睡眠学習の副作用
SoraのTSFアニメで外国人になっちゃうのを見た結果。
あらすじ
ある男性は、英語学習教材に付いてきた寝ながら聞くだけで英語が身につく音声を聞きながら寝る。男性が寝ている最中、だんだん男性の体が変化していき、金髪の外国人の少女の身体になる。英語は喋れるようになったが、逆に日本語がカタコトでしか喋れない。
本文
都内の商社に勤める佐藤健一は、長年の悩みであった英語力の欠如に頭を抱えていた。昇進のためにはTOEICのスコアが必須だが、どれだけ単語帳と睨めっこしても、英会話教室に通っても、一向に上達しない。そんなある日、ふと立ち寄った怪しげな古書店で、埃を被った一枚のCDを見つけた。「寝ながら聞くだけ! 奇跡の英語習得プログラム」と手書きのポップが貼られたその商品は、藁にもすがる思いの健一にとって、まさに救世主のように思えた。
帰宅した健一は、夕食もそこそこに寝室へと向かった。CDプレイヤーにディスクをセットし、ヘッドホンを装着する。再生ボタンを押すと、ノイズ混じりの奇妙な音楽と共に、低く滑らかな女性の声が流れ始めた。
『リラックスしてください……あなたの深層意識に語りかけ、言語野を再構築します……』
それは英語ではなかったが、どこの国の言葉ともつかない不思議な響きを持っていた。しかし、その声を聞いていると、泥のような眠気が健一を襲い、意識は急速に闇へと沈んでいった。
異変が起きたのは、深夜のことだった。
健一の身体が、内側から燃え上がるような熱に包まれた。意識は眠りの中にありながらも、身体の感覚だけが鋭敏になり、奇妙な疼きを感じていた。
骨格がきしむ音が、脳内に直接響く。男として発達した広い肩幅が、メリメリと音を立てて内側へと縮んでいく。ゴツゴツとした関節が滑らかに削ぎ落とされ、硬い筋肉が溶けるように柔らかな脂肪へと置き換わっていく。
「あ……うぅ……」
眠っているはずの喉から、甘く高い吐息が漏れた。
股間にあった男の象徴が、熱を帯びながら急速に縮小していく。存在を主張していた熱い塊は、体内に吸収されるように消滅し、代わりに滑らかな裂け目が形成されていく。そこは濡れた粘膜となり、新たな快感の入り口として敏感に脈打ち始めた。
同時に、平坦だった胸板が激しく隆起を始めた。乳腺が急速に発達し、柔らかなふくらみが天を突くように盛り上がってくる。先端の乳首は桜色に染まり、敏感に擦れ合って硬直する。皮膚は日焼けした男性の肌色から、透き通るような白磁の肌へと漂白され、産毛の一本一本までが抜け落ちてツルツルの肌触りへと変わっていった。
剛毛だった黒髪は、根元から黄金色に輝く色素を帯び、絹糸のように細くしなやかに伸びていく。枕に広がる髪は、またたく間に腰まで届く長いブロンドヘアへと変貌を遂げた。
顔の骨格も変化する。彫りの深い、しかし可憐な造形へ。鼻梁は高く細くなり、顎は尖り、瞳の色すらも色素が抜けて鮮やかな碧眼へと作り変えられていく。
全身を駆け巡る快感と変質の衝撃に、健一の意識は再び深い闇へと落ちていった。
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む日差しに、健一は目を覚ました。
「ん……」
漏れた声の高さに違和感を覚える。喉が渇いているような、それでいて妙に軽い感覚。重い体を起こそうとして、彼は自分の視界に入ったものに息を呑んだ。
布団から出た腕が、白く細い。爪先はピンク色に染まり、ほっそりとした指先は繊細そのものだ。
「What…? What is happening to me?」
口から飛び出したのは、自分でも驚くほど流暢な英語だった。発音、イントネーション、どれをとってもネイティブそのもの。思考すらも英語で構築されていることに気づく。
慌てて洗面所の鏡の前に駆け込んだ。そこに映っていたのは、見知らぬ美少女だった。透き通るような白肌、豊かに波打つブロンドの髪、そして大きな碧い瞳。どこからどう見ても、十代半ばの西洋人の少女だ。
パジャマのボタンが弾け飛んでいた。男物のパジャマでは収まりきらないほどに豊満になった胸が、露わになっている。
「Oh my God! It’s unbelievable! This is… me?」
鏡の中の少女が、信じられないという表情で頬に触れる。その仕草すらも、どこか洗練された洋画のヒロインのようだった。
健一は焦った。会社に行かなければならない。この姿では説明がつかない。日本語で状況を確認しようとする。
「あ、あの……た、たひぇん……わたし、かわ、っ……」
言葉が出てこない。
日本語を話そうとすると、舌がもつれ、脳が拒絶反応を起こすかのようだ。「大変だ、私が変わってしまった」と言いたかったのに、口から出るのは意味を成さない音の羅列と、片言の単語のみ。
「ワタシ……コ、コレ……チガ……」
鏡の中の美少女が、困惑に眉を寄せる。その表情はとてつもなく魅力的で、そして絶望的だった。
英語学習は見事に成功した。しかし、その代償として佐藤健一という日本人としてのアイデンティティは、肉体と共に消滅してしまったのだ。
彼女は鏡の前で立ち尽くし、自分の豊満な胸と、股間の滑らかな割れ目を呆然と触りながら、流暢な英語で嘆き続けるしかなかった。
とにかく会社に連絡しなければ。健一は震える手で枕元のスマートフォンを手に取った。
画面ロックを解除すると、並んでいる日本語のアプリ名が、まるで異国の象形文字のように見えた。意味はなんとなく分かるが、それを言語として処理する回路が焼き切れているような感覚だ。
メールアプリを開き、上司への連絡文を作成しようとキーボードに向かう。
「体調不良のため……」
打とうとするが、指が動かない。ローマ字入力で「taichou」と打とうとしても、脳内で「t-a-i…」と綴る概念が、日本語と結びつかないのだ。ひらがなの配列を見ても、それが何を表す音なのか、瞬時に判断できない。
「Damn it! I can’t even write in Japanese!」
彼女は苛立ち紛れに舌打ちをすると、キーボード設定を英語入力に切り替えた。
今度は、水を得た魚のように指が滑らかに動いた。思考と指先が直結したかのような快感すらある。
『Dear Mr. Tanaka, I am writing to inform you that I will be unable to attend work today due to sudden illness. I apologize for the inconvenience. Best regards, Kenichi Sato.』
完璧なビジネスメールだ。しかし、このまま送れば上司は「佐藤は気が狂ったのか?」と思うだろう。ただでさえ英語が苦手で有名だったのだから。
彼女はため息をつきながら、その英語の文章を全選択してコピーし、翻訳アプリを立ち上げた。
ペーストして、翻訳ボタンをタップする。
『田中様、急な体調不良のため、本日は欠勤させていただきます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。佐藤健一』
画面に表示された日本語を見て、彼女は安堵した。自分が書きたかったのはこれだ。読み上げることは辛うじてできるが、これを自分でゼロから構築することは、今の彼女には不可能に思えた。
翻訳された日本語をコピーし、メール本文に貼り付けて送信ボタンを押す。
「Phew… What a nightmare.」
ベッドに投げ出されたスマホを見つめながら、彼女は深いため息をついた。日本人としての社会生活を送るために、自分の母国語(だったはずの言語)をわざわざ翻訳ツールに通さなければならないなんて。
彼女は改めて、自分の置かれた状況を把握しようと、部屋の中を見回した。
机の上には、あの忌まわしいCDケースが置かれている。「寝ながら聞くだけ! 奇跡の英語習得プログラム」。
彼女はふらつく足取りで机に近づき、そのパッケージを手に取った。文字は日本語だが、不思議とそこから意味以前の「胡散臭さ」を感じ取ることはできた。
「This definitely did something to me.」
彼女は自分の身体を見下ろした。Tシャツの裾からはみ出した白くなめらかな太股。鏡に映る金髪の美少女。そして、口から出る流暢すぎる英語。
状況は絶望的だが、皮肉にも彼女――いや彼は、かつてないほど「英語」を理解していた。理解しすぎて、それ以外の言語を受け付けないほどに。
どれほどの変化が起きているのか。彼女は確かめずにはいられなかった。
本棚の隅に、埃を被ったペーパーバックがある。かつて「英語をマスターするぞ」と意気込んで買ったものの、最初の数ページで挫折した『The Great Gatsby』だ。
彼女は震える手でその本を取り出し、適当なページを開いた。以前なら、辞書を片手に一行一行解読しなければならなかった文章が、目に飛び込んできた瞬間に「意味」として脳みそに染み渡っていく。
『I believe that on the first night I went to Gatsby’s house I was one of the few guests who had actually been invited.』
文字を追うのではなく、情景が直接浮かぶ。ギャツビーの家のパーティーの喧騒、夏の夜の湿度、語り手の心情。翻訳というプロセスを一切介さず、英語がそのまま心に響く。
「Beautiful… incredibly beautiful logic and rhetoric.」
彼女は感嘆の声を漏らした。かつては難解な記号の羅列でしかなかった文字列が、今は美しい旋律のように感じられる。一冊読み終えるのに数ヶ月かかると思っていた本が、今なら数時間で読破できる確信があった。
では、日本語は?
彼女は恐る恐るテレビのリモコンを手に取り、電源を入れた。
画面に映し出されたのは、朝のニュース番組だ。見慣れた日本人キャスターが、真面目な顔で何かを喋っている。
『&%$#… @+*!… tokyo… #$%&…』
耳を疑った。音が速すぎる。そして、単語の区切りが分からない。
かつては母国語として無意識に処理していた情報の奔流が、今はただのノイズにしか聞こえない。辛うじて「Tokyo」などの固有名詞は聞き取れるが、それがどういう文脈で語られているのか全く理解できないのだ。
「No… This can’t be…」
彼女は愕然としてテレビを消し、今度はテーブルの上に置きっぱなしだった昨日の新聞を広げた。
黒いインクの染みが、紙面を埋め尽くしている。
漢字。それは彼女にとって、現代アートのように複雑で抽象的な図形にしか見えなかった。「日」や「木」といった単純な形状からオリジナルの意味を推測することは辛うじてできるが、「議」や「鬱」といった画数の多い文字に至っては、もはや視覚的な暴力でしかない。
ひらがなも同様だ。うねうねとした曲線が並んでいるだけで、音を想起させない。
「I can’t read… I literally can’t read anything.」
彼女はその場に崩れ落ちた。
英語という翼を手に入れた代償に、彼女は日本という大地に立つための足を失ってしまったのだ。
金髪の少女は、読めなくなった新聞紙の上で、白く柔らかな膝を抱えて小さく震えた。
震えが収まると、現実的な問題が浮上した。着る服がないのだ。
クローゼットにかかっているのは、健一が着ていたビジネススーツや、休日に着る少し大きめのカジュアルウェアばかり。今の華奢な少女の体には、全てが巨大な布の塊でしかない。それに、下着の問題もある。股間にフィットしない男性用のボクサーパンツは、スースーして落ち着かないし、何より今の身体にはあまりにも不釣り合いだった。
外に買いに行こうにも、この姿で男物のダボダボな服を着て出歩けば、家出少女か不審者として通報されるのがオチだ。
「I need to buy clothes… online.」
パソコンを開き、大手通販サイトにアクセスする。
しかし、そこでもまた言語の壁が立ちはだかった。商品名、サイズ表記、決済画面。全てが解読不能な記号の羅列だ。かつては毎日のように見ていたサイトのUIが、今はエイリアンのデータベースに侵入したかのような疎外感を与えてくる。
彼女はブラウザの翻訳機能をオンにした。画面が一瞬明滅し、馴染みのある(今や唯一の頼りである)英語に変換される。
『Women’s Fashion』『Lingerie』『Dresses』
「Sizes… S? XS?」
自分のスリーサイズなど知るよしもないが、鏡で見る限り、ウエストは折れそうに細い。しかし胸だけは自己主張が激しい。悩みながらも、可愛らしいフリルのついたブラジャーやショーツ、外出用のワンピースやカーディガンをカートに放り込んでいく。
クリック一つで購入完了。便利な世の中だが、商品が届くのは早くても明日だ。
それまで、自分はこの部屋に監禁状態となる。
「Nothing to do…」
やることがない。テレビも見れない、本も読めない。スマホのゲームも日本語ばかりでルールが理解できない。
彼女は視線を机の上に向けた。そこには、かつて英語学習のために用意していたノートとペンがある。
皮肉な話だ。英語を覚えるために買ったノートを、今は別の目的で使おうとしている。
彼女は椅子に座り、真っ白なページを開いた。
そして、ペンを握りしめ、震える手で一文字目を書き始めた。
『あ』
線が歪む。バランスが悪い。まるで幼児が初めて字を覚える時のようだ。
「A… a…」
発音しながら、何度も何度も書き殴る。
かつては無意識に書けていた文字。それが今は、形を覚えるだけでも一苦労な難解な図形になっている。曲線の角度、書き順、全てが記憶から抜け落ちている。
「い、う、え、お……」
途方もない作業に、涙が滲む。
英語を完璧にマスターするために、自分は日本人としての「全て」を捧げてしまったのだろうか。
静まり返った部屋に、ペン先が紙を擦る音と、たどたどしい発音練習の声だけが、虚しく響き続けた。
一時間ほど格闘しただろうか。彼女はペンを投げ出し、椅子に深く背中を預けた。
脳が沸騰しそうだ。休憩が必要だった。
ふと、胸元の窮屈さが気になった。男物のTシャツはサイズこそ大きいものの、布地と乳首が擦れる感覚が、先ほどからずっと微弱な電流のような刺激を送ってきていたのだ。
彼女は立ち上がり、姿見の前でTシャツを脱ぎ捨てた。
露わになった上半身は、芸術品のように完成されていた。豊かな膨らみを持つ二つの果実は、重力に逆らって上向きに張り出している。白くなめらかな皮膚の下には、青い静脈が薄っすらと透けて見えた。
そっと手で包み込んでみる。
「So soft…」
マシュマロよりも柔らかく、水風船のようにたわむ。指先で少し力を込めると、指の跡が残るほどの弾力だ。
先端の桜色の突起をつまんでみた。
「Haa…n…」
予期せぬ甘い声が漏れた。背筋がゾクゾクと震え、下腹の奥が熱くなる。男だった頃には決して味わえなかった、脳髄を直接撫でられるような感覚。
彼女は、さらにその下の変化も確認せずにはいられなかった。
男物のブカブカなトランクスを下ろす。
そこには、かつてあったはずの突起物は影も形もなく、つるりと滑らかな丘と、その奥に秘められた愛らしい割れ目だけが存在していた。体毛は一本もなく、まるで生まれたての赤ん坊のように無防備だ。
鏡に近づき、自身の股間を映す。
ピンク色の花弁のような小陰唇が、湿り気を帯びて微かに開いている。その上にあるクリトリスは、先ほどの胸への刺激ですでに硬く勃起し、露になっていた。
指先で、恐る恐る割れ目をなぞる。
粘液が指に絡みつく。ぬちゃりと卑猥な音がした。
「Is this really… mine?」
中指を少しだけ、入り口に押し込んでみる。狭く、熱く、吸い付くような締め付け。異物が侵入したことへの拒絶と、それを歓迎するかのような強烈な快感が同時に襲ってきた。
「Ahn…!」
膝から力が抜け、その場にへたり込む。
認めるしかなかった。精神はまだ混乱しているが、肉体はすでに完全に、そして極めて感度の高い「雌」として完成してしまっているのだと。
さらに数日が経過した。通販で届いた服(サイズ選びに失敗して少し胸が苦しいワンピース)を身に纏い、彼女はひたすら日本語の再習得に励んだ。
「ワタシハ……サトウ、ケンイチ……デス」
鏡に向かって繰り返すが、その発音は明らかにネイティブの日本人のそれではない。どう聞いても、日本語を学び始めたばかりの外国人のイントネーションだ。舌の使い方が、完全に英語仕様に固定されてしまっているのだ。
それでも、「オ腹、スイタ」「トイレ、ドコ」といった生存に必要な最低限のフレーズは、なんとか口にできるようになった。
しかし、限界だった。
コンビニに行くことすら怖い。店員の言葉が聞き取れず、レジ前でパニックになる自分の姿が容易に想像できるからだ。食料も尽きかけ、何より孤独が精神を蝕んでいた。
「I can’t take this anymore… I need help.」
一人で抱え込むのは無理だ。誰かの助けが必要だ。
彼女は、大学時代からの親友である山本に連絡することにした。彼なら、この荒唐無稽な話を信じてくれるかもしれない――いや、信じさせるしかない。
翻訳アプリを駆使して、なんとかメッセージを作成する。
『緊急事態。すぐに家に来てくれ。鍵は開けておく』
送信から一時間後。玄関のチャイムが鳴り、ドカドカと足音が近づいてきた。
「おい佐藤! 生きてるか! 会社休んでるって聞いたぞ!」
リビングのドアが乱暴に開かれた。
そこに入ってきた山本は、部屋の中央に座る金髪の少女を見て、石のように固まった。
「……え? 誰?」
彼女はおずおずと立ち上がった。身長差が歴然としている。かつては見下ろしていた友人の顔を、今は見上げなければならない。
「ヤマ……モト……」
名前を呼ぼうとしたが、酷く巻き舌になってしまった。山本が不審そうに後ずさる。
やはり、直接話すのは無理だ。彼女は諦めて、用意していたスマートフォンを突き出した。画面には翻訳アプリが表示されている。
「Please, listen to this application. It’s me, Kenichi.」
彼女がマイクに向かって早口の英語でまくし立てると、アプリが少しのタイムラグを置いて、無機質な合成音声で翻訳を再生した。
『聞いてくれ、山本。私は佐藤健一だ』
「はあ? 何言ってんだお嬢ちゃん。アプリ使って……何の冗談だ?」
山本が困惑と苛立ちを滲ませる。当然の反応だ。
彼女は必死な形相で、再びスマホに英語を吹き込んだ。
「Don’t you recognize me? We went to drink at Torikizoku last week! You complained about your hairline receding!」
『俺のことが分からないか? 先週も鳥貴族で飲んだだろ! お前、生え際が後退してるのを気にしてただろ!』
「ぶっ……!?」
山本の顔が赤くなった。それは彼しか知らない、そして佐藤健一にしか話していない秘密の悩みだった。
「おい……マジか? お前本当に佐藤なのか? その姿はなんだよ!」
「It’s a long story…」
『話せば長くなるんだ』
目の前にいるのに、機械を通さなければ会話が成立しない。そのもどかしさに唇を噛み締めながら、彼女は唯一の理解者に向けて、この悪夢のような数日間の出来事を語り始めた。
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翌朝。
カーテンの隙間から差し込む日差しに、健一は目を覚ました。
「…Nn…」
無意識に漏れた寝息が、甘く高い。
重い瞼を開けると、視界の端に金色の糸のようなものがチラついた。自分の髪だ。
跳ね起きて鏡を見る。そこには、透き通るような白肌と碧眼を持つ、絶世の美少女が映っていた。
「What the hell!?」
叫び声は流暢な英語だった。思考も英語で埋め尽くされている。
パニックになりかけたその時、スマホのアラームが鳴った。出社の時間だ。
混乱する頭のまま、彼はクローゼットを開けた。そこには、なぜか今の体型にピッタリと合う、レディースのオフィスカジュアル服がずらりと並んでいた。
「Wait… whose clothes are these?」
疑問は尽きないが、会社に行かなければ遅刻する。長年の社畜根性が、非常事態においても彼を突き動かした。彼は震える手でブラウスに袖を通し、タイトスカートを履いた。
満員電車の中で、彼は周囲の視線を感じていた。
金髪碧眼の美少女が、疲れた顔のサラリーマンたちに混じって吊り革を握っているのだ。目立たないわけがない。
しかし、誰も不審がってはいない。「外国人労働者かな?」程度の好奇の視線だ。
オフィスに到着し、タイムカードを切る。
「Good morning, everyone.」
挨拶は英語になってしまった。日本語で「おはようございます」と言おうとしたが、喉がロックされたように音が出なかったのだ。
フロアが一瞬静まり返る……かと思ったが、反応は予想外だった。
「おう、佐藤。おはよう」
課長がコーヒーを片手に、何食わぬ顔で返事をした。
隣の席の同僚、田中もパソコンから目を離さずに声をかけてくる。
「おはよう佐藤さん。今日のプレゼン資料、できてる?」
「Huh? You… you don’t find anything strange about me?」
思わず英語で問い返すが、田中はきょとんとした顔をするだけだ。
「またまた、佐藤さんは帰国子女だからって英語でマウント取らないでくださいよ。日本語でいいですから」
「I CAN’T speak Japanese! And look at me! I’m a girl!」
必死に訴えるが、田中は苦笑いをして肩をすくめた。
「はいはい、今日の佐藤さんは機嫌が悪いですね。まあ、仕事さえしてくれれば何語でもいいですけど」
誰も気にしない。
彼が――いや彼女が、金髪碧眼の美少女であることも、英語しか話せないことも。あたかも「佐藤健一はずっとこういう人間(?)だった」という前提で世界が回っている。
彼女は自分のデスクに座り、呆然とディスプレイを見つめた。
そこに映る自分の顔は、間違いなく美少女だ。しかし、社員証の名前は「Kenichi Sato」。
世界が改変されたのか、あるいは自分の認識だけが狂ってしまったのか。
一つだけ確かなのは、英語しか話せない美少女社員としての、奇妙で倒錯した日常が始まってしまったということだけだった。
「Oh my God…」
彼女の嘆きは、オフィスの電話の呼び出し音にかき消された。
長い一日だった。
言葉が通じない(正確には、相手は日本語で話しかけてくるが、こちらは英語しか返せない)ストレスと、慣れないハイヒールでの移動。そして何より、「自分は本当は男なのに」という認識と外部からの扱いのギャップ。
心身ともに疲れ果てて、健一――彼女は帰路についた。
電車の窓に映る姿は、やはりどう見ても映画に出てくるような美少女だ。周囲のサラリーマンがチラチラと視線を送ってくるのが分かる。「可愛いな」「どこの国の子だろう」という好意的な、あるいは性的な視線。かつては自分が送る側だった視線を、今は一身に浴びている。
逃げるように自宅アパートに帰り着き、鍵を開ける。
「I’m home… to my strange home.」
誰もいない部屋で、英語の呟きが虚しく響く。
彼女には確かめるべきことがあった。
会社の人々の反応を見る限り、歴史そのものが改変されている可能性が高い。ならば、証拠があるはずだ。
彼女は押し入れの奥から、卒業アルバムや書類が入った段ボール箱を引っ張り出した。
震える手で、小学校の卒業アルバムを開く。
「Please, let there be a normal boy…」
祈るようにページをめくる。クラス集合写真。
そこに、「佐藤健一」の名前と共に写っていたのは――
ランドセルを背負い、ブカブカの制服を着た、金髪碧眼の少女だった。
「No way…」
今度は高校のアルバムを開く。やはり、黒髪の男子生徒たちの中に、一人だけ目立つ金髪の女子生徒が混ざっている。学ランではなく、セーラー服を着て。
大学のサークル写真、免許証、パスポート。
全てが書き換わっていた。
写真の中の彼女は、友人たちと笑顔でピースサインをし、テニスラケットを振り、居酒屋でジョッキを掲げている。その傍らには、今日オフィスで会った田中や、親友の山本も写っている。彼らは皆、当たり前のように「金髪の少女」と肩を組んでいた。
佐藤健一という男性は、この世界のどこにも存在しなかった。
最初から、彼は「彼女」だったのだ。
「My memories… are they fake? Or is this world fake?」
彼女はペタリと床に座り込んだ。
自分の脳内にある「男として生きてきた記憶」だけが、この世界における唯一の異物だった。
英語しか話せないことへの違和感も、女性の体に対する羞恥心も、誰も共有してはくれない。
写真の中の笑顔の少女は、「何を悩んでいるの?」とでも言いたげに、今の彼女を見つめ返していた。
物理的な証拠がダメなら、デジタルデータはどうだ。
彼女は藁にもすがる思いでパソコンを立ち上げ、大学時代のフォルダを漁った。
『Graduation Thesis_Final.docx』
ファイル名が英語なのは当時はカッコつけていただけかもしれない。しかし、開いた中身は絶望的だった。
膨大な量の英文。しかも、自分が苦労して翻訳ソフトを使いながら書いたような稚拙な英語ではない。アカデミックで、高尚で、ネイティブすら唸らせるような完璧な論文がそこにあった。
「I wrote this…? Impossible.」
震える手でブラウザを開き、SNSのアカウントにアクセスする。
数年前の自分の投稿。
『Just had a drink with Yamamoto! He’s drunk as always. #Izakaya #FridayNight』
『So tired from work. Need some sleep.』
全て英語だ。友人たちからのリプライも、彼女に合わせて英語で書かれているか、あるいは彼女が英語で返信しても自然に会話が成立している。
深夜のテンションで書いた恥ずかしいポエムも、愚痴も、日常の些細な呟きも。佐藤健一の精神活動の全てが、英語という言語によって上書き保存されていた。
ここには、日本語を話す「佐藤健一」の居場所は1バイトたりとも残されていないのだ。
彼女はパタンとノートパソコンを閉じた。
暗転した画面に、力なく笑う美少女の顔が映る。
認めるしかない。
元の世界に戻る方法も分からないし、戻るべき「元の世界」がそもそも存在したのかさえ怪しい。
だとしたら、やるべきことは一つだ。
彼女は本棚から、「外国人のための日本語ドリル」を取り出した。帰りに本屋で、奇異な目で見られながら買ってきたものだ。
ページを開く。
『あ、い、う、え、お』
かつては空気のように扱っていた母国語。今は、高くて遠い壁。
彼女はペンを取り、呟いた。
「Okay… Let’s start. “A”, “I”, “U”, “E”, “O”…」
舌足らずな発音が、静かな部屋に溶けていく。
商社に勤める金髪のエリート(?)OL、佐藤健一。
彼女の、英語だらけで日本語が不自由な、新しくも奇妙な人生はまだ始まったばかりだ。
(if_1 完)