、遠く空洞のどこかを向いている。

 腰を打ちつけるたびに、肉がぶつかる音が倉庫の中に響く。段ボール箱が少しずつ揺れ、積み上がったパイプ椅子ががたついた。

「くっ……!」

 加賀谷は最後に深く押し込み、腰を強張らせた。白濁したものが、深く吐き出される。

「以上が旧校舎保管室Bのご案内となります。ほかにご覧になりたい場所はありますか?」

 さくらは静かにそう言った。

 加賀谷は荒い息を吐きながら、彼女から離れた。

 改めて見ると、さくらは乱れた姿のまま立っていた。ブラウスは左右に開いたまま、胸は露わになっている。ショーツは足元に落ちている。スカートも床に脱ぎ捨てられたままだ。そして、内側から白いものが太ももを伝い落ちている。

 しかし彼女は——まったく気にしていなかった。

 服が乱れていることも、自分の体で何かが起きたことも、それが終わったことも、何一つ認識していないかのように。

 ただ、笑顔で立っている。

「……さくらちゃん」

「はい!」

 明るく弾んだ声だった。

「お前、アンドロイドか?」

 一瞬の間。

「私は2年3組の宮下さくらです。文化委員を務めています。本日はどうぞよろしくお願いします!」

 彼女はそう言ってお辞儀をした。質問に答えなかった。

 加賀谷は無言で手を伸ばし、彼女のうなじの付け根を指でなぞった。人間の皮膚にはない、わずかな継ぎ目がそこにあった。シリコンと何か固いものとの境目。

「……」

 加賀谷はしばらくその感触を確かめてから、ゆっくりと手を離した。

 さくらはショーツを拾い上げ、スカートを履き直し、ブラジャーを付けてブラウスのボタンを留め始めた。どの動作も無駄がなく、静かで、感情がなかった。まるで着替えルーティンをこなしているだけのように。

「……スゲえな」

 加賀谷はぽつりと呟いた。

「ブレザーもお召しください。校内では制服の着用が義務付けられています」

 さくらはそう言って、机の上のブレザーを拾い、自ら袖に腕を通した。

「他にご覧になりたい場所はありますか?」

 制服が整うと、彼女はそう尋ねた。笑顔は最初から何一つ変わっていない。

「……いや、もういいよ」

「そうですか。本日は桜丘高校にお越しいただきありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 さくらは深くお辞儀をした。

 加賀谷は鍵を外して廊下へ出た。歩きながら、あの笑顔を思い返す。どれだけのことが起きても崩れなかった、案内係の笑顔。どれだけ腰を打ちつけても、「施設についてのご質問はありますか」と返してくる声。

 昇降口を出ると、校庭を横切る風が頬を撫でた。振り返ると、旧校舎の窓からオレンジ色の夕日が差し込んでいた。

(アンドロイドだったのか)

 今になってそう認識する。腹の底に、妙な感覚が残っていた。後悔ではなかった。嫌悪でもなかった。

 どちらかといえば——また来ようかな、という考えが浮かんでいた。

バグのある日常

 桜丘高校の生徒や教師たちにとって、宮下さくらの奇行はすっかり見慣れた日常風景となっていた。

 彼女の本来の任務は、来客用のエントランスや特定の待機場所で見学者を待つことだ。しかし、「2年3組・宮下さくら・文化委員」という個人設定があまりにも詳細に作り込まれていたためか、頻繁にシステム上で優先順位のバグが起きる。

 たとえば、平日の午前中。2年3組の教室で数学の授業が行われている最中、ガラガラと後ろのドアが開く。
「失礼します」
 ハキハキとした明るい声とともに現れるのは、案内係のプレートを胸につけたさくらだ。「授業に出ないと」というプロトコルが案内プロセスを一時的に上書きしてしまった結果である。
 彼女は迷うことなく空いている一番後ろの席に座り、背筋をピンと伸ばして黒板の方を向く。机の上には教科書もノートもペンもない。ただ両手を前できちんと重ね、完璧な笑顔で黒板を見つめ続けるのだ。

 初めの頃こそ「案内用アンドロイドが教室に来た!」と騒ぎになったが、今では誰も気にしない。授業をしている教師も「ああ、宮下が来たな」と一瞥するだけで、そのまま途切れることなく黒板に数式を書き続ける。生徒たちにとっても「あ、今日もバグってるな」程度の認識だ。授業の進行に何の支障もないため、放置しておくのが一番だという結論に至っている。

 当然ながら、彼女が授業の内容を数学として理解している様子は一切ない。時折、黒板の文字を画像データとして処理しているのか、瞬きに合わせて瞳の奥で微かにレンズの駆動音が鳴るだけだ。もし教師に当てられたとしても「現在、関連する案内データが見つかりません」と明るい笑顔で答えるだけなので、誰も彼女に発言を求めない。

 そしてチャイムが鳴り、休み時間になると、「それでは次の見学者の方をご案内してきます!」と急に本来のタスクを思い出したように立ち上がり、トコトコと風のように教室から出て行くのだ。

 また、そんな彼女の「設定」を面白がり、わざと矛盾を突いてからかう生徒たちの姿も、休み時間のよくある光景だった。
「ねえ宮下さん。さっき文化委員って言ってたけど、うちのクラスの文化委員って佐藤と高橋だよね? 宮下さんの名前、名簿にないんだけど?」
 意地悪な男子生徒がわざとらしく尋ねると、さくらは首を少し傾げて数秒フリーズする。
「……私は2年3組の宮下さくらです。文化委員として、文化祭の準備や見学者へのご案内を担当しております」
「だから、名簿のどこにいるのって聞いてるんだけど。そもそもさっき座ってたの、休んでる山田の席じゃん」
「……名簿データが確認できません。生徒手帳をお忘れの場合は、事務室にて再発行の手続きをお願いします」
「そういうこと聞いてないって!」
 矛盾する情報を突きつけられても、彼女のシステムには「自らが架空の生徒設定を与えられたアンドロイドである」というメタ的な認識機能が備わっていない。そのため、論理が破綻しそうになると、無関係な学校規則のアナウンスでお茶を濁すか、「何かお探しの場所はございますか!」というデフォルトの案内モードへと強制リセットされてしまうのだ。そんな「ポンコツなAI」の反応が面白くて、生徒たちは暇さえあれば彼女にバグる質問を投げかけては笑い合っていた。

 行き過ぎた「女子高生設定」がもたらす、ちょっとしたシステムの気まぐれや、かみ合わない会話のキャッチボール。これらの微笑ましいエラーもまた、生徒たちにとっては「宮下さくら」という存在を構成する愛すべき一部として、すっかり受け入れられていた。