0番出口の女子高生
ベルゼさんの「異変出口」とほぼ同じ内容。
あらすじ
ある男性は、地下鉄の駅から帰る通路を歩いていた。帰宅ラッシュの時間帯を過ぎ、人は自分しかいなかった。ちょうど前から女子高生が歩いてくる(が、男性は特に気にとめない)。出口の手前は曲がり角が2回連続しているが、男性がそこを曲がった先にはさっき通ってきた通路がある。そしてまた同じ用に前から女子高生が歩きスマホをしながら歩いてくる。その女子高生に声をかけても何も反応しない。見ているスマホの画面はそもそも電源がついておらず、黒い画面のままだ。
登場人物
私(達也)
20代後半のサラリーマン。身長175cm、中肉中背。日常の疲労が蓄積した顔をしている。グレーのスーツにネクタイを少し緩めた姿。
女子高生(美咲)
年齢は16、7歳ほど。肩にかかるくらいの黒髪ボブカット。肌は陶器のように白く、整った顔立ちだが表情は一切ない。
上は紺色のブレザーに白いブラウス、赤いリボン。下はグレーのチェック柄のプリーツスカート。丈は膝上10センチほどで、すらりとした足には黒のハイソックスを履いている。足元は茶色のローファー。
中学生(千夏)
年齢は14歳ほど。腰まで届く長い黒髪をツインテールにしている。童顔で、幼さが残る体型。
紺色のセーラー服に白い襟、胸元には赤いスカーフ。濃紺のプリーツスカートは膝丈で、白いハイソックスを履いている。足元は黒のローファー。両手には塾のテキストが入った白いトートバッグを抱えている。
本文
カツ、カツ、と革靴の音が無機質な通路に響く。
残業を終えた帰り道、時刻はすでに深夜一時を回っていた。地下鉄の改札を出て、地上へと続く地下通路を歩く。普段なら酔っ払いや終電ギリギリのサラリーマンとすれ違う時間帯だが、今日は妙に静かだった。前にも後ろにも、人の気配がない。
白いタイル張りの壁、等間隔に並んだ蛍光灯、そして床に続く点字ブロック。見慣れた景色のはずが、どこか現実味を欠いているような感覚に襲われる。疲れているのだろうか。早く家に帰って泥のように眠りたい、そう思いながら足を速めた。
通路の天井から吊り下げられた黄色い案内板には『0番出口』と書かれている。
「……0番?」
一瞬、思考が止まる。最寄りの駅に出口は1番から6番までしかないはずだ。見間違いかと思い目をこするが、何度見てもそこには『0番出口』という文字が明朝体で記されている。
その案内板の柱には、奇妙な貼り紙があった。
『異変を見逃さないこと』
『異変を見つけたら、すぐに引き返すこと』
『異変が見つからなかったら、引き返さないこと』
『8番出口から外に出ること』
誰かの悪戯だろうか。それにしては、貼り紙の質感も、案内板の作りも妙に精巧だ。薄気味悪さを感じつつも、引き返すのも億劫で、私はそのまま直進することを選んだ。
通路は緩やかなS字カーブを描いて続いている。角を曲がり、直線の通路に出る。
そこで初めて、人影を見た。
向こう側から、一人の女子高生が歩いてくる。俯き加減で、手元のスマートフォンを注視しているようだ。こんな時間に制服姿の学生がいることも珍しいが、塾帰りか何かだろうと自分を納得させる。
すれ違いざま、ふと彼女の顔を見た。綺麗に切り揃えられた黒髪のボブカット、透き通るような白い肌。人形のように整った顔立ちだが、生気のようなものが感じられない。彼女は私に目もくれず、一定のリズムで歩き去っていった。
そのまま通路を進み、再び角を曲がる。
――目の前には、さっき通ったはずの通路が広がっていた。
白いタイル、黄色い案内板、そして『0番出口』の文字。
「……は?」
背筋に冷たいものが走る。夢を見ているのか? それとも、まったく同じ構造の通路が続いているだけなのか?
混乱する頭で前を見ると、また人影が現れた。
さっきの女子高生だ。
同じ歩調、同じ俯き加減。右手にスマートフォンを持ち、画面を見つめながらこちらへ向かってくる。
デジャヴという言葉では片付けられない。これは明らかに異常だ。張り紙の言葉が脳裏をよぎる。『異変を見つけたら、すぐに引き返すこと』。
しかし、目の前の彼女が「異変」なのかどうかが分からない。私は立ち止まり、彼女が近づいてくるのを待った。
カツ、カツ、カツ。
彼女のローファーの音だけが響く。彼女は私の存在に気づいていないかのように、真っ直ぐに歩いてくる。このままではぶつかるという距離になっても、彼女は避ける素振りを見せない。
「おい、君」
たまらず声をかけた。
反応はない。
「ちょっと、危ないぞ」
手を前に出して制止を促す。彼女はようやく私の眼前で足を止めた。だが、顔を上げて私を見ることも、「すみません」と謝ることもない。ただ、歩行アニメーションが壁に引っかかったゲームキャラクターのように、わずかにその場で足踏みをするような挙動を見せた後、静止した。
異様な雰囲気だ。私は彼女の手元を覗き込んだ。
彼女が熱心に見つめていたスマートフォンの画面。
それは真っ黒だった。電源が入っていない。自分の顔が反射して映っているだけだ。
「……おい、これ」
画面はついていないぞ、と言おうとして、言葉を飲み込む。
彼女の瞳。茶色がかったその瞳は、瞬き一つしていなかった。呼吸に合わせて胸が上下する様子もない。まるで精巧に作られた蝋人形が、ただそこに置かれているかのようだった。
これが、異変か。
恐怖よりも先に、好奇心と、奇妙な高揚感が湧き上がってきた。この空間は現実ではない。そして、目の前のこの少女も、おそらく人間ではない。
周囲には誰もいない。監視カメラのようなものも見当たらない。
私は恐る恐る、彼女の肩に手を置いた。
ブレザー越しの感触は硬くも柔らかくもない、ただの布の感触だ。彼女は反応しない。振り払うことも、驚くこともない。
「聞こえてるのか?」
顔を近づけてみる。整った鼻筋、桜色の唇。化粧っ気はないが、素材そのものが美しい。だが、その瞳は虚空を見つめたまま、焦点が合っていないようだ。
私は大胆になり、彼女の頬に触れた。
冷たい。人肌の温もりが感じられない。やはり、人間ではないのか。
指先でその柔らかな頬を撫で回しても、彼女は微動だにしない。スマートフォンを握る手も、下ろされることなく固まっている。
この空間にはルールがあるらしい。異変があれば引き返す。なければ進む。
だが、今の私には戻ることも進むこともどうでもよくなっていた。
目の前に、無防備で、無抵抗な美少女がいる。それが「異変」として処理されるべき存在だとしても、今の彼女は私にとってただのオブジェクトだ。
下腹部に熱が集まるのを感じた。
この異常な状況が、逆に倫理観を麻痺させていく。彼女が人間でないなら、何をしても罪にはならないのではないか。
私は震える手で、彼女のリボンに指をかけた。するりと解ける感触。彼女は動かない。
次にブレザーのボタンを外す。一つ、二つ。彼女はマネキンのように直立したままだ。ブラウスのボタンを外し、その布地を左右に開く。
現れたのは、清楚な白いブラジャーと、その下に収まりきらないほどの豊かな膨らみだった。陶器のような白い肌が、蛍光灯の光を反射して艶めかしく光る。
「……素晴らしいな」
思わず呟き、その胸に手を這わせる。
弾力があった。作り物めいているのに、触感だけは妙に生々しい。親指で布越しに乳首をこねると、わずかに硬くなるのを感じた。生理的な反応はあるようだ。それが余計に私の興奮を煽る。
ブラジャーのホックを外す必要すら感じず、カップを強引に押し下げた。
露わになった淡いピンク色の突起。それを指で摘み、引っ張り、爪先で刺激する。
「ん……」
初めて、彼女の口から微かな音が漏れた。声というよりは、空気が漏れるような音。しかし、表情は変わらない。虚ろな瞳は依然として真っ暗なスマホ画面に向けられている。
私は路上であることも忘れ、彼女のスカートに手を伸ばした。
チェック柄のプリーツスカートを捲り上げる。黒いハイソックスと、白い太腿の対比が眩しい。パンツはブラジャーとお揃いの白一色だ。
彼女に抵抗の意思がないことを確信した私は、彼女の体を反転させ、通路の壁に手をつかせようとした。
だが、彼女は自立しようとする力が弱く、壁に寄りかかるようにして崩れそうになる。私は慌てて彼女の腰を支え、後ろから抱きすくめる体勢になった。
まるで抱き枕かダッチワイフを扱っているようだ。
「いいよな、誰も見てないし……お前も、嫌じゃないだろう?」
問いかけに答えはない。
私は彼女のスカートを腰まで捲り上げ、白いショーツを乱暴に引き下ろした。露わになった彼女の秘部は、うっすらと産毛に覆われ、未成熟な少女のそれだった。
ズボンのベルトを外し、一気に開放する。硬直した自身のペニスを取り出し、彼女の白いお尻に押し付けた。
張り詰めた空気が漂う地下通路。響くのは私の荒い息遣いだけ。
乾いたままでは入らないかもしれない。そう思ったが、亀頭を秘裂に擦りつけると、意外にも濡れていることに気づいた。これも異変の一種なのか、それとも彼女の体が私の接触に反応したのか。
ぬちゃ、という卑猥な音が静寂を破る。
「イれるぞ……」
宣言し、腰に力を込める。
きつい。肉壁が極限まで締め付けてくる。まるで拒絶しているかのようだが、その実、吸い付くような温かさで私を招き入れていた。
ズプッ、ズズズッ……。
根本まで埋め込むと、彼女の体がビクンと一度大きく跳ねた。
「あ、ぅ……」
再び漏れる微かな声。だが、彼女は逃げ出そうとも暴れようともしない。ただ、壁に手をつき、私の侵入を受け入れている。
その従順さが、私の嗜虐心をさらに昂ぶらせた。
私は彼女の腰を掴み、激しく抽送を開始した。
パン、パン、パン、と肌と肌がぶつかる音が通路に響き渡る。
「どうだ、気持ちいいか? ん?」
耳元で囁きながら、激しく腰を打ち付ける。彼女の頭が揺れ、黒髪が乱れる。それでも彼女はスマホを握りしめたままだ。その異様さが、背徳感を底上げする。
人間相手なら気遣うような乱暴なピストンも、彼女相手なら躊躇はいらない。
狭い膣内を蹂躙し、子宮口をノックするたびに、彼女の喉から「くっ」「うぅ」という苦悶とも快楽ともつかない声が漏れる。
無機質な通路で繰り広げられる情事。
彼女の中は熱く、締め付けも強い。私の理性は完全に吹き飛び、ただ欲望のままに腰を振り続けた。
彼女の白い背中に汗が滲み出る。私の手汗でお尻に指の跡がつく。
「っ、もう、いくぞ……!」
限界が近づく。私は彼女の腰をさらに強く掴み、最深部へと楔を打ち込んだ。
ドプッ、ドプッ。
熱い精液が彼女の中に吐き出される。
絶頂の余韻に浸りながら、私は彼女の背中に体重を預けた。
彼女は崩れ落ちることなく、私の重みを支えている。その強さが、やはり彼女が人間でないことを再認識させた。
息を整え、ゆっくりと抜け出す。
白濁した液が、彼女の太股を伝って垂れ落ちる。
私は服を整え、彼女の様子を見た。
スカートは捲れ上がり、下着は足首にかかったまま。精液に汚れた太腿。乱れた衣服。
しかし、彼女はゆっくりと立ち直ると、何事もなかったかのように衣服を整え始めた……わけではなかった。
彼女は、乱れた格好のまま、再び歩き出そうとしたのだ。
スカートは捲れ、パンツは脱げかけ、ブラウスははだけたまま。手には変わらず真っ黒な画面のスマホ。
カツ、カツ。
「……おい、待てよ」
その姿に、私は底知れぬ恐怖を感じた。
彼女は壊れている。完全に、壊れているのだ。
私が犯したことで何かが変わるわけでも、彼女が救われるわけでもない。彼女はただ、このループの中で永遠に「スマホを見ながら歩く女子高生」という役割を演じ続けるだけの存在なのだ。私の精液を垂れ流しながら歩くその姿は、あまりにもグロテスクで、あまりにも哀れだった。
私は後ずさりした。
引き返さなければならない。異変を見つけたのだから。
きびすを返し、来た道を戻る。
角を曲がると、そこにはまた同じ通路が広がっていた。
案内板には『0番出口』の文字。
もしや、あの行為こそが「間違った行動」だったのだろうか?
それとも、あの女子高生に執着して見送るのが遅れたからか?
前方から、また足音が聞こえる。
カツ、カツ、カツ。
角から現れたのは、さきほどの女子高生だった。
彼女は真っ黒なスマホを見つめながら、私に向かって歩いてくる。
無表情のまま。
永遠に繰り返されるループの一部として。
私は壁に背を向けて彼女をやり過ごした。
もう、彼女に構っている余裕はない。
あの行為は間違いだった。この空間から出なければ、私も取り込まれてしまう。
冷静にならなければ。真面目に、ルールに従って脱出しなければ。
脱出への挑戦
それから、私は気持ちを切り替えた。
この空間は確かに異常だが、ルールは明確だ。異変を見つければ引き返し、なければ進む。それを繰り返せば、いずれ8番出口にたどり着けるはずだ。
私は深呼吸をし、通路を注意深く観察し始めた。
1番出口。
ポスターの文字が反転している。容易い。引き返す。
次の通路では異変なし。進む。
2番出口。
蛍光灯が一本だけ点滅している。引き返す。
次は異変なし。進む。
3番出口。
ここで私は慎重になった。目に見える異変がない。床のタイル、壁の汚れ、天井の配管。すべてを精査する。
……点字ブロックの端が、ほんのわずかに欠けている。
引き返す。正解だった。次は異変なし。進む。
4番出口。
通路を歩き始めたとき、また足音が聞こえた。
向こうから誰かが歩いてくる。
今度は女子高生ではなかった。
もっと幼い。中学生くらいの少女だ。
長い黒髪をツインテールにまとめ、紺色のセーラー服を着ている。両手には白いトートバッグを抱えている。塾帰りだろうか。
彼女も俯いて歩いている。表情はなく、瞬きもしない。
また、取り込まれた人間だ。
私は彼女とすれ違う。彼女は何も反応しない。
そして私は通路を精査する。異変は……ドアの位置が左右逆になっている。
引き返す。
すれ違いざま、もう一度中学生の少女を見た。
彼女は変わらず無表情で、前を見つめたまま歩いている。
――この子も、元は普通の女の子だったんだろうな。
胸に痛みを感じたが、私にできることは何もない。
自分が脱出することで精一杯だ。
5番出口。
異変なし。進む。
6番出口。
壁に貼られた広告ポスターの色調がわずかに暗い。引き返す。
次は異変なし。進む。
7番出口。
ここまで来ると、緊張が高まる。あと一歩だ。
通路を歩くと、また誰かが向こうから歩いてきた。
女子高生だ。スマホを見ながら歩いている。
私は彼女を無視して、通路の観察に集中する。
蛍光灯、壁、床、天井……異変はない。
進む。
角を曲がる。
そこには『8番出口』の文字があった。
心臓が高鳴る。
ここを抜ければ、外に出られる。
だが、通路の途中で、私は足を止めた。
向こうから、あの中学生が歩いてくる。
白いトートバッグを抱えたツインテールの少女。
彼女は無表情で、ただ前を向いて歩いている。
――このまま、この子を置いていくのか?
ふと、そう思った。
この空間に取り込まれた彼女を、このまま放置して、自分だけ出るのか。
ルールには「一人で出なければならない」とは書かれていなかった。
連れ出すことは、禁止されていないはずだ。
私は決断した。
彼女の前に立ち、その細い体を抱きかかえるようにして持ち上げる。
彼女は抵抗しない。人形のように軽く、体温は低い。
そのまま、彼女を抱えて8番出口へと向かう。
通路を進む。異変はない。
そして、ついに――出口が見えた。
階段だ。上へと続く階段。
私は彼女を抱えたまま、一段ずつ上がっていく。
光が差し込んでくる。
まぶしい。
そして――
現実への帰還
気がつくと、私は地上に立っていた。
見慣れた駅前の広場。深夜のコンビニの明かり。時計を見ると、午前二時だった。
あの通路に入ってから、どれくらい時間が経っていたのだろう。体感では何時間も、いや何日も経っていたような気がする。
そして、私の腕の中には、中学生の少女がいた。
彼女はまだ無表情で、虚ろな目をしている。
「おい、大丈夫か?」
声をかけても反応がない。
ただ、呼吸はしている。体温も徐々に戻ってきているようだ。
私は彼女を近くのベンチに座らせた。彼女は座ったまま微動だにしない。
警察に連絡すべきだろうか。
だが、どう説明すればいい? 異変の通路で取り込まれていた少女を連れ出した、などと言えば、精神病院に送られるだけだ。
それに、彼女には身元を示すものが何もない。バッグの中を見たが、塾のテキストとペンケースだけで、名札も生徒手帳もなかった。
そこで私はスマホで検索してみた。
「地下鉄 行方不明 女子中学生」
いくつかニュース記事が出てきたが、どれも古いものか、別の地域のものだった。
顔写真と照合しても、彼女に該当する記事は見つからない。
――現実では、そもそもいなかったことになっている。
そう理解したとき、背筋が凍った。
彼女は元々この世界にいた人間だったはずだ。家族も、友達も、学校もあったはずだ。
だが、異変に取り込まれた瞬間、すべてが消えたのだ。
彼女の存在が、世界から削除された。
「……どうすればいいんだ」
私は頭を抱えた。
彼女を連れ出したはいいが、意識も自我も戻らない。記憶もない。家族はいない。
法的には存在しない人間だ。
少女は相変わらず無表情で、虚空を見つめている。
だが、その頬に一筋、涙が伝った。
「……え?」
彼女は泣いているのか?
いや、意識はない。表情も変わらない。
ただ、涙だけが流れている。
それは、彼女の魂の最後の叫びなのかもしれない。
助けを求める、無言の訴え。
私はハンカチでその涙を拭った。
「……とりあえず、俺の家に来るか」
私はそう呟いた。
この子をどうするかは、まだ決めていない。
だが、このまま放置することはできない。
取り込まれた人間を連れ出すという選択をしたのは私だ。
ならば、責任を取らなければならない。
私は彼女の手を引き、立ち上がらせた。
彼女は抵抗せず、ただ私の導くままについてくる。
人形のように。マネキンのように。
だが、確かに生きている。
私たちは深夜の街を歩き始めた。
誰もいない道を、二人で。
一人は疲れ切ったサラリーマン。
もう一人は、魂を失った少女。
これから、どうなるのだろう。
彼女の意識は戻るのだろうか。
それとも、このまま人形として生き続けるのだろうか。
答えは、まだ見えない。
ただ一つ確かなのは、私がこの選択をしたこと。
そして、その選択の重さを、これから背負っていかなければならないということだ。
8番出口は、私を現実へと解放した。
だが同時に、新たな異変を私の人生に持ち込んだのかもしれない。
――それでも、私はこの選択を後悔していなかった。
(了)
前日譚:0番出口と少女
高校二年生の結城美咲は、その日、妙に疲れていた。
テスト勉強で睡眠不足が続いていたせいだろうか。いつも使っている地下鉄の駅のホームに降り立ったとき、ふと視界が歪むような感覚があった。
改札へ向かう階段を上がり、通路に出る。
いつもなら人波に揉まれながら歩く通路だが、今日はなぜか人がまばらだった。
「あれ……? 今何時だっけ」
ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見る。時刻は午後七時。帰宅ラッシュのピークは過ぎているかもしれないが、これほど閑散としているのは不自然だ。
ふと天井を見上げた美咲は、違和感に足を止めた。
黄色い案内板の文字。
『0番出口』
0番? そんな出口、あっただろうか。
首をかしげながらも、なぜか深く考えようという気になれなかった。ただ、早く地上に出て外の空気を吸いたい、その一心で歩を進める。
S字に曲がる通路。角を曲がるたびに、まったく同じ景色が現れる。白いタイル、蛍光灯、点字ブロック。
そして、0番出口の隣にある奇妙な貼り紙。
『異変を見逃さないこと』
『異変を見つけたら、すぐに引き返すこと』
『異変が見つからなかったら、引き返さないこと』
『8番出口から外に出ること』
「何これ……ゲーム?」
美咲は苦笑いをした。最近流行りの脱出ゲームのリアルイベントか何かだろうか。
しかし、周囲にはスタッフらしき人も、他の参加者もいない。
とりあえず、ルールに従ってみることにした。
異変を探す。間違い探しの要領だ。
最初のうちは、少し楽しかった。ポスターの絵柄が微妙に違っていたり、蛍光灯が点滅していたり。そんな些細な変化を見つけては引き返し、また進む。
正解すると、案内板の数字が増える。『1番出口』『2番出口』……。
順調だった。8番まで行けば出られる。
だが、4番出口まで来たときだった。
いくら探しても、異変が見つからない。
ポスターも、蛍光灯も、床の汚れも、すべて前の通路と同じに見える。
「何もない……よね?」
自信を持って進んだ。
角を曲がる。
そこにあったのは、『0番出口』の案内板だった。
「嘘……」
最初に戻された。徒労感が重くのしかかる。
そこから、悪夢が始まった。
何度やっても、4番や5番あたりで間違えて0に戻される。異変は徐々に巧妙になり、肉眼では判別しづらいものになっていった。
タイルの目地が数ミリずれている。点字ブロックの色がわずかに薄い。ポスターの人物の表情が少しだけ暗い。
そんな些細な違いに気づけず、美咲は何度も何度も0番出口に立たされた。
足が痛い。喉が渇いた。
スマホの時間は、もう何時間も進んでいない。電波も圏外のまま、外部との連絡は一切取れない。
不安が恐怖へと変わり、やがて諦めへと変わっていく。
「もう、疲れた……」
美咲は通路の壁にもたれかかり、座り込んだ。
誰も助けに来ない。誰も通りかからない。
この空間には、自分以外の人間が存在しないかのようだった。
「……充電、切れちゃった」
唯一の心の拠り所だったスマホの画面が、プツンと消えた。
真っ暗になった画面に、疲れ切った自分の顔が映る。
その顔を見て、美咲は思った。
――私、まだここにいるのかな?
時間の感覚が消えていく。自分が誰なのか、なぜここにいるのか、それすらも曖昧になっていく。
ただ一つ、頭に残っているのは「ルール」だけ。
異変を見つけたら引き返す。なければ進む。
歩かなければ。
止まってはいけない。
美咲はふらりと立ち上がった。
思考が削ぎ落とされていく。複雑な感情や記憶が抜け落ち、単純な命令だけが残る。
歩け。前へ。
スマホを見るふりをして、下を向いて歩け。
そうすれば、不安な顔を見られずに済む。
そうすれば、誰とも目を合わせずに済む。
カツ、カツ、カツ。
ローファーの音が心地よいリズムを刻む。
何も考えなくていい。ただ歩くだけでいい。
異変? そんなものはどうでもいい。
私が異変になればいい。
ある時、向こうから誰かが歩いてきた気がした。
男性のようだった。
でも、関係ない。私はただ歩くだけ。
スマホを見る。画面は真っ黒だけど、そこには私がいる。
私はここにいる。
カツ、カツ、カツ。
すれ違う。何も起きない。
ああ、これでいいんだ。
私はこの通路の一部。背景の一部。
出口なんて、もう必要ない。
美咲の意識は、そこで途切れた。
後に残ったのは、電源の切れたスマホを見つめながら、永遠に0番出口への通路を歩き続ける、美しい抜け殻だけだった。