停滞する世界、僕だけの楽園
あらすじ
全くなんの前触れもなく、突然特定の1日の動作を繰り返すようになった世界。ある男子大学生はただ1人その影響を受けなかった。
毎日同じ人が、同じ場所で同じことを繰り返す。それは外的環境が変化しても、季節が変化しても変わらない。異常があっても、まるでそれがないかのように振舞っている。そもそも、彼らが思考しているのかもわからない。
世界はその男子大学生の遊び場と化した。
登場人物の容姿
僕
どこにでもいるような男子大学生。少し伸びた黒髪に、気だるげな目元をしている。服装はパーカーにチノパンといったラフな格好が多く、世界の支配者気取りではあるが、その実体はどこか薄汚れたモラトリアムの中にある。
高橋結衣
どこにでもいそうな女子高生。肩にかかる程度の茶色がかったボブヘア。毎朝のセットは完璧だが、それはプログラムされた動作によるもの。制服は紺のブレザーにチェックのスカート、足元はローファーを履いている。
佐藤さん
クラスの窓際に座る、整った顔立ちをした美少女。艶やかな黒髪のロングヘアで、未成熟な果実のようなあどけなさと危うさを併せ持つ。制服のリボンをきっちりと結び、ブラウスやスカートの着こなしも清楚そのもの。華奢で柔らかい身体つきをしている。
OL風の女性
公園のベンチで毎朝読書をしている大人の女性。風に揺れる優雅な茶色の巻き髪と、理知的な瞳が特徴的な美人。透け感のある白いブラウスに膝丈のタイトスカートを合わせ、均整の取れた脚はベージュのストッキングに包まれている。
本文
目が覚めると、スマホのアラームを止める。画面に表示された日付は進んでいる。カレンダーアプリの日付も更新されている。だが、窓の外に広がるこの世界の時間は、あの日から一歩も進んでいない。いや、正確には「彼ら」の時間だけが、あの特定の1日に縛り付けられ、無限のループを繰り返しているのだ。
僕はベッドから起き上がり、カーテンを開けて眼下を見下ろした。
午前八時十五分。
向かいの家の奥さんが、いつもの赤い自転車に乗ってゴミ出しに向かうところだ。角を曲がってきた青いバンの配送車が、一時停止を無視して走り去っていく。その直後、電柱に繋がれた柴犬が二回吠える。
昨日も見た光景。一昨日も、その前も。一寸の狂いもなく繰り返される日常の演劇。
何の前触れもなく狂ってしまった世界で、僕だけが取り残された。あるいは、僕だけが解放されたと言うべきか。
着替えて外に出る。大学へ行く必要はない。大学に行っても、教授は同じ講義を延々と繰り返しているだけだし、学生たちは同じ雑談をし、同じタイミングで笑っているだけだ。
この現象が始まってどれくらい経っただろうか。最初は恐怖した。誰に話しかけても、決まったセリフしか返ってこない。彼らの目の前で手を振っても、大声で叫んでも、彼らは僕を認識しない。まるでプログラムされたNPCのように、設定された軌道以外のアクションを起こさないのだ。
もし物理的に彼らの行動を阻害しようとすれば――例えば進路に立ちふさがれば、彼らは無表情のまま僕を避けるか、あるいはまるでそこに何も無いかのように押し通ろうとする。異常があっても、それを脳が認識しないようにフィルターがかかっているかのようだ。
コンビニに入る。店員が「いらっしゃいませ」と機械的に言う。その視線は虚空を見つめている。
僕は棚からサンドイッチとコーヒーを手に取り、レジを通さずに自動ドアを出る。店員は僕を呼び止めることもない。彼の認識の中では、客が商品を手に取って精算せずに出ていくというイベントは存在しないのだ。
そう、ここは僕の遊び場だ。
法律も、倫理も、社会的な制約も、すべてが意味をなさない。この街全体が、僕のために用意された巨大なドールハウスのようなものだった。
公園のベンチに向かうことが、最近の日課になっていた。
そこには、毎朝この時間に読書をしている女性がいる。清楚な雰囲気の、OL風の美人だ。彼女は文庫本を開き、時折風に揺れる髪を耳にかける。その仕草も、ページをめくるタイミングも、すべて記憶してしまった。
僕は彼女の隣に座る。彼女は僕を見ない。彼女の世界には、隣に座る薄汚れた大学生など存在しないのだ。
彼女の柔らかな太ももに手を置く。
反応はない。彼女は活字を目で追い続けている。
僕は大胆に、その身体へと触れていく。スカートの裾を捲り上げても、彼女は眉一つ動かさない。ただ、風が吹いたときに髪を直す定数的な動作を繰り返すだけだ。
「ねえ、感じないの?」
耳元で囁いても、返事はない。その無防備さと、絶対的な拒絶の欠如が、僕の嗜虐心を煽る。こんなことをしても誰にも咎められない。彼女自身ですら、今のこの状況を認識していないのだから。
僕は彼女の白いブラウスのボタンに手を掛け、一つ、また一つと外していく。露わになった白い肌に触れ、その感触を確かめる。温かい。生きている人間の体温だ。心臓も動いているし、呼吸もしている。けれど、その精神はどこか別の場所に――あるいは永遠に繰り返される一日のレコードの溝に閉じ込められている。
往来の激しい公園の中だというのに、誰も僕たちを気にも留めない。散歩をする老人、ジョギングをする青年、誰も彼もが自分の設定された役割をこなすことに夢中で、ベンチで行われている破廉恥な行為になど目を向けない。
僕は彼女のスカートの中に手を滑り込ませた。
抵抗のない肉体を思うがままに弄ぶ。濡れた音が響いても、彼女の表情は変わらない。まるで精巧にできたダッチワイフを相手にしているかのような、奇妙な空虚さと興奮。彼女が時折漏らす吐息すらも、本の内容に感銘を受けたものなのか、それとも肉体的な反応なのか判別がつかない。
自分の欲望のままに彼女を貪り、絶頂を迎える。その瞬間だけは、自分がこの世界の支配者であるかのような錯覚に浸ることができた。
情事が終わった後、僕は乱れた彼女の服を適当に直して立ち上がった。
彼女はまだ、同じページを読んでいるようだった。時間が来れば、彼女は本を閉じ、駅へと向かうのだろう。
「また明日も、君はここで僕を待っているんだね」
虚しさと、背徳的な優越感が入り混じる。
僕は大きく伸びをして、次の「遊び場」を探しに歩き出した。
明日は何をしようか。誰を犯そうか。どんな暴動を起こそうか。
この停滞した世界は、まだまだ僕を楽しませてくれそうだ。永遠に続く今日の中で、僕だけが明日への快楽を求めて彷徨い続ける。
ループする日常生活
その女子高生、高橋結衣(たかはしゆい)の朝は、いつものチャイム音と共に始まる。
七時〇分。彼女は布団を跳ね除け、洗面台へと向かう。寝癖のついた髪を濡らし、ドライヤーで乾かす。その手つきは驚くほど淀みがない。毎日、毎秒、同じ角度でブラシを入れ、同じ回数だけ手首を返す。それは洗練された職人の技というよりは、プログラムされた産業用ロボットの動作に近かった。
制服に着替え、食卓につく。焼きすぎたトーストの焦げた部分を、彼女は全く同じリズムで削り落とす。母親が「今日は暑くなるわね」と話しかける。結衣は「そうだね」と短く返す。その会話の間(ま)すら、コンマ一秒の狂いもない。
学校への道のり。彼女は七時四十五分の電車に乗る。三両目の、左から二番目のドアの前。
ホームの足元には、信じがたい痕跡が残されていた。
コンクリートの床が、彼女のローファーの形に深く窪んでいるのだ。何千回、何万回と同じ場所に立ち、同じ重心をかけた結果、硬い地面がまるで粘土のように変形してしまっている。彼女は何の疑問も抱かず、その「足型」に自分の足をすっぽりと嵌め込み、電車の到着を待つ。周囲の乗客たちもまた、それぞれの足元の窪みに直立不動で収まっている光景は、墓標のように静かで不気味だった。
車内は混雑している。彼女はスマホを取り出し、SNSアプリを開く。
「今日も学校ダルいなー」
そんなありきたりな文章と共に、車窓からの風景を投稿する。
画面をスクロールすれば、そこには異様な光景が広がっているはずだ。昨日も、一昨日も、一年前も。彼女は全く同じ構図、全く同じ文面の投稿を繰り返している。タイムラインは、判で押したような「今日も学校ダルいなー」の文字で埋め尽くされているが、彼女自身はその異常さに気づく様子はない。彼女の認識の中では、これは常に「今日の新鮮な呟き」なのだ。
二限目、現代文の授業。
教室の空気は停滞している。教師の抑揚のない声が響く中、結衣はノートを広げていた。
そのページは、異様だった。
彼女は毎日、この八月十四日の授業を受けている。そして毎日、同じページの同じ場所に、同じ板書を書き写している。
ノートのそのページは、摩擦ですでに一部が破れ、穴が開いていた。
しかし彼女は、破れていることを気にも留めない。すでに書かれた文字の上を、まるでなぞるかのように、あるいは破れた穴の下にある次のページにインクを刻み込むように、黙々とペンを走らせていく。
文字としての体を成していない漆黒の塊。何千、何万回と上書きされたボールペンのインクが、紙の上で分厚い層を成し、どす黒く光沢を放っている。まるでアスファルトを紙に塗りつけたかのような、重苦しい質感。
彼女はその漆黒の塊や穴の開いた紙の上に、涼しい顔でペンを走らせる。カリカリと、硬化したインク層を削るような音が微かに響く。
隣の席の男子生徒が消しゴムを落とす。彼女は一瞬だけ視線をやり、すぐにノートへ戻る。その視線の角度も動きも、昨日と全く同じだ。
昼休み。友達と購買のパンを食べる。
「ねえ、昨日のドラマ見た?」
「見た見た! あの俳優超かっこよくない?」
繰り返される会話。永遠に消費されない話題。笑うタイミング、パンを口に運ぶ角度、飲み込むまでの咀嚼回数。すべてが完璧な台本通りに進んでいく。
授業が終わり、ホームルームの後は掃除の時間だ。
彼女の動きは、ここでも完全にパターン化されていた。自在箒を持ち、決まったルートを、決まった回数だけ掃く。
その結果、教室の床には奇妙なコントラストが生まれていた。
彼女の箒が通るルートだけはピカピカに磨き上げられ、ワックスが剥げるほど擦り減っている。その一方で、わずか数センチずれた「掃除されない場所」には、埃や砂が異様なほど溜まり、フェルトのような分厚い層を作っていた。
だが、彼女はその境界線に気づくことはない。自分が担当するルートだけが、彼女にとっての世界のすべてなのだ。
放課後、彼女は駅前のカラオケ店に入る。いつものメンバー、いつもの部屋。
テーブルに置かれたタブレット型のデンモクは、画面の特定の箇所だけが手垢と脂で黒ずみ、変色していた。「履歴」ボタン、「送信」ボタン、そして特定の楽曲の選曲ボタン。
履歴画面を開けば、そこには昨日と同じ曲順が並んでいる。もちろん、一昨日も、そのまた前も。
彼女たちは毎日同じ曲を歌い、採点機能で毎回小数点以下の桁まで全く同じスコアを叩き出す。九十八点七五三点。
完璧な再現性。まるで録画された映像を見ているかのようだ。デンモクの汚れた画面だけが、彼女たちの終わらない宴の長さを物語っている。
十八時二十分になると、サビの部分で必ず音程を少し外す。その外し方さえも、厳密に再現されている。
窓の外が茜色に染まり、やがて夜の帳が下りる。
帰り道、コンビニの前で野良猫を見かけ、彼女は「かわいい」と呟いて写真を撮る。その猫もまた、毎日同じ時間に同じ場所を通りかかり、同じ場所で立ち止まる存在だ。
帰宅し、夕食を済ませると、彼女は机に向かって日記を開く。
ループが始まる前までは、そこには日々の些細な出来事や、友人との会話、悩みなどが鮮明に綴られていた。
しかし、八月十四日のページで、その筆致は狂い始める。
「今日も楽しかった」「明日も頑張ろう」
判で押したような定型文。前のページまでは生きた言葉が躍っていたのに、あの日を境に、日記は単なる文字の羅列へと成り下がってしまった。それでも彼女は、今日もまた同じページに、同じ感想を上書きし続ける。
帰宅し、入浴を済ませ、ベッドに入る。
「おやすみ」
誰に言うでもなく呟き、目を閉じる。
彼女の一日は終わる。そしてまた、まったく同じ一日が始まる。
机の上に置かれたノートの、あの異様に盛り上がった黒いページだけが、彼女が過ごした膨大な時間の果てしなさを無言で物語っていた。
支配される学園
大学での「遊び」に飽きた僕は、新たな刺激を求めて近くの私立高校へと足を踏み入れた。
校門には警備員が立っていたが、僕が堂々と前を通り過ぎても、彼は定時になると虚空を見つめて敬礼を繰り返すだけだった。
校舎内は静まり返り、授業中のようだった。廊下を歩く僕の足音だけが、異物のように響く。
適当な教室のドアを乱暴に開ける。ガララッ、と大きな音が響いても、四十人の生徒たちは一心不乱にノートを取り続け、教師は黒板に向かい続けている。
「ここ、重要だぞ。テストに出るからな」
数学教師の声が、壊れたテープのように教室に響く。
僕は教壇に上がり、教師の隣に立った。
「先生、ここ間違ってますよ」
耳元で囁くが、彼は無視して数式を書き続ける。僕は彼の持っているチョークを指で弾き飛ばした。
カラン、と乾いた音がする。
教師の動きが一瞬止まる。しかし、彼はすぐにチョーク入れから新しい一本を取り出し、何事もなかったかのように書き始めた。まるでバグが発生したプログラムが、即座にエラー処理を行って正常動作に戻るかのようだ。
僕は生徒たちの列に歩み寄る。
最前列の女子生徒の机に腰掛け、彼女の顔を覗き込む。彼女は僕の身体を透過するように、必死に黒板を見ようと首を傾げる。
「ねえ、授業なんて面白くないでしょ?」
彼女のペンを奪い取る。彼女の手は空を掴み、エア筆記を続ける。その滑稽さに、僕は声を上げて笑った。
標的を変える。窓際の席で、端正な顔立ちをした女子生徒を見つけた。先ほどの大学生の彼女とはまた違う、未成熟な果実のような魅力がある。
僕は彼女の背後から抱きつき、耳元に息を吹きかける。
ビクリ、と彼女の肩が跳ねた気がした。だが、それだけだ。彼女はすぐに姿勢を正し、黒板の文字を追う作業に戻る。
「君たちは本当に真面目だねえ」
僕は彼女のブレザーの中に手を滑り込ませた。
神聖な教室の中で、白昼堂々と行われる蹂躙。クラスメイトたちは、すぐ隣で起きている背徳的な行為になど目もくれず、ただひたすらに学習する機械と化している。
ブラウス越しに胸を愛撫し、スカートの中に侵入する。彼女の生理的な反応と、強制された「日常」を維持しようとする理性の軋み。そのアンバランスさがたまらなく唆る。
彼女のスカートの中に滑り込ませた指が、下着の湿り気を捉えていた。
指先でクリトリスを弄ると、彼女の頬が紅潮し、口から小さな吐息が漏れる。それでも彼女の手はペンを握りしめ、ノートに文字を書き込もうとしている。
黒板を見る視線と、快楽に揺らぐ身体。
僕はさらに指を深く挿入し、膣内を掻き回した。
「んっ、ぁ……」
教室に響く水音と、抑えきれない嬌声。しかし、周囲の生徒も教師も、誰一人として反応しない。唯一、反応しているのは、僕の手によって強制的に快感を与えられている彼女だけだ。
彼女の太ももが痙攣するように震え始める。理性で日常を維持しようとするプログラムと、肉体の快楽反応が激しく衝突している。その矛盾が、何よりも僕を興奮させた。
誰かが廊下を走る音がする。体育の授業だろうか。
僕は行為を続けながら、窓の外を見た。グラウンドでは、サッカー部員たちがボールを追いかけている。
彼らもまた、永遠に終わらない試合を繰り返しているのだろう。点が入ろうが、怪我をしようが、明日になれば全てリセットされる。
ここは僕のために用意された、巨大な実験場であり、終わらない遊園地だ。
僕は喘ぎ声を押し殺そうともしない女子生徒の首筋に歯を立てながら、この狂った世界への愛おしさを噛み締めていた。
お持ち帰り
僕はその窓際の彼女――名札には「佐藤」とあった――を「お持ち帰り」することにした。
授業中だったが関係ない。彼女の手首を掴み、無理やり席から立たせる。彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに無表情に戻り、抵抗することなく僕に従った。まるで「席を移動する」という指示を受け入れたかのように。
教室を出るとき、教師と目が合ったが、彼はすぐに黒板に向き直った。クラスメイトたちも、一人減った空席を気にする様子はない。世界は、欠落を無視して回り続ける。
僕のアパートまでの道中、彼女はずっと黙っていた。
手を引けば歩く。止まれば止まる。信号待ちでは、じっと信号機を見つめる。
部屋に着き、僕は彼女をベッドに座らせた。
ここからが「観察」の時間だ。環境が変わっても、彼女のプログラムは継続するのか。
正午を知らせるチャイムが、遠くの防災無線から聞こえてきた。
すると彼女は、何もない空間から何かを取り出す仕草をした。
両手を合わせ、「いただきます」と小さく呟く。
そして、エア箸を使い、エア弁当を食べ始めたのだ。
「すごいな……」
僕は思わず感嘆の声を漏らした。彼女の認識の中では、ここはまだ教室で、今は昼休み時間なのだ。彼女は何かを口に運び、咀嚼し、飲み込む。喉が動く様子までリアルだ。
僕は冷蔵庫からお茶を取り出し、彼女に渡してみた。
彼女はそれを受け取ると、自然な動作で一口飲み、「ふぅ」と息をついた。既存のオブジェクト(お茶)と、彼女の脳内の幻想(弁当)は、矛盾なく共存しているらしい。
空腹を満たす幻想に浸っている彼女を、僕は後ろから押し倒した。
彼女は抵抗しない。弁当箱(エア)を持ったままの姿勢で、ベッドに沈む。
制服のリボンを解き、ブラウスを脱がせる。白い肌が露わになっても、彼女はまだ箸を動かそうとしていた。
「食事中は行儀が悪いよ」
冗談めかして言いながら、胸に吸い付く。
彼女の手が止まる。身体が甘く震える。
環境が変わり、刺激が変わっても、肉体の反応だけは正直だ。いや、むしろ「昼休みに教室で弁当を食べている」という認識のまま快感を与えられることで、彼女の脳内はどうなっているのだろうか。混乱しているのか、それとも快楽さえも「食事の味」として処理しているのか。
スカートを脱がせ、下着を下ろす。
濡れていた。彼女の身体は、この異常な状況を受け入れている。
僕は彼女の中に自身を沈める。
「んっ……」
彼女が初めて、人間らしい声を漏らした。
激しく腰を振るたびに、彼女の視線が揺れる。虚空を見つめていた瞳が、一瞬だけ焦点を結ぼうとして、また霧散する。その儚い抵抗が、僕をさらに興奮させた。
彼女の膣内は熱く、僕を受け入れて締め付けてくる。
腰を打ち付けるたびに、「あ、あ……」と彼女の口から言葉にならない声が漏れる。
虚空を見つめながらエア弁当を食べていた手は、今はシーツを強く握りしめている。
「佐藤さん、気持ちいい?」
問いかけても返事はない。ただ、快楽の波に抗えない肉体が、正直に反応を返してくるだけだ。
僕は彼女の胸を愛撫し、さらに激しく腰を動かした。彼女の身体が弓なりになり、絶頂の予感に震える。
彼女の認識はどこにあるのだろう。教室で昼食をとっている最中に、突然強烈な快感が襲ってきていると感じているのだろうか。それとも、この快楽すらも「美味しいおかず」の一部として処理されているのだろうか。
その歪な認識のズレが、僕のサディズムを極限まで高めていく。
何度も絶頂を迎えさせ、僕も彼女の中で果てた。
事後、彼女は乱れた服を気にすることもなく、シーツにくるまって眠ってしまった。
時計を見ると、午後十時。彼女の設定上の就寝時間なのだろうか。
僕も隣に横になる。彼女の体温を感じながら、妙な満足感に包まれていた。
「おやすみ、佐藤さん」
翌朝。
目が覚めると、隣にはまだ佐藤さんが眠っていた。
午前七時。世界がリセットされる時間を過ぎても、僕の部屋に連れ込んだこの「異物」は、消滅することも元の位置に戻ることもなく、ここに存在し続けている。
しばらくして、彼女が身じろぎし、目を覚ました。
「ん……」
彼女はむくりと起き上がると、まるで自分の部屋にいるかのような自然な動作でベッドを降りた。寝ぼけている様子はない。迷いのない足取りで、部屋の出口とは違う方向へと歩き出す。
しかし、ここは彼女の部屋ではない。
洗面所へ向かおうとしたのだろうか。彼女は数歩歩いたところで、僕の勉強机に腰を強打した。
ガタッ、と大きな音がして、机上のペン立てが倒れる。
普通なら痛みに顔を歪めたり、驚いて立ち止まったりするはずだ。だが、彼女は無表情のまま、そこに見えないドアがあるかのように、机に何度も身体を押し付け続けている。
「……」
彼女の脳内マップでは、そこは廊下へと続く動線なのだろう。しかし現実は、その進路を物理的な障害物が阻んでいる。
進もうとするプログラムと、それを拒む物理法則。
彼女はまるで壁にぶつかり続けるゲームのキャラクターのように、同じ歩行モーションをその場で繰り返した。右足を出し、机に当たり、滑り、また右足を出す。
その滑稽で、どこか不気味な光景を見ながら、僕はこみ上げてくる暗い笑いを堪えることができなかった。
「おはよう、佐藤さん。そこは壁だよ」
声をかけても、彼女は止まらない。
この狂った日常は、まだまだ僕を飽きさせそうにない。