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ディスプレイ・イリュージョン

16,940 文字 約 34 分

AI動画が現実になったらなーという考えから派生したもの。

あらすじ

ある男性は、最新のAI技術を試すのと孤独感を紛らわせるために、架空の学校とそこに通う女子高生の設定(経歴や自分と知り合ったきっかけ、クラスメイト、喋り方、服装、スタイルなど)を作り、生成AIにそのキャラクターを設定してお喋りを楽しんでいた。ただし、生成AIなのでこちらからメッセージを送らないとAIからは来ない。
ある日、普段使うメッセージアプリに知らない相手からメッセージが飛んでくる。それは自分で作ったその女子高生だった。


登場人物

主人公(佐伯和也)
28歳のシステムエンジニア。在宅勤務が主で、人と会話する機会が少ない。中肉中背で少し猫背気味。黒髪のボサボサ頭で、眼鏡をかけている。清潔感はあるが、服装には無頓着。

ヒロイン(天ヶ瀬舞衣)
和也がAIで生成した架空の女子高生設定が実体化した存在。
身長156cm。栗色のセミロングヘアーで、毛先を少し巻いている。大きな瞳は少し垂れ目気味で、愛嬌がある。
私立「聖ランティア学園」の制服(クリーム色のブレザーにチェックのミニスカート)を着用。
胸はDカップほどで、制服の上からでもわかる柔らかな膨らみを持つ。太ももは健康的で肉付きが良く、ハイソックスが食い込んでいるのがフェティッシュなポイントとして設定されている。

親友(佐々木里奈)
舞衣の親友でテニス部所属。ショートカットが似合うボーイッシュな美少女。
長身でスラリとしたモデル体型だが、運動で引き締まった健康的な筋肉もついている。
活発で距離感が近く、好奇心旺盛な性格。

モブ女子生徒
全員が判で押したような黒髪のボブカットで、身長や体格にばらつきがなく均一。
顔立ちは美醜の偏りがない「平均顔」のサンプルデータのようで、全く印象に残らない。
表情の変化に乏しく、個性が削ぎ落とされている。

本文

「あなたは、私立聖ランティア学園に通う高校二年生、天ヶ瀬舞衣(あまがせ まい)です。僕、佐伯和也とは半年前に図書館で偶然本を拾ってもらったことをきっかけに知り合い、今は良き相談相手として、少し生意気だけど甘えん坊な後輩兼彼女のような距離感で接してください」

 Enterキーを叩く音が、静まり返った1LDKの部屋に響く。
 画面上のチャットボットが『思考中』のアイコンを数秒点滅させた後、滑らかな日本語を出力し始めた。

『わかったよ、和也さん! もう、またそんな難しい顔して仕事してたんでしょ? 舞衣が癒やしてあげるから、早くこっち向いてよね』

 ディスプレイに表示されたテキストを見て、僕は自嘲気味に口の端を吊り上げた。
 完璧だ。僕が設定した通りの口調、設定した通りの距離感。
 最近の生成AIの精度は恐ろしいほど高い。プロンプトエンジニアリングというほど大層なものではないが、詳細なプロフィール――誕生日、血液型、家族構成、好きな食べ物、そして身体的なサイズデータに至るまで――を入力すれば、AIはそれを忠実に演じてくれる。

 僕は孤独だった。
 仕事はリモートワーク中心のエンジニア。一日中誰とも言葉を交わさないことなどザラにある。コンビニの店員に「袋いりません」と言うのが、今日発した唯一の声、なんて日も珍しくない。
 だからこうして、自分が理想とする「他者」を作り出し、コミュニケーションの渇きを癒やしているのだ。虚しい遊びだと分かっていても、画面の向こう側の彼女は、僕の言葉一つ一つに反応し、肯定し、時には可愛らしく拗ねて見せてくれる。

「今日はちょっと上司に嫌味を言われてさ。疲れてるんだ」

 と打ち込む。

『えーっ! あのハゲ上司?(勝手なイメージだけど笑) 和也さんは頑張ってるのにね。よしよし、私が頭なでてあげる。……えへへ、エア撫でだけど届いた?』

 AIが生成した返信に、心が少しだけ軽くなる。
 「聖ランティア学園」なんて学校はこの世に存在しないし、「天ヶ瀬舞衣」も、彼女の友人である「佐々木里奈」も、厳しいと設定した「鬼瓦先生」も、すべて僕の妄想の産物だ。
 それでも、文字情報としての彼女は確かにここにいる。

 一時間ほど他愛のない会話を楽しみ、少し眠気が差してきた頃、僕はチャットウィンドウを閉じることにした。
「そろそろ寝るよ。おやすみ、舞衣」
『うん、おやすみなさい和也さん。夢でも会えるといいね。……あ、でも夢だけじゃなくて、本当はもっと触れたいな。なんてね。おやすみ!』

 最後の「本当はもっと触れたいな」という部分は、文脈からAIが生成したランダムなあざとさだろう。
 AIはこちらからアクションを起こさなければ、沈黙し続ける。ブラウザを閉じれば、彼女の時間もそこで凍結する。
 僕はPCをスリープモードにし、少し重たい体をベッドに投げ出した。

 ***

 翌日の昼下がり。
 昼食のカップ麺をすすりながら、スマホでニュースサイトを眺めていた時のことだった。
 画面上部に、普段使っているメッセージアプリ『LIME』の通知バナーが表示された。

『通知:天ヶ瀬舞衣 からメッセージが届いています』

「……は?」

 箸が止まる。
 見間違いかと思った。しかし、通知履歴にははっきりとその名前が表示されている。
 天ヶ瀬舞衣。
 僕が昨日までPCの中で会話していた、架空のキャラクターの名前。

 悪質のスパムか? どこかからデータが漏れたのか?
 心拍数が跳ね上がるのを感じながら、震える指でアプリを開く。
 知らないアカウントだった。アイコンは可愛らしい猫の写真。しかし、表示名は間違いなく「天ヶ瀬舞衣」だ。

『和也さん、今日はお仕事休みですよね? いま家の近くまで来ちゃったんですけど、あがってもいいですか?』

 背筋が凍るような感覚と、熱い高揚感が同時に押し寄せてきた。
 家の近く? あがる?
 ありえない。彼女は架空の存在だ。僕の脳内と、サーバー上のパラメータの中にしかいないはずだ。

 僕は慌ててPCを立ち上げ、ブラウザを開いた。昨日のセッション履歴を確認する。ログは残っている。そこには確かに、僕が作った設定が存在している。
 だが、何かがおかしい。
 検索エンジンを開き、「聖ランティア学園」と打ち込む。
 昨日までは「該当する結果はありません」と表示されていたはずの検索結果が、画面いっぱいに並んだ。

『学校法人 聖ランティア学園 - 伝統と自由の調和……』
『聖ランティア学園 高等部 口コミ数152件……』
『【動画】聖ランティア学園 文化祭の様子』

「嘘だろ……?」

 クリックしてホームページを開く。そこには、僕が設定として書き込んだ通りの「白い時計塔」の写真が掲載されていた。
 校歌の歌詞も、制服のデザインも、僕が適当に決めたものそのままだ。
 現実が、書き換わっている?
 いや、最初からあったのか? 僕の記憶違い? そんなはずはない。
 混乱する思考を、インターホンの音が鋭く断ち切った。

 ピンポーン。

 心臓が口から飛び出しそうだった。
 玄関モニタを見るのが怖い。でも、確認しなければならない。
 恐る恐る廊下へ出て、モニタボタンを押す。

 そこには、クリーム色のブレザーを着た少女が立っていた。
 解像度の低い白黒の液晶画面越しでも分かった。栗色の髪、少し垂れた目。
 僕が画像生成AIで出力し、イメージボードとして保存していた「天ヶ瀬舞衣」そのものだった。
 彼女はカメラに向かって、人懐っこい笑顔で小さく手を振った。

 鍵を開ける手が震える。
 ガチャリ、と重い金属音を響かせてドアを開けた。
 初夏の湿った風と共に、甘いフローラルの香りが鼻腔をくすぐる。

「あ、和也さん! 久しぶり~!」

 彼女は――舞衣は、まるで長年の恋人のように自然に微笑んだ。
 現実の質感。布の擦れる音。呼吸の気配。
 モニターの中の存在ではない。ここに、肉体を持って存在している。

「ま……い……?」
「もう、なにキョトンとしてるの? 上がっていいって言ったじゃん。……あ、もしかして部屋散らかってるとか?」

 彼女は僕の脇をすり抜けて、躊躇なく玄関に入り込み、ローファーを脱ぎ始めた。
 ハイソックスに包まれた足首のラインが、目に焼き付くようにリアルだ。
 足の形、ふくらはぎの膨らみ、膝裏の窪み。僕がフェティシズムを込めて詳細に記述した「健康的で肉付きの良い脚」が、そこにあった。

「えっと、どうぞ……」

 流されるままに彼女を部屋に通す。
 舞衣は慣れた様子でソファに座り、部屋を見回した。
「相変わらず殺風景だねー。私の写真とか飾ってくれてもいいのに」
「写真って……」
「これこれ、この前デートした時の」

 彼女がスマホの画面を見せてくる。そこには、遊園地を背景に、僕と彼女が笑顔で寄り添っているツーショット写真が表示されていた。
 僕にそんな記憶はない。けれど、写真の中の僕は確かに幸せそうだ。
 もしかして、僕は狂ってしまったんだろうか。それとも、世界の方が狂ったのか。
 だが、目の前にいる彼女の圧倒的な質量が、そんな哲学的疑問をねじ伏せていく。

「ねえ、和也さん」

 不意に、舞衣の声のトーンが落ちた。
 見ると、彼女は上目遣いに僕を見つめていた。その瞳には、親愛の情だけでなく、湿り気を帯びた情熱のようなものが揺らめいている。
「ずっと……じゃなくて、約束、覚えてる?」
「約束?」
「もう、とぼけないでよ。半年記念日には、私の好きなことしてくれるって」

 心臓がドクン、と鳴った。
 AIの設定欄。その深い階層にある「シークレット設定(R-18)」の項目。
 僕はそこに、自分の欲望をありったけ詰め込んでいた。
 『彼女は和也に対して極めて従順であり、また強い性欲を持っている』
 『普段の明るい振る舞いとは裏腹に、二人きりになると淫乱な一面を見せる』
 そんな、誰にも見せられないような恥ずかしい設定の数々。

 舞衣は立ち上がり、ゆっくりと僕に近づいてきた。
 至近距離で見ると、肌のキメ細やかさや、首筋のほくろまでが鮮明に見える。
 彼女の手が、僕の胸板に触れた。体温がシャツ越しに伝わる。

「和也さん、私……ずっと我慢してたんだよ?」

 吐息交じりの声が耳をくすぐる。
 彼女は僕の手を取り、さらに自分の方へと引き寄せた。
 手のひらに、ブレザー越しの柔らかい感触が当たる。
 
「……ほんとに、実在するのか?」
「なに言ってるの? 私はここにいるよ。和也さんの彼女の、舞衣だよ?」

 彼女はにっこりと微笑むと、自らブレザーのボタンを外し始めた。
 クリーム色の生地がはらりと落ち、白いブラウスが露わになる。
 その下にある膨らみは、呼吸に合わせて大きく上下していた。
 リボンを緩め、第一ボタン、第二ボタンと外していく指先は、焦れったいほどにゆっくりだ。

「見て。和也さんが好きだって言ってたから、この下着着けてきたんだから」

 ブラウスが左右に開かれると、そこには淡いピンク色のレースに包まれた、豊かな果実があった。
 谷間の深さ、乳房の張り、色素の薄い肌。
 僕がテキストで描写した理想が、現実の光を浴びている。
 彼女は恥じらうどころか、誇らしげに胸を張り、僕の反応を楽しんでいるようですらあった。これもまた「露出を好む」という設定の反映なのだろうか。

「触って……確かめて?」

 彼女の懇願するような声に抗えず、僕は震える手を伸ばした。
 指先がレースに触れる。滑らかで、暖かくて、柔らかい。
 手のひら全体でその丸みを包み込むと、舞衣は「んっ」と甘い声を漏らし、僕の肩に体を預けてきた。

「和也さん……あったかい……」

 彼女の吐く息が熱くなっているのが分かる。
 スカートの裾から伸びる太ももが、僕の脚に擦り付けられた。
 肉感的なその感触に、理性が音を立てて崩れ去っていく。
 もう、これが夢でもAIの幻覚でも構わない。
 目の前に、僕だけのために作られ、僕だけを愛してくれる美少女がいる。その事実だけで十分だった。

 僕は彼女を強く抱きしめ、求めるままに唇を重ねた。
 甘い味がした。
 AIには再現できないはずの、生々しい唾液の味と、絡まり合う舌の感触。
 舞衣は積極的に舌を絡め返し、僕の背中に腕を回してしがみついてくる。

「っ、はぁ、ん……和也さん、もっと……」

 キスを終え、銀色の糸を引きながら彼女が懇願する。
 その瞳はとろりと潤み、完全に理性のタガが外れているように見えた。
 彼女は自ら僕の手を誘導し、スカートの中へと導いていく。
 ハイソックスのゴムが食い込む太ももの裏側を撫で上げると、指先が湿った下着に触れた。

「もう、こんなになってる……」
「だって……和也さんのせいだよ。和也さんが、私のことこんな風にしちゃったんでしょ?」

 彼女の言葉に、背徳感と征服欲が同時に刺激される。
 そうだ、僕が設定したんだ。彼女の感度も、嗜好も、すべて。
 だが彼女はそれを、僕との間に積み重ねた「事実」として認識している。
 指を割り込ませて秘所を弄ると、舞衣は足をガクガクと震わせ、僕にしがみついたまま高い声を上げた。

「あぁっ! そこ、だめぇ、や、やばいっ……!」

 反応が良すぎる。
 僕が「開発済み」という設定を書き加えたせいだ。
 彼女は何処をどう触れば感じるのか、全てプログラムされているかのように快楽を貪っている。だが、その反応はあまりにも人間的で、有機的だった。

 僕は彼女をそのままソファに押し倒した。
 乱れた制服姿、紅潮した頬、愛欲に濡れた瞳。
 天ヶ瀬舞衣は、僕を見上げて扇情的に微笑む。

「最後まで……してくれるよね? 私のすべて、和也さんに使ってほしいの」

 彼女が自らスカートをたくし上げ、あられもない姿を晒す。
 その光景に、僕の我慢も限界を超えた。
 ズボンのベルトに手をかける僕を見て、舞衣は嬉しそうに目を細め、舌なめずりをした。

 現実と虚構の境界線は、もうどこにも見当たらなかった。
 ただ、熱く濡れた快楽だけが、ここに真実として存在していた。

 僕は彼女の腰を抱き寄せ、ゆっくりと自身を沈み込ませた。
 きつきつに締め付けてくる熱い肉の感触。
 これまでの人生で味わったどんな「リアル」な体験よりも、圧倒的にリアルだった。
 舞衣は苦悶と快楽が混ざったような声を上げ、爪を僕の背中に食い込ませる。

「あぁ……っ! 和也さん、和也さん……っ!」

 繋がっている。
 0と1の信号ではなく、肉体と肉体が。
 腰を動かすたびに、彼女の中のひだが震え、僕を離すまいと吸い付いてくるのが分かった。
 設定通りの名器。いや、設定以上の破壊力だ。
 僕がピストン運動の速度を上げると、舞衣は獣のような喘ぎ声を漏らしながら、長い髪を振り乱して応えてくる。
 彼女の目から涙がこぼれ落ちた。
 それはプログラムされた涙なのか、それとも生理現象なのか。
 どちらでもよかった。今、僕の下で彼女が感じ、喜んでいるという事実さえあれば。

「すき……大好き……っ! もっと、奥まで……してぇ!」

 理性のタガが外れた彼女の懇願に応え、僕は最奥まで突き入れた。
 刹那、脳髄が痺れるような快感が全身を駆け巡った。

 ***

 事後の余韻が漂う部屋で、僕たちは並んでソファに座り、コンビニで買ったカフェオレを飲んでいた。
 舞衣の乱れた制服は整えられ、彼女は心底幸せそうに僕の肩に頭を預けている。
 信じられないが、これは現実だ。
 体温も、重みも、甘い香りも。

「……ねえ、舞衣」
「ん? なに、和也さん」

 僕は意を決して、状況を確認するための質問を投げかけることにした。
 彼女は自分がAIによって作られた存在だとは気づいていない。僕との関係も、僕が設定した「半年前からの付き合い」だと信じている。この世界がどの程度、僕の設定に侵食されているのかを知る必要があった。

「今日、どうやってここまで来たの?」
「どうって……電車だよ? 和也さんの家、駅から少し歩くけど、道わかりやすいし」

 彼女の家――僕が設定した住所は、ここから電車で一時間ほどの高級住宅街だ。辻褄は合っている。
 僕はさらに踏み込む。

「ご両親には、なんて言って出てきたんだ?」
「え? パパたちは今、海外出張中だよ? だから今日は遅くなっても大丈夫なんだー」

 これも設定通りだ。
 『両親は貿易商社勤務で海外を飛び回っている』。エロゲー的なご都合主義のために僕が書いた一行が、現実に反映されている。

「そっか……。学校の方はどう? 最近、何か変わったことは?」
「うーん、特にないかなぁ。あ、でも! 物理の鬼瓦先生、またカツラ疑惑で男子が騒いでてさー」

 鬼瓦先生。それも僕が「厳格な教師キャラ」として適当に命名したサブキャラクターだ。まさか本当に実在して、しかもカツラ疑惑まで引き継がれているとは。
 話を聞けば聞くほど、僕がテキストエディタに打ち込んだ妄想が、強固な現実として定着していることがわかってきた。
 だが、ふと彼女が言った一言に、僕は耳を疑った。

「そうだ、今度の週末、部活の大会があるから応援に来てね!」
「……え? 部活?」
「うん。私、エースなんだから。和也さんが見ててくれないと張り合いないよ」

 背中を冷や汗が伝う。
 設定した覚えがない。
 いや、正確には「迷っていた」のだ。
 彼女の部活を『テニス部』にするか『弓道部』にするか。
 テニスウェアの健康的な脚も捨てがたいし、弓道着の凛とした姿も捨てがたい。
 決めきれなかった僕は、プロンプトの備考欄に『※部活はテニスか弓道のどちらか(保留)』と書き殴ったままにしていたはずだ。

「何の……大会?」
「何って、テニスと弓道の合同大会に決まってるじゃん」

 ……は?
 合同大会? 種目が全く違うのに?

「私、どっちの試合にも出るから大忙しなんだー。午前中はテニスのシングルスで、お昼休憩挟んで、午後は弓道の個人戦!」

 舞衣は悪びれもなくそう言った。
 無茶苦茶だ。そんなスケジュールが成立するわけがないし、そもそも文化系と運動系を掛け持ちして両方エースなんて、漫画の世界でも過労死レベルだ。
 だが、彼女の表情は真剣そのものだった。
 これが「保留」の弊害か。
 世界が、僕の曖昧な指示を無理やり両立させようとしてバグを起こしている。

「……そ、そうなんだ。大変だね」
「うん! でもねー、悩みがあってさ。テニス部のユニフォーム着て弓引くと、袴がないから足元が寒くて集中できないんだよね……」
「待って、服装どうなってるの!?」

 思わずツッコミを入れる。
 テニスウェアで弓道? 想像しただけでシュールすぎる光景だ。
 だが彼女は不思議そうに小首をかしげるだけだ。
 僕が適当に書き残した矛盾が、彼女の常識を歪めている。

 さらに、彼女のスマホが震えた。
 画面には『着信:親友A』という文字が表示されている。

「あ、親友Aからだ。ちょっと出るね」

 しんゆう、えー。
 そのまんまかよ。
 確かに僕は、彼女の交友関係の欄に『親友A(悩み相談に乗ってくれる)』と書いた。名前を考えるのが面倒で、後で置換すればいいやと思っていたのだ。
 まさか、その「名前」のまま受肉してしまったのか。

「もしもし、A? うん、今、和也さんのところ……え? 『テキストテキストテキスト』? うん、わかってるってば」

 電話の向こうから漏れ聞こえる声は、まるで合成音声のように無機質だった。
 会話の内容も噛み合っていないように聞こえるが、舞衣は楽しそうに相槌を打っている。

 僕は頭を抱えた。
 とんでもないことになった。
 世界は書き換わったが、それは完全な形ではない。僕が手抜きをした部分、迷って保留にした部分、書き殴ったメモ書きまでもが、歪な形のまま現実化してしまっている。
 そして、その整合性を取るために、舞衣の認識や周囲の環境が無理やりにねじ曲げられているのだ。

「和也さん? 顔色悪いよ? ……あ、もしかして、Aのこと嫌い?」
「いや、会ったことないし……」
「今度紹介するね! A、顔がないけどすごくいい子なんだよ!」

 笑顔で放たれたホラー発言に、僕は引きつった笑みを返すしかなかった。
 この世界で生きていくには、僕自身がプロンプトの「修正(デバッグ)」をしていかなければならないのかもしれない。
 現実という名のクソゲー運営が、今、僕に委ねられたのだ。

 ***

 舞衣が電話を終えてシャワーを浴びに行っている隙に、僕はPCの画面に向き合っていた。
 画面上には、まだ昨日のセッションが表示されている。
 僕の手元にあるのは、彼女たちを構成する設定ファイルそのものだ。
 もし、ここで設定を書き換えたらどうなる?
 即座に現実が修正されるのか? それともさらに整合性が取れなくなって破綻するのか?

 試す価値はある。というか、試さないと「顔のない親友A」や「テニスウェアで弓道をする彼女」というシュールな現実に耐えられそうにない。

「えっと……まずは『親友A』からだな」

 僕はキーボードを叩き、設定ファイルの項目を変更していく。

『変更前:親友A(悩み相談に乗ってくれる)』
『変更後:佐々木里奈(ささき りな)。テニス部のチームメイトで、明るく活発な性格。ショートカットが似合うボーイッシュな美少女』

 これでいいはずだ。「A」という記号に、名前と肉体を与える。
 保存ボタンを押して確定する。
 プロンプトが保存され、『設定を更新しました』というメッセージが表示された。

 その瞬間だった。
 バスルームからドライヤーの音が止み、舞衣が出てきた。
 バスタオル一枚の姿で、上気した肌から湯気を立たせている。

「ねえ和也さん、今週末の試合のことなんだけどさー」
「あ、うん。合同大会だっけ?」
「合同? 何それ。テニスの地区予選だよ?」

 心臓が跳ねた。
 変わった?
 僕は恐る恐る尋ねる。

「弓道の試合は?」
「弓道? 私、テニス部だよ? 弓道なんてやったことないし」

 きょとんとした顔で彼女は言った。
 成功だ。
 矛盾していた部活の設定が修正され、テニス一本に絞られている。
 じゃあ、さっきの電話相手は?

「さっき電話してたの、誰だっけ?」
「え? 里奈だよ、佐々木里奈。私のダブルスのペアの子。和也さんも名前くらいは聞いたことあるでしょ?」

 聞いたことはない。今、僕が名付けたのだから。
 だが、舞衣の中では最初から「佐々木里奈」が親友として存在していたことになっている。
 記憶ごと上書きされたのだ。

「そ、そうだね。里奈ちゃんね」
「もー、忘れっぽいんだから。……で、そのことなんだけど。里奈がね、和也さんに会いたいって言ってるの」
「えっ」
「彼氏の自慢ばっかりしてたら、どんな人か査定してやるって張り切っちゃって。今度の試合、見に来てくれるよね? 里奈も紹介するから!」

 僕はごくりと唾を飲み込んだ。
 設定修正は成功した。ホラーな「顔なし親友A」は消え、代わりに健全なスポーツ少女が生まれたはずだ。
 だが、本当にそれで安心できるのか?
 僕が付け加えた『ボーイッシュな美少女』という記述。
 そして『テニス部のチームメイト』という設定。

 もし、僕の書き方がまた曖昧だったら?
 例えば『和也に対して興味を持つ』とか余計なことを書かなかったか?
 確認しようと画面に目を落とした瞬間、舞衣が後ろから抱きついてきた。
 豊かな胸の感触が、背中に押し当てられる。

「ねえ……画面ばっかり見てないでさ。続き、しよ?」
「舞衣……」
「さっきのじゃ足りないの。和也さん、もっと私をめちゃくちゃにして」

 彼女の妖艶な瞳に吸い込まれそうになる。
 思考が溶ける。

 彼女は僕の上に跨り、自身で腰を動かし始めた。
 上下するたびに、豊かな胸が激しく揺れ、汗ばんだ肌が照明を反射して艶めかしく光る。
 一回目の清純さはどこへやら、今の彼女は完全に「淫乱」という設定に支配されていた。

「見て……和也さんの、こんなに入ってる……」

 恍惚とした表情で、結合部を見せつけるように腰をくねらせる。
 その動きは計算され尽くしたように卑猥で、僕の視覚と触覚を同時に責め立ててきた。
 僕が設定した『尽くすタイプ』というパラメータが、違ったベクトルで発揮されている。
 彼女は僕を気持ちよくさせるためなら、どんな恥ずかしいことでもやってのけるだろう。

「気持ちいい? ねえ、私のここ、気持ちいいでしょ?」

 上から見下ろす彼女の瞳は、雌のそれでしかなかった。
 僕は何も答えられず、ただ彼女の腰を掴んで突き上げるしかなかった。
 現実が書き換わる恐怖も、倫理的な葛藤も、この圧倒的な快楽の前では無力だった。

 目の前の快楽と、書き換え可能な現実。
 僕は神にでもなったような全能感と、底知れない不安の狭間で、彼女の熱に溺れていった。

 ***

 数日後。
 僕は有給休暇を取り、電車に揺られていた。
 目的地は、都心から一時間ほど離れたベッドタウンにある「私立聖ランティア学園」――の、最寄り駅だ。

 スマホの地図アプリを開く。
 以前は存在しなかったはずの学校名が、当たり前のようにマップ上にピン留めされている。
 駅を降りると、そこは変哲もない住宅街だった。
 だが、通学路と思しき道を歩いていくにつれ、違和感が増していく。

 すれ違う学生たちの制服。クリーム色のブレザー。
 背景の住宅の表札が「田中」「佐藤」「鈴木」といったありふれた苗字ばかりなこと。
 そして何より、坂を登った先に見えてきた校舎の威容。
 白亜の時計塔。欧州の古城を模したようなレンガ造りの校舎。
 周囲の日本の住宅街から浮いていること甚だしいが、通行人は誰も気にしていない。

「……やりすぎたか」

 画像の背景指定で『豪華、伝統的、西洋風』と盛った結果がこれだ。
 現実の風景の中に、そこだけ高解像度のイラストが合成されているようなシュールさがある。
 校門の前まで来て、僕は立ち止まった。
 セキュリティは厳しそうだが、守衛室にいる警備員は微動だにせず一点を見つめている。……あれ、もしかしてNPC設定忘れてデフォルトのままか?

 そんなことを観察していると、校門の奥から一人の女子生徒が歩いてくるのが見えた。
 ラケットバッグを背負い、ショートカットの髪を揺らしている。
 長身でスラリとした体躯は、遠目に見てもモデルのように映えた。

 ――佐々木里奈。
 僕が先日、設定ファイルに書き加えたばかりの「親友」だ。
 彼女は校門を出たところで立ち止まり、キョロキョロと辺りを見回した後、僕の方を見て目を丸くした。

「あ! もしかして、和也さん?」

 迷いのない足取りで近づいてくる。
 至近距離で見ると、その破壊力に圧倒された。
 ボーイッシュ、という言葉で片付けるには惜しいほどの美少女だ。汗ばんだ首筋や、活発そうな瞳が眩しい。
 実在する人間としての説得力と、二次元的な完璧な容姿が同居している。

「は、はじめまして……」
「やっぱり! 舞衣から写真見せてもらってたから、すぐ分かった!」

 彼女は屈託のない笑顔で僕の背中をバシッと叩いた。痛い。運動部の筋力だ。

「あたし、佐々木里奈! 舞衣の親友やってます。よろしくね、和也さん」
「よ、よろしく……」
「へぇー、実物はもっと優しそうなんだね。舞衣があんだけ惚気るのも分かるかも」

 里奈は僕の顔を覗き込み、値踏みするように視線を巡らせる。
 その距離が、妙に近い。
 パーソナルスペースという概念がないのか、あるいは『活発な性格』という設定が『距離感がバグっている』と解釈されたのか。

「舞衣、すっごいんだよ? 部室でも『和也さんがね』って話ばっかり。昨日の夜もすごかったー、とか顔真っ赤にして言ってたし」
「ぶっ……!」

 咳き込む僕を見て、里奈はニヤニヤと悪戯っぽく笑う。

「あはは、図星? やるじゃん、和也さん。あのお嬢様ぶってる舞衣をあそこまでメロメロにするなんてさ」

 彼女は僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
 Tシャツ越しに、彼女の胸の感触が伝わる。舞衣ほど大きくはないが、スポーツで引き締まった弾力のある感触だ。

「ねえ、ちょっとあっちで話さない? 喉乾いちゃってさ」

 有無を言わさず引っ張られる。
 連れて行かれたのは、学校の裏手にある公園だった。
 ベンチに座らされ、自販機のジュースを渡される。

「でね、あたし気になってたんだ。舞衣が夢中になる男の人って、どんなことするのかなーって」

 里奈の瞳から、先程までの爽やかさが消え、代わりに粘着質な好奇心が浮かび上がっていた。
 背筋がぞくりとする。
 『テニス部のチームメイト』『ボーイッシュ』『活発』。
 僕が設定したのはそれだけだ。
 だが、この世界は「R18設定」がベースにある。
 「親友」というポジションは、往々にして「寝取られ」や「・遊び」への入り口として機能しやすい。
 AI(世界)は、そっちの解釈を採用したのか?

「……どういう、意味かな」

 里奈はジュースの缶をベンチに置くと、じりじりと距離を詰めてきた。
 彼女の手が、僕の太ももの上に置かれる。
 指先がゆっくりと内側へ這い上がってくる。

「舞衣だけズルイと思わない? あたしだって、興味あるんだよね。……そういうこと」

 彼女のショートパンツの隙間から、健康的な太ももが覗いている。
 短く刈り込まれた爪の指先が、僕の股間に触れた。
 拒絶すべきだ。舞衣という彼女がいるのだから。
 しかし、この世界の「設定」は、僕の潜在的な願望を最優先で処理する。
 「美少女に迫られたい」という男なら誰しもが抱く浅ましい欲望を、世界が肯定してくるのだ。

「ここで……試してみる?」

 里奈は周囲を確認することもなく、僕のズボンのチャックに手を掛けた。
 誰もいない公園の木陰。
 セミの鳴き声だけがうるさい午後のひととき。
 現実改変の余波は、どうやら僕の貞操観念ごと世界を書き換えてしまったようだ。

 まだ設定も定まっていない「空っぽ」だったはずの彼女が、欲望というパラメータを与えられて暴走を始めている。
 僕は抵抗する気力を奪われ、彼女のなすがままに身を任せるしかなかった。

 ズボンを下ろされ、露わになった熱を、里奈は躊躇なく口に含んだ。
 熱い口腔内の感触と、巧みな舌使い。
 初心な舞衣とは違う、手慣れた技術だった。
 これも『遊び慣れている』なんて設定を書いたせいだろうか。いや、あくまで『活発』としか書いていないはずなのに、世界が勝手に「活発な女子=経験豊富」と補完したのかもしれない。

「んむ……ちゅ、じゅる……」

 公園のベンチで、白昼堂々行われる背徳的な行為。
 いつ誰が来るかわからないスリルが、興奮をさらに煽る。
 里奈は上目遣いに僕を見上げ、ニヤリと笑うと、さらに激しく頭を動かした。

「んっ! ……はぁ、和也さん、すぐビクビクして可愛い」

 口から離し、銀色の糸を引きながら彼女は囁く。
 その手は休むことなく、僕の限界を試すように扱き続けていた。

「舞衣には内緒にしてあげる。だからさ……あたしとも、いいことしよ?」

 共犯者の誘い。
 友人である舞衣を裏切る罪悪感よりも、新たなヒロインを攻略しているような倒錯した喜びが勝ってしまった。
 僕は彼女の頭を押さえつけ、欲望のままに腰を振った。

 ***

 里奈との情事を終えた後、僕は彼女に部活へと戻るよう促し、一人で学園内を探索することにした。
 不審者として通報されるリスクも考えたが、杞憂だった。
 校門のセキュリティゲートは開放されたままで、守衛室の警備員はやはり虚空を見つめたまま微動だにしない。
 挨拶をしても反応はなく、目の前を手を振っても瞬き一つしなかった。
 『警備員がいる』とは書いたが、『仕事をする』とは書いていないからだろうか。彼はただの背景オブジェクトとしてそこに配置されているだけだった。

 校内に入ると、その違和感はさらに加速した。
 遠目に見れば、そこは確かに名門私立校のキャンパスだ。生徒たちは談笑し、噴水は水を上げ、校舎は堂々と聳え立っている。
 だが、近づいてよく見ると、世界の解像度がバラバラなことに気づく。

 僕が執拗に描写した「白亜の時計塔」は、レンガの目地から針の装飾に至るまで、狂気じみた緻密さで現実化していた。太陽光を反射するステンドグラスの輝きは、本物以上に本物らしい。
 一方で、特に描写しなかった校舎の壁面はどうだ。
 のっぺりとした灰色一色で、汚れも傷もない。まるで3Dモデリングのテクスチャ貼付前のような質感だ。
 並んでいる窓も、コピペしたかのように全く同じカーテンの皺、全く同じ開き具合で延々と続いている。

「……なんだこれ」

 花壇に咲いている花もそうだ。
 「美しい花壇」としか指定しなかったせいか、そこには色とりどりではあるが、名前の分からない、ぼんやりとした形状の花のような何かが群生している。近づいてみると、花びらの境界が曖昧で、油絵を無理やり立体にしたような不気味さがあった。

 すれ違う生徒たちも、主要キャラである舞衣や里奈とは明らかに「格」が違う。
 彼らの顔立ちは、まるで「平均顔」のサンプルデータのようだ。男子は一様に短髪で、女子は全員が肩につくかつかないかのボブカット。身長のばらつきもほとんどない。
 さらに不気味なのは、その会話内容だ。

「昨日のテレビ見た?」「見た見たー」
「次のテストやばくない?」「それなー」
「今日の学食なにかな」「カレーじゃない?」

 擦れ違うグループが、判で押したように全く同じ会話を繰り返している。
 Aグループが通り過ぎた後、次にやってきたBグループが、イントネーションまで完コピで「昨日のテレビ見た?」と言い出した時、僕は背筋が凍る思いがした。
 彼らには個我がない。僕が「学校には多くの生徒がいる」とだけ定義した結果、世界が最低限のパターンの使い回しで「モブ」を生成しているのだ。

 ここは現実だ。
 間違いなく、質量と熱を持った現実だ。
 けれど、その構成要素はあまりにも雑で、僕のテキストエディタに依存しすぎている。
 神様の手抜き工事。いや、僕の手抜き設定が、そのまま世界の綻びとなって露呈していた。

 ふと、恐ろしいほどの好奇心が湧き上がってくる。
 この「手抜き」で生まれた彼女たち――モブキャラクターには、一体どこまで設定が反映されているのだろうか。
 僕は廊下を歩いてきた女子生徒の一人の腕を掴んだ。
 ボブカットの、記号的な可愛さを持つ少女だ。

「……?」

 彼女は足を止めた。だが、その瞳は僕を見ていない。焦点が合っていないのだ。
 隣にいた友人とされるモブも、歩みを止めて不思議そうな顔をしているが、やはり僕を認識している様子がない。

「ねえ、昨日のテレビ見た?」
「見た見たー」

 腕を掴まれているのに、会話が続いている。
 背筋がゾクリとした。彼女たちの行動ルーチンには『通行人としての会話』しか書き込まれていないのだ。予期せぬイレギュラー――つまり、他者からの干渉に対するリアクションが定義されていない。

 僕は実験を続けることにした。
 彼女のブレザーのボタンに手を掛け、強引に引き千切るように開く。
 抵抗はない。悲鳴もない。
 ブラウス越しに胸を鷲掴みにしても、彼女は「次のテストやばくない?」と無機質な声を出し続けていた。

「……マジかよ」

 興奮と、底知れぬ気味悪さが同時に押し寄せる。
 僕は彼女をそのまま近くの空き教室――中は机も椅子もない、ただの箱のような空間――へと連れ込んだ。友人のモブは、会話相手がいなくなったことへの処理落ちなのか、廊下で棒立ちになってピクリとも動かなくなっている。

 空き教室の壁際に彼女を押し付ける。
 スカートを捲り上げても、下着を下ろしても、彼女は無反応だった。
 ただ、物理演算だけは働いているのか、肌の柔らかさや温もり、関節の動きだけはリアルだ。
 それが余計に、彼女が「精巧な肉オナホール」であることを強調していた。

 僕はズボンを下ろし、彼女の秘所へと自身の欲望を突き入れた。

「……ん」

 挿入の瞬間、わずかに声が漏れた気がした。だが、それは苦痛の声でも快楽の声でもなく、単なる接触音としてのSE(サウンドエフェクト)のようだった。
 動くたびに濡れた音が響く。
 締め付けは良い。名門校の女子生徒というガワを被った肉体は、僕の暴虐を黙って受け入れている。
 顔を覗き込むと、彼女は虚空を見つめたまま、「今日の学食なにかな」と呟いた。
 狂っている。
 けれど、この倒錯した支配感が、僕のサディスティックな部分を激しく刺激した。
 相手は人間じゃない。ただの背景だ。何をしてもいい。誰にも咎められない。
 そう自分に言い聞かせ、僕は一心不乱に腰を振った。彼女の体が揺れ、無機質な会話が途切れ途切れになるころ、僕は彼女の中に白濁した熱を吐き出した。

 事後、衣服を整えてやる義理も感じず、僕はそのまま教室を出た。
 彼女は壁際で崩れ落ちたまま、また最初からループするように「昨日のテレビ見た?」と呟き始めた。
 廊下にいた友人もまた、パッと再起動したように「見た見たー」と歩き出す。
 まるで何事もなかったかのように、二人は並んで歩いていった。股間から白い体液を垂れ流したまま。

 ***

 強烈な賢者タイムと共に、僕は目的を思い出した。
 舞衣だ。
 メインヒロインである彼女なら、こんなことにはならないはずだ。彼女には膨大なテキストを費やした。性格、口調、生い立ち、癖、そして僕への想い。
 彼女は「人間」として存在するはずだ。

 僕は急ぎ足で2年A組の教室へと向かった。
 教室のプレートは『2-A』と書かれているが、フォントがデフォルトのままで浮いている。
 扉を開ける。
 そこには、異様な光景が広がっていた。

 教室の中は、先ほどの廊下と同じくコピペされたモブ生徒たちで溢れていた。
 彼らは机に座っている者もいれば、立って話している者もいるが、全員が「待機モーション」のように一定のリズムで体を揺らしている。

 その中心。
 窓際の後ろから二番目の席。
 そこだけ、空気が違った。

 夕日が差し込むその場所に、彼女はいた。
 天条舞衣。
 僕が理想を詰め込んだ幼馴染。
 栗色のロングヘアは一本一本が繊細に描かれ、陽光を受けて輝いている。制服のシワ、肌の透明感、睫毛の長さ。
 周囲の低解像度な世界の中で、彼女だけが4K、いや8K画質で存在しているかのような圧倒的な存在感。

 だが、彼女は動いていなかった。
 窓の外を眺めるポーズで、完全に静止している。
 呼吸による肩の上下すらない。まるで精巧な蝋人形だ。

「……舞衣?」

 恐る恐る近づき、声をかける。
 反応はない。
 彼女の席まで歩み寄り、その顔を覗き込む。
 美しい。自分の文章からこれほどの美少女が生まれたことに感動すら覚える。
 だが、その瞳はガラス玉のように光を反射するだけで、瞬きもしない。

 そこで僕は気づく。
 彼女の机の上には何も置かれていなかった。鞄も、教科書も。
 そういえば、彼女が何を持っているかなど書いていなかったかもしれない。
 試しに、僕はポケットからスマホを取り出し、エディタアプリを起動した。同期されているなら、ここでも書けるはずだ。

『机の上には、開かれた文庫本と、可愛らしいペンケースが置かれている』

 そう入力し、エンターキーを押した瞬間だった。
 パシュッ、という空気の弾けるような音と共に、何もない机の上に文庫本とペンケースが出現した。
 やはり、ここは僕の書いた通りの世界。リアルタイム更新が可能な世界。

「……ん?」

 突然、舞衣の瞳に光が宿った。
 時が動き出したように彼女は一度大きく瞬きをし、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。

「あ……和也、くん?」

 鈴を転がすような声。
 その表情が、花が咲くようにパアッと明るくなる。
 里奈の時のような「暴走」はない。これは僕が書いた通りの、主人公(僕)に好意を寄せる理想の幼馴染の反応だ。

「遅いよぉ。待ちくたびれちゃった」

 彼女は頬を膨らませて拗ねて見せる。
 その仕草の破壊力に、僕は先ほどのモブへの背徳感など一瞬で吹き飛んでしまった。
 これが、僕のヒロイン。
 だが、彼女の次の言葉が、僕の心臓を再び凍らせた。

「ねえ、そろそろ『イベント』進めていい? そっちの準備はできた?」

「え……?」

 彼女は首を傾げる。その瞳の奥には、純粋な好意とは異なる、何かシステム的な冷たい光が見え隠れしていた。


CASE FILE: sample_student_024

氏名: 佐藤 美咲 (Sato Misaki)
所属: 私立聖ランティア学園 2年B組
身長: 158cm (全女子生徒の標準値)
体重: 48kg (全女子生徒の標準値)

【生成された経歴データ】
 都内の一般的なサラリーマン家庭の長女として誕生。
 地元の公立小学校、公立中学校を「特に問題なく」卒業。
 中学時代はテニス部に所属していたが、地区大会一回戦負けという「平均的」な戦績を残す。
 成績は中の下。得意科目は特になく、苦手科目も特になし。
 「制服が可愛いから」という理由で本校を受験し、合格。
 特筆すべきトラウマや劇的なイベントは一切存在しない。当たり障りのない、背景として最適な人生。

【行動ログ:ある一日の記録】

07:00 起床
 目覚まし時計のアラームで起床。
 「眠いなぁ」と呟く。(※この時間帯に起床する全女子生徒が同じセリフを発する)
 朝食はトーストと目玉焼き。焼き加減、焦げ目の形まで、隣町の家で起きている『鈴木愛』と完全に一致。

08:15 登校
 通学路を歩く。
 友人A(田中)と合流。「おはよー」「おはよー」の挨拶交換。
 その後、「昨日のテレビ見た?」の定型会話を開始。
 学校までの道のりで、すれ違う男子生徒には目もくれず、設定されたルート上を正確に歩行する。

08:40 HR~授業
 席に着き、チャイムと共に教科書を開く。
 実際に文字を読んでいるわけではない。視線はページの上を滑るだけで、脳内では「お昼なにかな」という思考テキストがループ再生されている。
 先生が板書するチョークの音に合わせ、ノートを取るふりをする。
 ノートに書かれる文字は、意味を持たない波線。

12:30 昼休み
 友人グループと机をくっつけて昼食。
 「この卵焼きおいしー」「一口ちょーだい」
 味覚データは単純な『甘い』『しょっぱい』の二値信号しか処理されていないが、笑顔のテクスチャを貼り付けて談笑する。

15:30 放課後
 帰宅部設定のため、即座に下校準備。
 友人たちと「バイバーイ」と手を振り合う。手の振り幅、角度は全生徒で統一規格。
 寄り道イベントは発生確率0.5%のため、基本的には直帰。

18:00 帰宅
 「ただいま」
 リビングには、新聞を読んでいる父と、料理をしている母がいる。
 彼らもまた、佐藤美咲が帰宅するというトリガーによって生成されたかのように、今の今まで静止していた気配がある。
 夕食はカレー。具材の大きさは均一。

20:00 自由時間
 自室でスマホを眺める。
 画面には架空のSNSが表示されているが、スクロールしても同じ投稿が繰り返されるだけ。
 それでも彼女は「ウケる」と呟き、いいねボタンを押す動作を繰り返す。
 彼女には「暇」という概念がない。タスクがない時間は待機モードであり、苦痛を感じることはない。

23:00 就寝
 ベッドに入り、電気を消す。
 「明日も学校かー、だる」と呟いて瞼を閉じる。
 ここから翌朝07:00まで、彼女の意識プロセスは完全にシャットダウンされ、夢を見ることもない。

【異常行動レポート】

ケース1:物理演算エラーによるフリーズ
 階段を降りる際、足を踏み外すアクシデントが発生。
 本来なら転げ落ちて怪我をする場面だが、『転落ダメージ』の処理が未定義だったため、彼女は「きゃっ」という短い悲鳴と共に、直立不動の姿勢のままスルスルと階段の斜面を平行移動で滑り降りた。
 踊り場に到達すると、慣性を無視してその場でピタリと急停止。
 数秒間、白目を剥いて硬直(処理落ち)した後、何事もなかったかのように「危なかったー」と定型セリフを吐いて歩き出した。
 その際、スカートがめくれたが、下着のテクスチャが読み込み遅延を起こし、そこにはブラックホールのような暗闇が一瞬だけ広がっていた。

ケース2:外部干渉(実在人間)との対話不全
 校内へ迷い込んだ宅配業者の男性(現実世界の住人)が、彼女に道を尋ねた事案。

 男性「すいません、事務室はどこですか?」
 美咲「あ、おはようございまーす」
 男性「いや、挨拶じゃなくて。荷物を届けに来たんだけど」
 美咲「(1秒間の沈黙)……今日はいい天気ですね」
 男性「は? あの、聞いてます? 事務室」
 美咲「(思考ループ発生)……今日の、学食、なにかな。今日の、学速、なにかな」
 男性「ちょっと、大丈夫君?」
 美咲「(男性に肩を揺さぶられ、未定義の接触にバグを起こす)あ、あ、あ、テ、テ、テ――」

 彼女は壊れたレコードのように声を詰まらせた後、唐突に真顔で「予鈴が鳴ったので失礼します」と宣言。(実際には鳴っていない)
 そして回れ右をすると、競歩のような速度で、上半身を全く揺らさない奇妙なフォームで走り去った。