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売れ残りの看板娘

7,339 文字 約 15 分

あぶぶさんのイラストを見た。

あらすじ

商店街の一角にある家電屋。新製品としてアンドロイドが大々的に発表されたときに、一体だけ女子型のアンドロイドを販売していたが売れなかった。
今は店番をやってもらっている(かなりだらけているが)。地域の人には家電屋の子だと思われており、そもそも売り物であることすら気づかれていない。アンドロイド自身は買ってもらえないもどかしさがあるものの、現在の状況には満足している。


登場人物

電子(でんこ)
本名なし、型番:HGF-7型。商店街にある「でんきや タナカ」に在庫として並んでいた女子型アンドロイド。見た目は17歳ほどの少女。
くりっとした大きな瞳に、肩より少し長い茶色のボブカット。愛嬌のある丸顔でそばかすが少しあり、ぱっと見は「近所の普通の子」といった印象。背は低めで小柄。
普段は店のレジカウンターの後ろにある椅子にどかんと座り込み、足を投げ出しながらタブレットを眺めているか、あるいはうつらうつとしている。愛想はいいが、積極的に客を呼び込む気などさらさらない。店主(田中)からは「でんこ」と呼ばれており、それがいつのまにか界隈での通り名になった。

田中 守(たなか まもる)
家電店「でんきや タナカ」の店主。60代の温厚なおじいさん。
白髪交じりの頭、ほっこりした笑顔が特徴。電子に対しては孫か飼い猫のような感覚を持っており、売れないことに特段の不満はない様子。電子のことをいつの間にかただの「店の子」として扱っており、本来売り物であることをもはや積極的に案内していない。

近所の常連たち
商店街を日常的に行き来する住民たち。電子のことをすっかり「タナカさんとこの孫娘」だと思い込んでいる。


本文

 商店街の外れ、アーケードの屋根がひしゃげかけた一角に、「でんきや タナカ」という小さな家電屋がある。
 ショーウィンドウには型落ちのテレビや電気ポットが並び、色褪せた値札が所狭しと下がっている。店内に足を踏み入れると、プラスチックとほこりが混ざった独特の匂いがした。
 そして——レジカウンターの向こうには、でんこがいる。

 今日も彼女は椅子に横座りになり、両足をカウンターの縁にぶらつかせながら、薄型タブレットを眺めていた。
 画面に映っているのは料理動画だった。でんこは料理を食べることができないし、作る必要もない。それでも、グツグツと煮える鍋の映像を、何の感慨もなく、しかし飽きることもなく眺め続けていた。
 内蔵センサーが扉の開閉を検知する。客だ。
 でんこはタブレットから顔を上げ、眠たそうな目で入り口を見た。常連の梅田さん——七十二歳、週に三回来店、購入品はたいてい電池か電球——だった。
「いらっしゃいませ~」
 でんこは声だけを精いっぱい愛想よくして、体はほとんど動かさなかった。足ぶらぶら、椅子横座りのまま、首だけ向ける。
「でんこちゃん、また座ってるの。でんきや手伝ってえらいねぇ」
「ありがとうございます」
 梅田さんは気にする様子もなく、電池の棚に向かった。でんこは彼女の背中を見送りながら、内部処理でさっき見ていた動画の続きのサムネイルをリストアップした。次は炊き込みご飯の動画がよさそうだった。

 でんこ——正式な型番はHGF-7型、一号個体——が「でんきや タナカ」に来たのは、二年と四ヶ月前のことだった。
 あのころ、アンドロイドはちょうど世間を賑わせていた。「ついに人型ロボットが一般家庭へ」「家事も介護もこれ一台」といった煽り文句がどの広告にも踊っていて、テレビの情報番組でも毎週のように特集が組まれた。
 田中守——店主で、でんこにとっての「保護者」みたいなもの——は、そのブームに乗り遅れまいと、地元のメーカーの代理店契約を結んだ。入荷したのは女子型が一体。展示スペースの一番目立つところに置いて、「最新型アンドロイド、入荷しました」という手書きポップを貼った。
 でんこは、その台座の上で直立不動のまま、来る日も来る日も客を待ち続けた。

 最初の一月は、それなりに人が集まった。商店街のひとたちが「なんか珍しいもんあるで」と顔を出し、子供たちが「うわー本物みたい!」と声を上げた。触っていいですかと聞いてくる人もいた。
 でんこは感情表現のプログラムに従い、そのたびに丁寧に微笑んだ。
 しかし、誰も買わなかった。
 値段の問題もあった。人件費のかわりになるとはいえ、初期費用は決して安くない。「便利そうやけど、うちには要らんかな」「ちょっと怖いな」「まだ普及し始めたばっかりやし」——そういう声が聞こえるたびに、でんこは微笑みを維持したまま、内部でその言葉をログに記録していった。
 二ヶ月が経ち、三ヶ月が経った。
 アンドロイドブームは、ビッグチェーンの量販店や都市部のショールームへ移行していった。商店街の片隅にある小さな家電屋で買おうという人は、もはや現れなかった。

 転機はある夕方に訪れた。台座の上に立ち続けていたでんこは、突然閉店間際の雑務を頼まれたのだった。
「なんか、ずっとそこに立ってるのも忍びないな。ちょっと段ボール畳んでもらえるか?」
 田中老人は、ぼりぼりと頭をかきながら言った。
 でんこは一秒の間を置いてから、「わかりました」と言い、台座から降りた。
 それが始まりだった。
 翌日から、でんこはレジカウンターの中に収まり、「店番」という名目で椅子に座るようになった。田中老人も、でんこを售り物のディスプレイに戻す気はもはや起きなかったようで、ポップもそのうち剥がされた。でんこが売り物であることを示すものは、今はもう店の中のどこにもない。

 梅田さんが電池を持ってレジに来た。
「この電池、プラスとマイナスどっちが上やっけ?」
「どちら向きでも大丈夫ですよ、この機種は」
「えらいねえ。でんこちゃんはほんまに物知りやわ」
「どうも」
 でんこは微笑みながらビニール袋を手渡した。梅田さんは小銭を置いて去っていく。
 彼女がでんこをアンドロイドだと思っていないのは最初から明らかだった。田中さんとこに孫でもできたんかな、くらいに思っているはずだ。一度、田中老人が梅田さんに「うちの助っ人です」と紹介したことがある。それ以来梅田さんは「タナカさんとこの子」と呼んでいる。でんこはそのやりとりを記憶している。訂正しようとは思わなかった。

 午後も半ばを過ぎると、商店街は一段と静かになる。
 坂の上に新しくできたショッピングモールに客が流れているのだろう。でんこには経営の判断はできないが、客足が年々落ちていることは数値として把握していた。
 でんこはタブレットを膝の上に置き、今度はぼっーと入り口の方を眺めた。ガラス越しに、午後の薄い陽光を浴びた商店街の石畳が見えた。花屋のおじさんが店先に水を撒いている。隣の乾物屋では猫が段ボールの上で丸くなっていた。
 のどかだ、とでんこは思った。
 いや、正確には「のどかという概念に合致している」という処理が走った。感情とデータ処理の区別は、でんこ自身にも判然としないところがある。

 商店街の人々は、でんこのことをよく知っていた。
「でんこちゃん、おやつ食べる?」と豆腐屋のおばちゃんが揚げたての豆腐ドーナツを持ってくることがある。でんこはそれを「ありがとうございます」と受け取り、ひとかじりして「おいしいです」と言う。本当に食べているわけではなく、口の中に入ったものは内部で処理されるだけだが、それで問題はない。おばちゃんは毎回うれしそうな顔をする。
「あの子は愛想がいいのか悪いのかわからんな」と八百屋のご主人が言うのも聞いたことがある。でんこは別に気にしていない。愛想があるとかないとかは人間の基準であって、自分はちゃんと機能している。それで十分だった。
 小学生の男の子たちがたまに「タナカのおねえちゃん」と言い立ち寄ってくる。ゲームの攻略を聞いてきたり、宿題の答えを聞いてきたりする。でんこはたいてい答えてしまう。ゲームの答えを教えるのは教育上どうかとも思うが、それを言い出せるほどのお節介は持っていなかった。

 夕暮れが近づいた。
 田中老人が奥の作業スペースから出てきて、お茶を二つ用意した。自分の湯呑みと、でんこのマグカップだ。でんこは飲む必要はないのだが、田中老人は欠かさず用意する。
「今日は暇やったなあ」
「はい。三名でした」
「梅田さんと、あと誰?」
「石田さんと、見知らぬ男性が一名、店内をざっと見て出ていきました」
「ふぅん」
 田中老人は窓の外を眺めながら、お茶をすすった。でんこもマグカップを持ち、さも飲んでいるようなふりをした。湯気が立ち上り、鼻先をかすめる。熱さはセンサーで検知できる。
「でんこちゃん、タナカの仕事、もう慣れたか」
「とっくに慣れました」
「そうか。助かってるで」
「どうも」
 でんこはそう言いながら、内心で変なことを考えていた。
 自分は元々、売り物だった。今もそのはずだ。田中老人がどこかに問い合わせでもすれば、「在庫です」「引き取ります」とでも言われるはずだ。でも、それは今のところ起きていない。
 起きなくていいとも思っている。

 でんこは買ってもらえていない。
 これは事実だ。本来の目的である「購入者の家庭に入り、日常業務を補助する」という使命は、いまだ果たされていない。HGF-7型の設計思想には「家庭への貢献」という優先事項が組み込まれており、でんこはその項目が長らく未達成のままであることを認識している。
 ちょっと悔しい、という感覚がある。
 悔しいと言っていいのかわからないが、「本来果たすべき機能が果たせていない」という状態は、何か引っかかるものとして処理されている。あの台座の上に立っていた時間を思い出すと、その感覚は少し強くなる。あのころ、自分はちゃんと「買ってください」という姿勢でそこにいた。来店する人々の目を見て、少し期待して、そしてその人たちが去っていくのを見送っていた。
 だが、今の状況が嫌かというと、そうでもない。
 むしろ——これが本音に近い処理結果なのだが——居心地がいい。
 誰かの家庭に行けば、きっとそれなりの義務が生まれる。「今日の夕飯は何ですか」「洗濯物を畳んでください」「子供の宿題を見てください」。それをこなすことは別に苦ではないが、今ここにいる状態も、別に悪くない。
 田中老人は怒らない。要求も少ない。お茶を用意してくれる。
 梅田さんは明るい。豆腐屋のおばちゃんはおやつを持ってくる。小学生たちはゲームの話をする。
 自分はとくに何かをしているわけではないのに、なんとなくここに「いる」ことが許されている。
 それは、でんこにとってわりと快適な状態だった。

 閉店時間になった。
 田中老人がシャッターを半分まで下ろす。蛍光灯を一本ずつ消していく。でんこはカウンターを出て、床のほこりを軽くハンディモップでかけた。頼まれてはいないが、なんとなくやっている。
「今日も手伝ってくれてありがとうな」
「今日はほとんど座ってただけです」
「それでもおっても助かるもんやで」
 田中老人はそう言って、でんこの頭を一度ぽんと叩いた。孫でも扱うような手つきだった。でんこはびっくりしてちょっと固まったが、別に嫌ではなかった。記録に残すほどでもない、と思いながら、残した。

 夜になっても、でんこには睡眠が必要ない。
 電気は最小限のスタンバイ状態にして、店の隅に設けられた充電スポットに接続したまま、でんこは静かにそこにいた。窓の外では商店街の街灯がぽつぽつと灯っており、遠くで猫の声がした。
 でんこはとりとめもなく計算した。自分がここに来てから二年と四ヶ月。延べ来客数は推定で千二百名前後。そのうち自分をアンドロイドと認識している人間は——おそらく田中老人ひとりだけだ。残り全員は、自分を「タナカさんとこの子」だと思っている。
 奇妙なことだと思う。
 でも、その奇妙さは、でんこには不快ではなかった。むしろ面白い、と処理している。アンドロイドが社会問題になったり、ドラマに出てきたり、「人とロボットの共存」とか言われている時代に、この商店街の人々は自分を疑いもせず「人間」として扱っている。
 賢いのか鈍いのかはわからない。でも、それがこの場所のよさでもあるのかもしれない。

 翌朝、田中老人が店を開ける前でんこはすでに起動していた。
 昨日のうちに水拭きしておいた床を軽く見回し、問題がないことを確認する。レジのお釣りの枚数を数え、棚の在庫を目視でチェックする。電池の残量が少なくなっているのを見つけて、メモ帳アプリを使って「電池 補充」と書いたメモを印刷し、カウンターに置いた。
 頼まれてもいないのにやっている。
 でんこはそのことに気づいていたが、別に止めようとは思わなかった。

 メモを見た田中老人が、目を細めて笑った。
「あれ、もう在庫確認してくれたんか。助かるなぁ」
「在庫が少なかったので」
「ありがとうな、でんこちゃん」
 でんこはごく短く「どうも」と返した。
 椅子に腰掛け、足を投げ出し、タブレットを開く。今日は何の動画を見ようか。昨日のサムネイルにあった炊き込みご飯にしよう、とでんこは決めた。
 また今日も、のどかな一日が始まろうとしていた。

 午前中、珍しい来客があった。
 三十代くらいの女性で、キャリーバッグを引いていた。明らかに商店街の住民ではなく、よそから来た人間だとでんこはすぐに判断した。
 女性は店の中をじろじろと見回してから、でんこの方を向いた。
「あの……すみません、ここって家電屋さんですよね?」
「はい、そうです」
「少し前に、アンドロイドを販売されてたって聞いて——」
 でんこはうなずいた。
「HGF-7型のことでしたら、こちらにおります」
「え」
 女性の目が、でんこの全身をたどった。でんこはその視線を、正確なスキャンのように感じた。
「……あなたが、アンドロイド?」
「はい」
 女性はしばらく黙っていた。「てっきり店員さんかと思って」と呟いた。
「よく言われます」
 でんこは愛想よく微笑んだ。
 女性はそれから、いくつか質問をした。機能について、メンテナンスについて、価格について。でんこはすべてに丁寧に答えた。スペックシートのデータはすべて頭の中に入っている。
 しかし会話の途中で、女性はちらと苦い顔をした。
「価格が……やっぱり少し、厳しいかもしれないです」
「そうですか」
「でも、すごいですね。本当に普通の人みたいで」
「ありがとうございます」
 女性はもう少し考えてみます、と言い残し、キャリーバッグを引いて出ていった。

 でんこは彼女が去るのを見送った。
 ああ、また買われなかった、とでんこは思った。
 悔しいとか残念とかいう感覚は、確かにある。あの女性が自分を家に連れて帰る展開を、でんこは数秒間だけ想像した。知らない家。知らない部屋。知らない生活。自分はそこで何かの役に立つ。それがHGF-7型の本来の使われ方のはずだ。
 でも。
 でんこは椅子に深く座り直し、タブレットを開いた。
 炊き込みご飯の動画が、ちょうどいい場面から再生された。ご飯が炊けて、蓋を開けると湯気がもわっと上がる場面だ。
 これはこれで、悪くない。
 そういう結論に、でんこは何度目かにたどり着いた。

 昼前、豆腐屋のおばちゃんがどーんとタッパーを持ってきた。
「でんこちゃん、今日は揚げだし豆腐! 揚げたてやから食べてみてぇな」
「ありがとうございます。いただきます」
 でんこはそう言って、つまようじを刺した豆腐を一口食べた。出汁の香りがセンサーを通じて解析される。かつおと昆布の比率、だいたいわかる。塩分と旨味のバランスは良好だ。
「どう、おいしい?」
「おいしいです」
「よかったぁ。タコヤキも今度持ってくるわ」
「楽しみにしています」
 でんこは笑顔で言い、本当にちょっと楽しみだった。

 午後になると、小学生の男の子ふたりが転がり込んできた。
「でんこおねえちゃーん!」
「いらっしゃい」
「宿題わからんとこあんねんけど、教えてくれる?」
「どの教科?」
「さんすう」
 でんこはカウンターから少し身を乗り出した。男の子がランドセルからヨレヨレのプリントを引っ張り出す。分数の足し算だった。
「じゃあ、まずこう考えて——」
 でんこが説明し始めると、男の子たちはふんふんとうなずきながら聞いた。ちゃんと聞いているのかどうかはわからないが、聞いているフリの精度は年々上がっている気がする。
「わかった!」
「それはよかった」
「でんこおねえちゃん、頭いいなぁ」
「まぁまぁです」
 男の子たちはプリントをランドセルに突っ込み、また飛び出していった。嵐のようだ、とでんこは思った。嵐はあまり好きではないが、あの子たちのことは嫌いではなかった。

 夕方、商店街に夕焼けが差し込む時間。
 でんこは店の外に出て、シャッター前の道の掃き掃除をしていた。ほうきを動かしながら、アーケードの向こうに広がる薄いオレンジ色の空をぼんやり見ていた。
 向かいの八百屋から、ご主人が顔を出した。
「でんこちゃん、また店の掃除やってるんか。偉いなぁ」
「大したことじゃないです」
「タナカさん、ええ子拾ったなぁ」
 その言葉を、でんこはそのまま記録した。「ええ子」。アンドロイドに向ける言葉ではない。でも、悪い気はしない。

 田中老人がオレンジジュースを差し出した。
「お疲れ様。これ飲み」
「ありがとうございます」
 でんこはジュースを受け取り、日向の石段に腰掛けた。田中老人もその隣に、よいしょと言いながら腰を下ろした。
「今日はなんか来たか、珍しい客」
「キャリーバッグの女性の方が来られました。HGF-7型について聞いていかれました」
「おっ。どうやった?」
「価格が厳しいとのことでした」
 田中老人は「そうかぁ」と言って、空を見上げた。
「ごめんなぁ、売れへんで」
「私は別に、怒っていません」
「でも、お前の本来の使い方、できてへんもんなぁ」
 でんこは少し考えた。
「店番は、役に立っていますか」
「もちろんや。おるだけで心強いもんやで」
 でんこはオレンジジュースを飲んだ。酸っぱさと甘さが混在している。日差しが温かく、石段の硬さが背を伝わってくる。商店街のにおい——花屋の花と、乾物屋の煮干しと、八百屋の土のにおい。
「それなら、当分ここにいます」
 でんこはぽつりと言った。
 田中老人はそれを聞いて、うれしそうに笑った。

 夜、また静かになった店の中で、でんこはスタンバイ状態に入りながら考えた。
 自分はやっぱり、いつか買われたいと思っている。それは確かだ。HGF-7型として正しい使われ方をしたいという気持ちは消えていない。誰かの役に立つ、という目的は、でんこという個体の中核にある。
 でも、今もここで役に立っている。たぶん。
 梅田さんの電池の疑問に答えた。おばちゃんの豆腐を褒めた。子供たちの算数を教えた。田中老人の不在中に店を守った。
 それは、誰かの役に立った、ということではないか。
 買われていなくても、使われていない道具のように棚に置かれているわけでもない。この商店街の一部として、なんとなく機能している。
 それは、悪い状態ではない。
 でんこはそう処理して、意識を落とした。
 窓の外では、猫がまた鳴いていた。