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殻を捨てた蝶、あるいは電子の仮面

4,931 文字 約 10 分

アンドロイドと入れ替わっちゃうやつ。「巨乳アンドロイドに憑依してしまった俺」と大体一緒。

あらすじ

大学に入学し、一人暮らしを始めた男子大学生。中古で安かった女性型のアンドロイドを購入する。少しアングラなショップで購入したチョーカーを外すための器具を使って、チョーカーを外す。その他、パーツを組み替えて自分好みに改造していき、起動確認をしようとしたところで事故が起こる。そして、男子大学生とアンドロイドは入れ替わってしまう。元の自分は生きているが何も反応しない。
アンドロイドとしての性能を駆使し、大学の自分の個人情報を弄って女子大学生として通うようになる。

世界観

universe/robot.md


本文

 大学入学を機に始めた一人暮らしのアパートは、自由の象徴であると同時に、底なしの孤独の箱でもあった。
 講義を終えて帰宅しても、出迎えてくれるのは無機質な静寂だけ。その寂しさを埋めるために、僕は貯金をはたいて「彼女」を買った。

 ネットオークションで見つけた女性型アンドロイド。
 型落ちの中古品で、前の持ち主の好みなのか、あるいは酷使された結果なのか、肌のシリコンには細かい傷があり、関節の動きもどこかぎこちなかった。だが、顔立ちだけは僕の好みにドンピシャだった。少し伏せ目がちで、守ってあげたくなるような儚げな少女の容姿。
 配送された大きな段ボール箱から彼女に、「イヴ」と名付けた。

「さて、と。これからが本番だ」

 僕は工具箱を広げ、イヴをベッドの上に仰向けに寝かせた。
 彼女の首には、金属でできたチョーカーが嵌められている。これは「所有者登録証」であり、同時にアンドロイドの行動を制限し、人間に危害を加えないようにするための「枷」でもあった。これがある限り、彼女はメーカーの規定したプログラムの範囲内でしか動けない。
 だが、僕はただの愛玩人形が欲しいわけではなかった。もっと人間に近い、僕だけの理想の存在が欲しかったのだ。

 僕はアングラな裏サイトで高額で購入した、違法な解除ツールを取り出した。
 ペンライトのような形状の先端を、チョーカーのコネクタ部分に押し当てる。
 ジジッ、と小さな音がして、チョーカーのランプが赤から緑へ、そして消灯した。
「よし、解除成功」
 カチリと音を立ててチョーカーが外れた。首元に残った少し赤い跡が、かえって彼女の生々しさを強調しているようで、僕の嗜虐心をくすぐった。

 ここからは僕の趣味の時間だ。
 メーカー保証対象外になることを承知で、僕はイヴの身体を改造し始めた。
 まずは感度設定の調整だ。工場出荷時は、過度な刺激による故障を防ぐためにリミッターがかけられている。僕はドライバーで腹部のメンテナンスハッチを開け、神経回路の調整ダイヤルを直接いじった。
「感度は……最大まで上げちゃっていいか」
 ダイヤルを捻る。それだけで、スリープ状態のイヴの身体がビクリと震えた。
 次に、もっと直接的な部分の改造に取り掛かる。
 股間のパーツを取り外し、より精巧で、締め付けや温度調整が可能な特注パーツに換装する。粘膜のひだの一つ一つまでリアルに再現されたそのパーツは、指で触れるだけで吸い付くような湿り気を帯びていた。
「っ……すごいな、これ」
 取り付けながら、僕は興奮を抑えきれずにいた。自分の手で、理想の異性を作り上げているという背徳感が、更なる興奮を呼び起こす。
 胸のシリコンパッドも柔らかいものに入れ替え、乳首の色も淡い桜色に塗装し直した。
 作業は深夜に及び、僕は汗だくになりながら、イヴを自分好みの「女」へと作り変えていった。

「……できた。完璧だ」

 僕は満足げにため息をついた。
 ベッドに横たわるイヴは、もはやただの中古アンドロイドではない。僕の欲望を余すところなく受け止める、世界で唯一のパートナーだ。
 あとは、OSを再起動して、新しいハードウェアを認識させるだけ。

「起動テスト、開始」

 僕はPCをイヴの後頭部のポートに接続し、エンターキーを叩いた。
 画面に文字列が流れる。
 と、その時だった。
 バチッ!!
 PCの画面から強烈な閃光が走った。
「うわっ!?」
 視界が真っ白に染まる。脳を直接焼かれるような、経験したことのない衝撃。
 叫び声を上げる暇もなく、僕の意識はブラックアウトした。

 ***

 ……寒い。
 それが最初の感覚だった。
 次に感じたのは、奇妙な「軽さ」と、視界に浮かぶ無機質な情報の羅列。

《システム再起動……完了。ハードウェア構成の変更を確認。ドライバを更新します……》

(なんだ……? システム……?)

 僕は重たい瞼を開けた。
 いや、瞼を開けるという感覚とは少し違った。カメラのシャッターが開くように、視界がパッとクリアになったのだ。
 目の前には、見慣れた天井があった。
 起き上がろうとして、自分の身体に手をつく。
 その視界の端に映ったのは、白く、細く、滑らかな腕だった。

「え……?」

 口から出たのは、可愛らしい、鈴を転がすような声。
 混乱して自分の身体を見下ろす。
 そこにあったのは、昨日まで僕がいじり回していた、イヴの身体だった。
 豊かな胸の膨らみ、引き締まったウエスト、そして僕が取り付けたばかりの女性器の感触までもが、リアルな「自分の感覚」として脳に伝わってくる。

「嘘だろ……俺、イヴになってる……?」

 恐る恐る、部屋の鏡を見る。
 そこには、困惑した表情で立ち尽くす美少女――イヴの姿があった。
 そして。
 ベッドの脇には、見覚えのある男が倒れていた。
 僕だ。
 
「おい! 俺! 起きろよ!」

 僕は慌てて駆け寄り、自分の身体を揺さぶった。
 だが、反応はない。
 呼吸はしている。脈もある。身体は温かい。
 けれど、呼びかけても、頬を叩いても、まるで魂が抜け落ちてしまったかのように、ピクリとも動かなかった。瞳は虚空を見つめたまま、焦点が合わない。

「なんてことだ……」

 僕は――今はイヴの姿をした僕は、その場に崩れ落ちた。
 改造中のショートか何かが原因で、僕の意識データが電子頭脳に転送されてしまったのだろうか? そして、元の身体からは意識が消滅してしまったのか?

 絶望的な沈黙が部屋を支配した。
 しかし、不思議なことに、僕の思考は驚くほど冷静だった。
 これがアンドロイドの電子頭脳の恩恵なのだろうか。パニックになりそうな感情を、システムが「ノイズ」として処理し、論理的な思考回路へと誘導していく。

 現状分析。
 1.僕の意識はイヴ(アンドロイド)にある。
 2.元の身体は植物状態に近い。
 3.このままでは「相馬」としての生活は破綻する。
 4.アンドロイドとして生きるしかない?

 いや、待てよ。
 僕はふと、鏡に映った自分を見つめ直した。
 可愛い。客観的に見ても、いや主観的に見ても、破壊的なまでに可愛い。僕が自分好みに改造したのだから当然だが、この姿なら……。

 ふと、股間のパーツに意識が向く。
 僕が取り付けた高感度パーツ。
 太ももを擦り合わせると、じわりとした感覚が腰の奥に広がる。それは人間の時に感じた性的興奮とはまた違う、回路が熱を帯びるような、痺れるような快感だった。
 自分の指で、そこを触れてみる。
「あ……っ」
 声が漏れる。ビクン、と身体が跳ねる。
 すごい。何だこれ。自分の身体なのに、触れられるだけですごく気持ちいい。
 これなら……男として生きるより、ずっと楽しいかもしれない。

 僕はPCに向かった。
 指先からケーブルを伸ばし、直接ポートに接続する。キーボードを叩くよりも遥かに高速で、僕はネットワークの海へとダイブした。
 狙うは大学のメインサーバー。
 以前の僕なら不可能だったセキュリティ突破も、高性能な電子頭脳を持つ今の僕になら容易いことだった。
 ファイアウォールをすり抜け、データベースに侵入する。

 学籍番号、氏名、性別、写真……。
 僕は自分のデータを書き換えていく。
 性別を「男」から「女」へ。
 写真は、今のこのイヴの顔立ちをスキャンしたものへ。
 名前は……「相馬イヴ」としておこうか。いや、怪しまれないように「相馬唯(ゆい)」にしよう。

 作業は数分で終わった。
 これで、僕は明日から「女子大生」として大学に通うことになる。
 倒れている元の身体は……どうしようか。とりあえず、実家に「長期留学する」とメールを送って、生命維持装置代わりの点滴でも手配して、クローゼットの奥にでも隠しておくしかないだろう。

自分の身体を確かめる

 すべての手続きを終え、僕は改めて「自分の身体」に向き合った。
 鏡に映る少女は、どこからどう見ても完璧な美少女だ。透き通るような肌、長い睫毛、そして華奢な肢体。
 僕は自分の胸に手を当てた。心臓の鼓動はない。代わりに、胸の奥で微かな駆動音がリズムを刻んでいる。
「……イヴ」
 自分の名前を呼んでみる。声帯の調整機能を使って、少し艶のある声色に変えてみた。
「うん、悪くない」
 僕はベッドに腰を下ろし、スカートを捲り上げた。
 白く滑らかな太ももの間に、僕が精魂込めてカスタマイズしたパーツが隠れている。
 指先でそっと触れる。
「んっ……」
 触れた瞬間、背筋に電流が走った。比喩ではなく、本当に電気信号としての快感が脳――電子頭脳を駆け巡ったのだ。
 僕が設定した感度は最高レベル。少しの摩擦でも、通常の人間なら絶頂に達するほどの刺激になるはずだ。
 指を這わせる。
 クリトリスに相当する突起を弾くと、視界が明滅するほどの衝撃が襲った。
「あ、ぁあっ! すご……これ、すごいっ!」
 快感回路がオーバーロード寸前の警告を発する。だが、それがたまらなく気持ちいい。
 自分の指で、自分自身を慰める。
 ぬるりとしたローションが自動的に分泌され、指の滑りを良くする。
「はぁ、はぁ……女の子って、こんなに気持ちいいのか……」
 いや、これはアンドロイドだからこその感覚なのだろうか。
 僕は夢中で秘所を弄り続け、何度もイき続け、シーツを愛液もどきの潤滑液でぐしょ濡れにした。
 果てた後の余韻に浸りながら、僕は確信した。
 この身体なら、男だった頃よりも遥かに豊かな快楽を享受できる、と。

友人に自分の正体を明かす

 翌日。
 僕は新しい服に身を包み、大学へと向かった。
 キャンパスを歩くだけで、周囲の視線が突き刺さる。驚き、称賛、そして欲望。今まで「空気」のような存在だった僕には、決して向けられることのなかった熱量だ。
 心地よい優越感に浸りながら、僕は学食の隅にあるいつもの席へと向かった。
 そこには、猫背でスマホをいじっている男がいた。
 田中健太(たなかけんた)。僕の数少ない友人で、ディープなフィギュアオタクだ。
「よう、健太」
 僕は彼の向かいに座り、声をかけた。
 健太はビクリと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げる。そして、目の前に座る美少女――僕を見て、目を丸くした。
「え……あ、あの……?」
「なんだよ、人の顔見てあからさまに動揺するなよ」
「い、いや、君……誰? ここ、俺の連れの席なんだけど……」
 健太は挙動不審になりながら、キョロキョロと周囲を見回している。
 僕はクスクスと笑い、身を乗り出した。
「俺だよ、相馬だよ」
「は……? 相馬?」
 健太はポカンと口を開けた。「いやいや、相馬はもっとこう、陰気で冴えない男で……君みたいな超絶美少女じゃ……」
「お前なぁ、先週買った限定版のフィギュア、まだ未開封で隠してるだろ? 『聖騎士リリア』の1/7スケール」
「なっ!?」
 健太の顔色がその瞬間、真っ赤に染まった。それは彼が誰にも言っていなかった秘密のコレクションだ。
「あと、中学の時に『漆黒の翼』っていう痛いハンドルネームで小説サイトに投稿してた黒歴史も知ってるぞ」
「わーーーっ!! ストップ!! ストップ!!」
 健太は慌てて僕の口を塞ごうとして、その手が僕の頬に触れる直前で止まった。相手が知らない美少女だと思って、触れるのを躊躇ったのだ。
「……マジで、相馬なのか?」
「ああ。ちょっと事故があってな。中身が入れ替わっちまった」
 僕は声を潜めて、事情を説明した。
 アンドロイドを購入したこと。改造中に事故が起きたこと。そして、元の身体が昏睡状態にあること。
 健太は呆然としながら聞いていたが、話が終わると、震える声で言った。
「お前……TS(性転換)モノの主人公になったのか……!?」
「まあ、そうなるな」
「うおおおおおっ!! すげぇ! マジですげぇ!! しかもその身体、あの幻の限定モデル『Type-Eve』じゃねーか!?」
 さすがオタク、目の付け所が違う。
 健太は僕の手を取り、まじまじと観察し始めた。
「この質感……関節の処理……完璧だ……神造形だ……」
「おいおい、あんまりジロジロ見るなよ。興奮しちゃうだろ?」
 僕が少し艶っぽく言うと、健太は真っ赤になって手を離した。
「……で、これからどうすんだよ」
「どうもしないさ。せっかく手に入れた新しい人生だ。楽しませてもらうよ」
 僕は艶然と微笑み、脚を組み替えた。スカートの奥がチラリと見え、健太が息を呑むのが分かった。
 男を誘惑するなんて簡単だ。この身体があれば、世界は僕の思い通りになる――そんな予感さえしていた。