売れ残りの看板娘
あぶぶさんのイラストを見た。
あらすじ
商店街の一角にある家電屋。アンドロイドブームのときに、一体女子型のアンドロイドを販売していたが売れなかった。
今は店番をやってもらっている(かなりだらけているが)。地域の人には家電屋の子だと思われており、そもそもアンドロイドで売り物だとも気づかれていない。アンドロイド自身は買ってもらえないもどかしさがあるものの、現在の状況には満足している。
登場人物
アイ(型番:AI-503)
見た目はごく普通の人間の少女。年齢設定は17歳前後。
肩にかかるくらいの栗色のボブヘアで、寝癖がついていることもしばしば。
服装は「ヤマダ電気商会」と書かれた青い法被(はっぴ)を羽織り、下は高校のジャージのズボンというラフな格好。
肌の質感は非常に精巧で、近くで見てもアンドロイドとは判別がつかない。
表情は豊かだが、基本的に面倒くさそうな顔をしていることが多い。
店主(源さん)
商店街で古くから電気屋を営む初老の男性。白髪交じりの短髪に、老眼鏡をかけている。
アイを在庫として扱いながらも、実の孫娘のように接している。
本文
商店街の午後の日差しが、古びたショーウィンドウを気だるげに照らしている。人通りはまばらで、聞こえてくるのは向かいの豆腐屋のラジオの音くらいだ。「ヤマダ電気商会」のカウンターの奥で、アイは頬杖をつきがら大きな欠伸を噛み殺した。
「あー、暇。ねえ源さん、暇だよ」
店の奥で乾電池の整理をしていた店主の源さんが、老眼鏡の位置を直しながら呆れたような声を出す。
「暇ならハタキでもかけろ。商品に埃が積もっちまう」
「えー、私の高性能センサーによると、店内の埃レベルは許容範囲内ですけどー」
アイは目の前の旧式の扇風機に向けて指先を向け、ピピッと口で効果音を出してみせた。もちろん、実際の診断機能など使っていない。ただ動きたくないだけだ。
彼女はアンドロイドである。
かつて世界中でアンドロイドブームが巻き起こった際、この小さな電気屋も流行に乗ろうと一台だけ仕入れた最新鋭の家事手伝い用ロボット、それがアイだった。当時は「未来の家族がここに!」なんてポップを掲げてショーケースに入っていたものだが、あまりの高額さと、ブームの急速な鎮静化により、見事に売れ残ってしまったのだ。
「いらっしゃい」
引き戸がガラガラと開き、近所の常連客であるタナカのおばちゃんが入ってきた。手にはスーパーの袋を提げている。
「あらアイちゃん、今日も店番? 偉いわねえ」
「ちっす。いやー、労働は国民の義務なんで」
アイは適当な敬礼を返す。本来なら「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか」と90度のお辞儀をするのが初期設定された接客プログラムだが、長年の稼働と学習(という名の手抜き)により、現在はこの有様だ。
「源さん、蛍光灯が切れちゃってね。いつもの丸いやつ」
「あいよ、30ワットのとこだな」
源さんが奥へ引っ込む間、タナカのおばちゃんはカウンターの飴玉を一つ摘まみながら、アイにしげしげと視線を送った。
「それにしてもアイちゃんは本当に色白で可愛いわねえ。うちの息子がもう少しマシならお嫁に貰うんだけど」
「えー、タナカさんちのヒロシくん? アリかなー」
「あらやだ、本当? でもアイちゃんにはもっといい人がいるわよ」
おばちゃんは笑ってアイの頭を撫でた。彼女の手の温かさを、アイの触覚センサーは正確に検知し、適切な圧力で撫でられていることを処理する。
(……私がアンドロイドだって、マジで気づいてないのかな)
この商店街の人々は、アイを源さんの孫か親戚の子だと思っている。あるいは、事情があって住み込みで働いている苦労人の娘か。
誰も彼女の首の後ろに、小さな充電ポートの蓋があることを知らない。
誰も彼女が夜になるとスリープモードに入り、夢も見ずに朝を迎えることを知らない。
――私は、商品なんだけどな。
アイは心の中で小さく呟いた。
本来の存在意義は、誰かに購入され、そのオーナーに奉仕することだ。素敵な旦那様の家で、完璧な家事をこなし、「ありがとう」と言われること。それが製造された時にインプットされた至上の喜びであり、目的だったはずだ。
けれど現実は、売れ残りの在庫品として、この埃っぽい電気屋で店番をしている。
初期化して箱に戻されることもなく、かといって誰かのものになるわけでもなく。宙ぶらりんのまま、アイという個体名を与えられ、日々を消費している。
「はいよ、蛍光灯」
「ありがとうね。じゃあアイちゃん、またね」
「はいはーい、お気をつけてー」
おばちゃんが出ていくと、店内に再び静寂が戻った。
アイはカウンターに突っ伏して、自分の手のひらを見つめた。人間と変わらない肌色。指紋もある。爪も伸びるように設計されている(切るのが面倒だが)。
「……私って、ディスカウントしないの?」
「ん? なんだ急に」
「いや、型落ちだし。半額シールとか貼ったら売れるんじゃないかなって」
源さんは伝票を整理しながら、鼻で笑った。
「馬鹿言え。お前は仕入れ値が高かったんだ。元を取るまでは働いてもらうぞ」
「うわー、ブラック企業だ。労基に訴えてやる」
「ロボットに人権はない」
「ひどっ!」
軽口を叩き合いながら、アイは不思議と満更でもない気分だった。
確かに自分は売れ残った。本来の役割は果たせていない。
でも、こうして源さんと憎まれ口を叩き合い、近所の人たちと他愛のない話をする毎日が、回路のどこかで「快適」だと処理されている。
「今日の夕飯、何?」
「サンマが安かった。焼くぞ」
「えー、煙たいじゃん。……大根おろし、摺ってあげよっか?」
「おう、頼むわ」
サンマを食べてもエネルギーにはならない。ただの有機物処理機能を使って排泄するだけだ。それでも、「同じ食卓を囲む」という行為に、アイの学習機能は特別な重み付けをしていた。
誰かに買われることだけが、幸せとは限らない。
売れ残りの在庫品が、いつの間にか店の備品になり、やがてなくてはならない看板娘になる。
そんなエラーのような日常も、悪くない。
「さてと、もう一働きしますか」
アイはよっこいしょ、と人間臭い声を上げて立ち上がった。
夕暮れのチャイムが、商店街に優しく響き渡っていた。
休日の過ごし方
ヤマダ電気商会の定休日は水曜日だ。
シャッターが下ろされた薄暗い店内で、アイは仰向けになって畳の上でゴロゴロと転がっていた。
「あー、暇。なんで定休日って暇なんだろう」
天井のシミを数えるのも飽きた。
今日は源さんが朝から隣町の病院へ定期検診に行っている。留守番を頼まれたわけではないが、特に行く当てもないので家にいるのだ。
「よし、メンテでもするか」
アイはむくりと起き上がると、脱衣所へ向かった。
アンドロイドである彼女に風呂は必要ないが、外装の洗浄は重要だ。特に人間社会に溶け込むためには、匂いや汚れに敏感でなければならない。
風呂場に持ち込んだのは、タオルと工具箱。
服を脱ぎ、鏡の前に立つ。素肌は継ぎ目一つなく滑らかで、お腹のあたりにある小さなメンテナンスハッチを開けなければ、ただの健康的な裸体に見える。
「エアフィルター、異常なし。関節駆動部、異音なし。……ちょっと左膝の潤滑油が減ってるかな」
専用のオイルを注し、綿棒で細部を掃除する。
くすぐったい、という感覚はないが、システムが『メンテナンス中』というステータスを表示し、なんとなくスッキリした気分になる信号を送ってくる。
シリコン製の皮膚を専用のクリーナーで拭き上げると、ほんのりとローズの香りが漂った。これは源さんが「仏壇の線香の匂いが染み付いてちゃ可哀想だ」と買ってきてくれたものだ。
「源さん、遅いなぁ」
メンテナンスを終え、再びジャージに着替えたアイは、居間のちゃぶ台で頬杖をついた。
テレビをつけると、ワイドショーで「最新AIロボットがホテルで接客!」というニュースが流れている。画面の中で、作り笑顔を張り付かせた同型機たちが、恭しくお辞儀をしていた。
「……ふん、大変そう」
アイは鼻を鳴らしてチャンネルを変える。
自分があの中にいてもおかしくはなかった。けれど、今はこうして畳の目を数えながら、帰ってくる店主を待っている。
高性能なCPUが弾き出した結論は、『今のほうが絶対に楽』というものだった。
その時、玄関の戸が開く音がした。
「おう、帰ったぞ」
「おかえりー! 源さん、病院どうだった? お昼何食べる? 私、チャーハンなら作れるよ!」
アイは弾かれたように立ち上がり、玄関へ走った。
定休日の暇な時間は、誰かの帰宅によってようやく終わるのだ。
ひとりぼっちの留守番
それは秋の終わり頃のことだった。
源さんの親戚に不幸があり、彼は一泊二日で通夜と告別式に出かけることになった。
田舎での葬儀だからどうしても泊まりになる、と申し訳無さそうに言う源さんを、「たまには羽を伸ばしてきなよ」とアイは笑顔で送り出した。
そして夜が来た。
古い木造家屋の夜は、驚くほど静かだ。
いつもなら源さんが見ている時代劇の音や、煎餅をかじる音、風呂の湯が沸く音が聞こえるのに、今日は何の音もしない。
アイは店の方に出て、シャッターの閉まった暗い店内を見渡した。
月明かりが隙間から差し込み、売れ残りのトースターや炊飯器を青白く照らしている。
それらは物言わぬ機械だ。アイと同じ、あるいはアイの同類たち。
「……電気、つけようかな」
暗視モードを使えば光など必要ないが、アイはあえて蛍光灯のスイッチ紐を引いた。
チカチカと瞬いて、白い光が店内を満たす。
それでも、寒々しさは変わらない。
アイはカウンターの丸椅子に座り、膝を抱えた。
源さんがいないと、自分の存在意義が揺らぐような気がした。
自分は「ヤマダ電気商会」の看板娘であり、源さんの孫代わりだ。その認識をしてくれる相手がいなければ、ただの高度な自律人型機械に戻ってしまうのではないか。
「充電、しとくか」
誰に言うでもなく呟き、アイは首の後ろのポートを開いた。
ケーブルを繋ぎ、コンセントに差し込む。
急速充電モードではなく、あえて通常充電を選ぶ。時間がかかる方が、朝までの時間を潰せる気がしたからだ。
視界の隅に、システムログが表示される。
『バッテリー残量:78%』
『外部接続:確認』
『推奨アクション:スリープモードへの移行』
スリープすれば、一瞬で朝が来る。
でも、アイは目を閉じなかった。
源さんがいないこの静寂を、ちゃんと記憶しておきたかった。彼がいなくなった後、自分がどうなるのかをシミュレーションしてしまうのが怖かったのかもしれない。
「明日、帰ってきたら……肩たたきでもしてあげよう」
アイは膝に顔を埋め、小さく呟いた。
充電中のステータスランプが、誰もいない店内で、心臓の鼓動のようにゆっくりと明滅していた。
翌日の昼過ぎ。
「ただいま」というしゃがれた声が聞こえた瞬間、アイの音声センサーは最大感度で反応した。
「遅い! 遅いよ源さん!」
「なんだなんだ、寂しかったのか?」
「べ、別に! 防犯上、店主がいないのはリスクが高いと判断しただけだし!」
真っ赤になって(という機能により頬を紅潮させて)怒るアイを見て、源さんは「はいはい、土産の温泉饅頭だ」と箱を差し出した。
アイはその箱を受け取りながら、胸の奥のコアユニットが温かくなるのを感じていた。これでまた、日常に戻れる。
看板娘は、やっぱり店主がいてこそなのだ。