砂漠の夜に咲いた花
そういうイラストを見てストーリーが欲しくなった。
あらすじ
ある男性の部屋に、突然真っ白な光の柱が現れ、光が消えると中から褐色の少女が出てきた。古代エジプト人っぽい。もちろん言葉は全くわからない。
登場人物
健一(けんいち)
27歳の会社員。身長は175cmほどで、やや細身の体型。黒髪の短髪で、優しげな顔立ちをしている。一人暮らしをしており、特に趣味もなく平凡な日々を過ごしていた。温厚な性格で、困っている人を放っておけないタイプ。服装は家ではTシャツとスウェットパンツというラフな格好が多い。
ネフェルティ
古代エジプトからやってきた少女。外見年齢は18歳前後。小柄で身長は155cm程度。褐色の肌が特徴的で、艶やかな黒髪をぱっつんのボブカットにしている。切れ長の大きな瞳は深いアーモンド色で、エキゾチックな美しさを持つ。頭には金の飾りがついたカチューシャのような装飾品、首には金と青いラピスラズリのネックレス、手首と足首にも金の腕輪をつけている。元々の服装は胸と腰を薄い白い布で覆っただけの露出度の高いもの。現在は健一から借りた大きめのTシャツとショートパンツを着ている。特別な身分ではなく、古代エジプトでは普通の民の娘だった。好奇心旺盛で、現代の様々なものに興味津々。
本文
金曜日の夜。健一は仕事を終え、コンビニで買った弁当を片手にアパートの自室へと戻ってきた。
「はぁ……今週も疲れたな」
靴を脱ぎ、リビングへと入る。六畳一間の狭いワンルームだが、一人暮らしには十分だ。テレビをつけ、弁当を電子レンジで温めている間に着替えを済ませる。
温まった弁当をテーブルに置き、缶ビールを開けようとしたその時だった。
「……っ!?」
部屋の中央に、突如として真っ白な光の柱が出現した。
眩しさに目を細めながらも、健一はその場に固まってしまった。光は天井を突き抜けるかのように伸び、部屋全体を白く染め上げていく。
「な、なんだこれ……!」
夢でも見ているのかと思った。しかし、光が放つ熱と、肌を撫でる不思議な風は紛れもなく現実のものだった。
数秒後、光は徐々に収束し始める。そして光が完全に消えた瞬間、健一は目を疑った。
部屋の中央に、一人の少女が立っていたのだ。
「え……」
褐色の肌。艶やかな黒髪のボブカット。そして身につけているのは、胸と腰を薄い布で覆っただけの、極めて露出度の高い衣装。頭や首、手首、足首には金色の装飾品が煌めいている。
まるで、歴史の教科書で見た古代エジプトの壁画から抜け出してきたかのような姿だった。
「あ、あの……」
健一が声をかけると、少女はビクッと肩を震わせ、周囲を見回した。見知らぬ場所に突然放り出され、困惑しているのは明らかだった。
「ここ、日本の東京なんだけど……君、どこから来たの?」
少女は健一の言葉に首を傾げる。そして、何かを言い始めた。
「メネト・ネチェル・ウィア……?」
全く聞き取れない言語だった。抑揚や発音から推測するに、アラビア語でもなければ、健一の知る言語のどれとも一致しない。
「言葉、通じないのか……」
困り果てた健一だったが、少女の方がさらに困惑しているのは見て取れた。大きなアーモンド色の瞳には不安の色が浮かび、今にも泣き出しそうだ。
「と、とりあえず落ち着いて。大丈夫だから」
健一は両手を広げ、敵意がないことを示す。少女は警戒しつつも、健一の穏やかな態度に少しだけ肩の力を抜いたようだった。
しかし、ここで問題が一つあった。少女の服装だ。
古代エジプト風の衣装は、現代日本の基準で言えば下着同然の露出度だった。薄い布越しに、少女の若々しい肢体のラインがはっきりと見えてしまう。形の良い胸の膨らみ、くびれた腰、そして適度に肉付きの良い太腿。
健一は慌てて目を逸らし、クローゼットへ向かった。
「ちょ、ちょっと待ってて」
適当なTシャツとショートパンツを取り出し、少女に差し出す。
「これ、着て。寒いでしょ」
当然ながら言葉は通じない。しかし健一が服を見せ、自分の体を指さしてジェスチャーで説明すると、少女は理解したようだった。
少女はTシャツとショートパンツを受け取り、健一を見つめた。そして次の瞬間、何のためらいもなく身につけていた布を外し始めた。
「わわわっ!?」
健一は慌てて振り返った。しかし、その一瞬で少女の裸体が目に焼き付いてしまった。
褐色の肌は全身に渡って美しく、若々しい張りを持っていた。胸は決して大きくはないが、形が良く、先端の色素は周囲の肌よりもやや濃い茶色。腰はキュッとくびれ、下腹部には薄く黒い茂みが覗いていた。
「き、着替え終わったら声かけて……って、通じないか」
背を向けたまま待っていると、不意に肩を叩かれた。振り返ると、健一のTシャツに身を包んだ少女が立っていた。
彼のTシャツは少女には大きすぎて、まるでワンピースのように膝上まで届いている。ショートパンツもブカブカだが、なんとか履けているようだ。
「あ、うん。似合ってる……かな」
少女は健一の言葉の意味はわからないはずだが、その穏やかな口調から好意的なことを言われていると感じたのか、わずかに微笑んだ。
その笑顔に、健一の心臓が一拍大きく跳ねた。
「えっと、とりあえず名前……名前だな」
健一は自分の胸を指さし、ゆっくりと言った。
「けんいち。健一」
少女は首を傾げていたが、健一が何度か繰り返すうちに理解したようだった。
「ケン……イチ?」
たどたどしいながらも、少女は健一の名前を口にした。
「そうそう、健一!」
健一が嬉しそうに頷くと、少女も嬉しそうに微笑んだ。そして今度は自分の胸を指さし、言った。
「ネフェルティ」
「ネフェルティ? それが君の名前?」
少女――ネフェルティは頷いた。
「ネフェルティか……綺麗な名前だな」
健一はそう呟いてから、はたと気づいた。
ネフェルティ。確か、古代エジプトの有名な王妃の名前ではなかったか。ネフェルティティという名前だったかもしれないが、音は似ている。
「もしかして、本当に古代エジプトから来たのか……?」
信じられない話だが、あの光の柱と、少女の服装や装飾品を見れば、そう考えるしかないように思えた。
しかし今は、とにかく目の前の少女をどうするかが問題だった。
「お腹、空いてる?」
健一は弁当を指さし、口に何かを運ぶジェスチャーをした。ネフェルティはしばらくキョトンとしていたが、やがて理解したのか、こくこくと頷いた。
「よし、じゃあ一緒に食べよう」
健一は電子レンジで弁当をもう一度温め直し、箸を二膳用意した。ネフェルティの前に弁当を半分取り分けて置くと、少女は興味深そうにそれを覗き込んだ。
「こうやって食べるんだ」
健一が箸の使い方を実演すると、ネフェルティは見様見真似で箸を持とうとした。しかし、当然ながらうまくいかない。
「あはは、やっぱり難しいよな」
健一は笑いながら、フォークを取り出して渡した。ネフェルティは目を輝かせ、フォークで器用にご飯や唐揚げを口に運び始めた。
「おいしい?」
ネフェルティは言葉の意味はわからないはずだが、健一の問いかけに対して満面の笑みで頷いた。古代エジプトにはなかったであろう味付けや調理法に、彼女の味覚は大いに刺激されているようだった。
食事を終えると、次の問題は寝床だった。ワンルームのこの部屋にはベッドが一つしかない。
「君はベッドで寝て。俺は床で寝るから」
ジェスチャーを交えて説明すると、ネフェルティは困惑した様子で首を振った。そして健一の腕を引っ張り、ベッドを指さした。
「え? 一緒に寝ろってこと?」
ネフェルティは何かを言いながら、健一の腕にしがみついた。見知らぬ場所で一人きりになることへの不安からか、彼女は健一から離れたくないようだった。
「わ、わかった。じゃあ一緒に寝よう。でも、変なことはしないから」
健一は自分に言い聞かせるようにそう言った。
シングルベッドに二人で横になるのは、思った以上に狭かった。健一は壁側で端に寄り、ネフェルティにスペースを譲ろうとした。
しかし、ネフェルティは構わず健一のそばに寄ってきた。温かな体温が伝わってくる。
「あ、あの……」
健一が動揺していると、ネフェルティは何かを囁き、健一の腕に自分の腕を絡めてきた。
暗闘の中、彼女の体温と、かすかに香る甘い香りが健一の理性を揺さぶった。大きめのTシャツの下には何も身に着けていないことを、健一は知っていた。
「寝ないと……」
目を閉じようとしたその時、ネフェルティが身じろぎした。その拍子に、Tシャツがめくれ上がり、彼女の太腿が健一の足に触れた。
柔らかく、滑らかな感触。健一の体は正直だった。
ネフェルティは健一の変化に気づいたのか、不思議そうに健一を見つめた。そして彼女の手が、健一のスウェットパンツの膨らみに触れた。
「っ……!」
健一は息を飲んだ。
ネフェルティは不思議そうに首を傾げ、もう一度その膨らみに触れた。まるで、これは何なのかと確かめるように。
「ちょ、待って……」
しかしネフェルティは止まらなかった。好奇心に駆られた少女は、健一のスウェットパンツの中に手を滑り込ませた。
「んっ……」
細い指が直接健一のものに触れた瞬間、健一は小さく声を漏らした。
ネフェルティは驚いたように目を見開いたが、すぐに興味深そうな表情に変わった。彼女の文化では、このような行為に対する禁忌が現代日本とは異なるのかもしれない。
少女の手が、ゆっくりと健一のものを握り、動かし始めた。どこかぎこちないが、その行為自体は知っているようだった。
「あ……ネフェルティ……」
健一の理性は風前の灯火だった。止めるべきだとわかっていても、体は正直に反応してしまう。
ネフェルティは健一の反応を見て、何かを理解したようだった。彼女は起き上がり、Tシャツの裾を掴んだ。
「え……」
健一が止める間もなく、ネフェルティはTシャツを脱ぎ捨てた。月明かりの中、彼女の裸体が露わになる。
褐色の肌が柔らかな光に照らされ、艶めかしく輝いていた。小ぶりだが形の良い胸、くびれた腰、そしてその先にある秘められた場所。
ネフェルティは健一の上に跨り、真っ直ぐに彼を見つめた。アーモンド色の大きな瞳が、何かを訴えかけていた。
健一は彼女の腰に手を置いた。滑らかな褐色の肌の感触。
「……いいのか?」
言葉は通じなくても、想いは伝わるはずだった。ネフェルティは小さく頷き、健一に身を預けた。
健一はゆっくりとネフェルティを導いた。
二人の体が一つになった瞬間、ネフェルティは小さく声を漏らした。
「ん……っ」
健一は動きを止め、彼女が慣れるのを待った。ネフェルティは目を閉じ、深く息を吐いた。そしてゆっくりと自分から腰を動かし始めた。
言葉は通じなくても、体は理解し合えた。
健一はネフェルティの胸に手を伸ばし、優しく包み込んだ。彼女は甘い声を上げ、動きを速めていく。
褐色の肌が汗ばみ、月光を反射して艶めいていた。彼女の黒髪が揺れ、金の装飾品がかすかな音を立てる。
「ネフェルティ……」
「ケンイチ……」
互いの名前を呼び合いながら、二人は快楽の波に身を任せた。
ネフェルティの動きが激しくなり、彼女の内側が健一を強く締め付ける。
「あっ……んっ……!」
ネフェルティが大きく仰け反り、絶頂を迎えた。彼女の体が痙攣し、健一も同時に限界を迎えた。
熱いものが彼女の中に放たれ、ネフェルティは長い吐息と共に健一の上に崩れ落ちた。
荒い息を整えながら、健一はネフェルティを抱きしめた。彼女の温かな体温と、規則的な心音が伝わってくる。
ネフェルティは健一の胸に顔を埋め、何かを囁いた。言葉はわからなかったが、その声音から、安心と幸福を感じているのだろうと健一は思った。
「これからどうしよう……」
古代エジプトから来た少女と、現代日本の青年。言葉も文化も時代も違う二人が、どうやって生きていくのか。
考えなければならないことは山ほどあった。彼女の存在をどう説明するか、言葉をどうやって教えるか、そもそも彼女を元の時代に戻す方法はあるのか。
しかし今夜は、そんなことを考えるのはやめにしよう。
健一はネフェルティの髪を優しく撫で、目を閉じた。
「おやすみ、ネフェルティ」
ネフェルティは何かを返したが、その言葉の意味は健一にはわからなかった。
ただ、彼女の声が穏やかで幸せそうだったことだけは、確かにわかった。
翌朝、健一は柔らかな感触に目を覚ました。
隣にはネフェルティがいた。昨夜のことが夢ではなかったのだと、改めて実感する。
少女はまだ眠っていた。安らかな寝顔は、まるで子供のように無邪気だ。しかし、ブランケットからはみ出した褐色の肩と腕が、彼女が間違いなく大人の女性であることを示していた。
「……本当に、どうしよう」
健一は小声で呟いた。
とりあえず今日は土曜日。会社は休みだ。少しずつ、彼女とコミュニケーションを取る方法を考えなければならない。
健一がそんなことを考えていると、ネフェルティがうっすらと目を開けた。
「……ケンイチ」
彼女は微笑み、健一に身を寄せた。
言葉は通じない。文化も違う。何千年もの時を超えてきた少女と、どうやって生きていくかなんてわからない。
でも、きっとなんとかなる。
健一はネフェルティを抱きしめながら、そう思った。
◇ ◇ ◇
朝食を済ませた後、健一はネフェルティに日本語を教えることにした。
「まずは、基本的な言葉からだな」
健一はリビングのテーブルに紙とペンを用意した。そして、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出す。
「これは『水』。み・ず」
ペットボトルを指さしながら、ゆっくりと発音する。ネフェルティは興味深そうに見つめ、口を動かした。
「ミ……ズ?」
「そうそう!水!」
健一が嬉しそうに頷くと、ネフェルティも満足げに微笑んだ。
次に、健一はテレビを指さした。
「これは『テレビ』」
「テ……レビ?」
「うん、テレビ!」
リモコンで電源を入れると、画面に映像が映し出された。ネフェルティは驚いて後ずさり、警戒するように画面を見つめた。
「大丈夫、危なくないから」
健一が穏やかな声で説明すると、ネフェルティは恐る恐る近づいた。画面の中で動く人々を、まるで魔法でも見ているかのような目で見つめている。
「これは映像っていって……うーん、説明が難しいな」
健一は苦笑しながら、チャンネルを変えた。動物のドキュメンタリー番組に切り替わると、ネフェルティの目が輝いた。
「ライオン!」
画面にライオンが映ったのを見て、ネフェルティが何かを叫んだ。古代エジプトの言葉だろうが、その興奮ぶりは健一にも伝わった。
「ライオン、知ってるんだな。そうか、エジプトにもいたもんな」
健一は紙に簡単なライオンの絵を描き、その下に「らいおん」とひらがなで書いた。
「これ、日本語だと『ライオン』って言うんだ」
ネフェルティは絵と文字を見比べ、何度か口の中で繰り返した。
「ラ……イオン」
「そうそう!すごいじゃん!」
健一が拍手すると、ネフェルティは嬉しそうに笑った。
その後も、健一は身の回りのものを一つ一つ指さしながら、日本語の名前を教えていった。
「これは『椅子』」
「イス」
「こっちは『机』」
「ツクエ」
「これは『電気』」
「デンキ……」
ネフェルティは驚くほど飲み込みが早かった。発音は多少ぎこちないものの、一度教えた言葉はすぐに覚えてしまう。
「頭いいんだな、君」
健一が感心していると、ネフェルティは何かを言いながら、健一の顔を指さした。
「ケンイチ……」
そしてにっこりと微笑んだ。
「……かわいい」
思わず口に出してしまってから、健一は顔を赤くした。
「い、今のは忘れて」
当然ながらネフェルティには意味がわからないはずだが、健一の照れた様子を見て、くすくすと笑った。
昼になり、健一は重要なことに気づいた。
「そうだ、服を買いに行かないと」
ネフェルティは今、健一の服を借りて着ている。しかし男物の大きなTシャツとショートパンツでは、外を歩くには少々問題がある。
「一緒に買い物に行こう」
健一はジェスチャーを交えて説明した。外を指さし、歩く真似をして、服を指さす。
ネフェルティはしばらく考え込んでいたが、やがて理解したのか頷いた。
「ソト……イク?」
「そう!外に行く!日本語覚えるの早いな」
健一は感心しながら、外出の準備を始めた。
問題は、ネフェルティの服装だった。
健一のTシャツワンピースとショートパンツでは、さすがに外を歩くには目立ちすぎる。かといって、他に彼女に合う服もない。
「とりあえず、これで我慢して」
健一は自分のパーカーをネフェルティに羽織らせた。これで多少はマシになったはずだ。
靴もサンダルしかなかったが、仕方ない。ネフェルティの小さな足には大きすぎたが、なんとか履けた。
「よし、行こう」
玄関を開け、外に出る。ネフェルティは眩しそうに目を細めながら、周囲を見回した。
アパートの前の道路を、車が走り過ぎていく。
「っ!?」
ネフェルティは驚いて健一の腕にしがみついた。金属の塊が轟音を立てて通り過ぎていくのを、恐怖と驚きが入り混じった目で見つめている。
「大丈夫、あれは『車』っていうんだ。人が乗って移動するためのもの」
健一が説明しても、ネフェルティはしばらく警戒を解かなかった。しかし、車が何台も通り過ぎていくうちに、危険がないことを理解したのか、少しずつ肩の力を抜いていった。
「クルマ……」
「そう、車」
駅前の商店街に向かいながら、健一はネフェルティに様々なものを説明した。
信号機を見ては「信号」、コンビニを見ては「お店」、自転車を見ては「自転車」。ネフェルティは全てに興味津々で、キラキラとした目で周囲を見回していた。
やがて、商店街に入った。土曜日の昼下がりとあって、かなりの人通りがある。
「はぐれないように、手を繋いでおこう」
健一がネフェルティの手を取ると、彼女は嬉しそうに微笑んで握り返してきた。
ファッションビルに入り、レディースフロアへ向かう。エスカレーターに乗った時、ネフェルティは再び驚いて健一にしがみついた。
「動く階段……!」
健一の言葉は理解できなかっただろうが、初めて見る「動く階段」に、ネフェルティは目を丸くしていた。
レディースフロアに到着すると、健一は適当な店に入った。
「いらっしゃいませ」
店員が声をかけてきた。健一はネフェルティを連れて、店内を見回した。
「えっと、彼女に合う服を探してるんですけど……」
店員は少し驚いた様子でネフェルティを見たが、すぐにプロらしい笑顔を浮かべた。
「かしこまりました。どのようなものをお探しですか?」
「とりあえず、普段着になるものを何着か……」
健一が説明している間、ネフェルティは店内の服を興味深そうに見て回っていた。様々な色や形の服が並んでいるのを、まるで宝物のように見つめている。
「あのお客様は、どちらの方ですか? とても綺麗な肌色ですね」
「あ、えっと……外国から来た……知り合いで」
我ながら苦しい言い訳だと思ったが、店員はそれ以上追求せず、にこやかに対応してくれた。
「でしたら、こちらのワンピースなどいかがですか? 褐色の肌にとても映えると思いますよ」
店員が勧めてきたのは、白い綿のワンピースだった。シンプルだが上品なデザインで、確かにネフェルティに似合いそうだ。
「試着してみますか?」
「あ、はい。お願いします」
健一はネフェルティを連れて試着室へ向かった。彼女に服を渡し、着替えるようジェスチャーで伝える。
「ここで着替えて。俺は外で待ってるから」
ネフェルティは頷き、カーテンの向こうへ消えた。
しばらくして、カーテンが開いた。
「……っ」
健一は息を飲んだ。
白いワンピースに身を包んだネフェルティは、まるで天使のようだった。シンプルな服だからこそ、彼女の褐色の肌と黒髪が際立っている。
「すごく……似合ってる」
健一の言葉の意味はわからなかっただろうが、ネフェルティは健一の表情を見て、嬉しそうに微笑んだ。
その後、いくつかの服を試着し、最終的にワンピース二着、Tシャツ三枚、ジーンズ一本、ショートパンツ二枚、下着と靴下のセット、そしてスニーカーを購入した。
さすがに出費は痛かったが、ネフェルティが嬉しそうに袋を抱えている姿を見ると、そんなことはどうでもよくなった。
「帰ったら、お風呂に入ろう」
健一がジェスチャーで体を洗う仕草をすると、ネフェルティは首を傾げた。
「オフロ?」
「そう、お風呂。体を洗うところ」
◇ ◇ ◇
アパートに戻り、健一はまず浴室の準備を始めた。
浴槽にお湯を張りながら、ふと考えた。ネフェルティは、現代の風呂を見たことがないはずだ。古代エジプトにも入浴の習慣はあったかもしれないが、蛇口をひねればお湯が出るシステムなど、想像もつかないだろう。
「準備できたぞ」
健一がリビングに戻ると、ネフェルティは購入した服を床に広げ、嬉しそうに眺めていた。
「お風呂、入ろう」
ネフェルティの手を取り、浴室へ案内する。
浴室のドアを開けた瞬間、ネフェルティの目が大きく見開かれた。
「……!」
湯気が立ち上る浴槽、壁に取り付けられたシャワー、そして蛇口から滴る水。全てが彼女にとって未知のものだった。
ネフェルティは恐る恐る浴槽に近づき、湯気に手をかざした。そして湯面に指を入れた瞬間、驚いたように声を上げた。
「アツイ……!」
反射的に日本語が出てきたことに、健一は驚いた。教えた覚えはなかったが、おそらく熱さの感覚と音の響きが結びついたのだろう。
「大丈夫、やけどするほど熱くはないから」
健一が温度を確かめるように腕を入れて見せると、ネフェルティは安心したように息をついた。
「じゃあ、俺は外で待ってるから、ゆっくり……」
健一がそう言って立ち去ろうとした時、ネフェルティが彼の腕を掴んだ。
「ケンイチ……イッショ」
「え? 一緒に入るの?」
ネフェルティは頷いた。使い方がわからないから、一緒に入ってほしいということだろう。
健一は葛藤した。確かに、シャワーの使い方やシャンプーの使い方を教える必要はある。しかし、一緒に風呂に入るというのは……。
「……わかった」
昨夜、あれだけのことをしたのだ。今さら恥ずかしがっても仕方ない。
健一は脱衣所で服を脱ぎ始めた。ネフェルティも、健一を見て同じように服を脱ぎ始める。
パーカーを脱ぎ、Tシャツを脱ぎ、ショートパンツを脱ぐ。下着をつけていなかった彼女の体が、再び健一の前に晒された。
昼間の明るい光の中で見るネフェルティの裸体は、夜とはまた違った美しさがあった。褐色の肌は滑らかで、若々しい張りを持っている。小ぶりだが形の良い胸は、重力に逆らうように上を向いていた。
「先に、体を洗おう」
健一は自分の動揺を隠しながら、シャワーの使い方を教えた。
「このレバーを上げると、水が出る。こっちに回すとお湯になる」
実演しながら説明すると、ネフェルティは真剣な表情で見つめていた。
「やってみて」
ネフェルティが恐る恐るレバーに手を伸ばし、上げた。シャワーから水が飛び出し、彼女の体にかかる。
「ツメタイ!」
「あ、ごめん。こっちに回すとお湯になるから」
健一がレバーを調整すると、温かいお湯に変わった。ネフェルティは気持ちよさそうに目を細め、お湯を浴びた。
「次は、これで体を洗う」
ボディソープを手に取り、泡立てて見せる。そして自分の腕に塗って洗い方を実演した。
ネフェルティは興味深そうに見つめ、同じようにボディソープを手に取った。しかし、背中に手が届かずに困っている様子だ。
「背中、洗ってあげようか」
健一がジェスチャーで伝えると、ネフェルティは嬉しそうに頷いた。
健一はボディソープを泡立て、ネフェルティの背中に塗り始めた。滑らかな褐色の肌に、白い泡が広がっていく。
「んっ……」
ネフェルティが小さく声を漏らした。くすぐったいのか、気持ちいいのか。
健一の手は、肩甲骨から腰へと滑っていく。彼女の背中は細く、骨の形が指先に伝わってくる。
「……」
健一の視線は、自然と彼女の臀部へと向かった。形の良いヒップが、すぐ目の前にある。
ネフェルティが振り返り、健一を見上げた。
「ケンイチ……マエモ」
「え? 前も洗えって?」
ネフェルティは頷き、くるりと体を回した。
褐色の胸が、健一の目の前に現れる。小ぶりだが形が良く、先端はわずかに上を向いている。
「あ、えっと……」
健一が躊躇していると、ネフェルティは健一の手を取り、自分の胸に導いた。
「……っ」
柔らかな感触が、手のひらに伝わる。
健一は観念したように、泡のついた手でネフェルティの体を洗い始めた。胸の膨らみを撫で、谷間を滑り、お腹を這う。
「んっ……ケンイチ……」
ネフェルティの息が少し荒くなっていた。彼女の体が、健一の手に反応している。
健一の手が下腹部に達した時、ネフェルティは自ら足を開いた。
「……本当にいいのか」
答える代わりに、ネフェルティは健一の首に腕を回し、唇を重ねてきた。
柔らかく、甘い唇。昨夜は気づかなかったが、彼女の唇には独特の香りがあった。
健一の手が、ネフェルティの秘所に触れた。
「あっ……」
彼女の体がビクッと震えた。すでに濡れているのは、シャワーのせいだけではないだろう。
健一の指が、ゆっくりと彼女の中に入っていく。
「んっ……ん……っ」
ネフェルティは目を閉じ、甘い声を漏らした。健一の指の動きに合わせ、腰が小さく揺れる。
健一のもう片方の手が、ネフェルティの胸を揉みしだく。弾力のある感触が、手のひらに心地よい。
「ケンイチ……モット……」
覚えたての日本語で、ネフェルティが囁いた。
健一は彼女を浴室の壁に押し付け、指の動きを速めた。
「あっ……あっ……!」
ネフェルティの声が高くなっていく。彼女の内側が、健一の指を締め付ける。
「イ……イク……!」
ネフェルティの体が大きく震え、絶頂を迎えた。彼女は健一にしがみつき、荒い息を吐いた。
「ケンイチ……」
潤んだ瞳で見上げ、ネフェルティは健一の下半身に手を伸ばした。彼のものは、すでに限界まで硬くなっていた。
「今度は、私……」
たどたどしい日本語で言いながら、ネフェルティは膝をついた。
「え、待っ……」
健一が止める間もなく、ネフェルティの唇が健一のものに触れた。
「っ……!」
温かく、柔らかな感触。ネフェルティは見様見真似なのか、ぎこちなくではあるが、健一のものを口に含み、舌で舐め始めた。
「ネフェルティ……」
健一は彼女の黒髪に手を置いた。ネフェルティは目を上げ、健一を見つめながら、口の動きを続ける。
褐色の少女が、膝をつき、健一のものを咥えている。その光景は、背徳的でありながら、どこか神聖な美しさがあった。
「もう……限界……」
健一が告げると、ネフェルティは動きを止めず、むしろ速めた。
「ネフェルティ……!」
健一の腰が震え、彼女の口の中に放った。
ネフェルティは一瞬驚いたような顔をしたが、そのまま全てを飲み込んだ。そして、いたずらっぽい笑みを浮かべて立ち上がった。
「オイシイ……ナイ」
「そ、そうか……」
健一は苦笑した。
「さて、本当に体を洗い直さないとな」
今度こそ純粋に、二人で体を洗い合った。シャンプーで髪を洗う時、ネフェルティは泡が目に入りそうになって慌てていたが、健一が優しく流してあげた。
体を洗い終えると、二人で浴槽に浸かった。
「どう? 気持ちいい?」
「キモチ……イイ」
ネフェルティは満足そうに目を細めた。
狭い浴槽に二人で入るのは窮屈だったが、ネフェルティが健一にもたれかかる形で落ち着いた。
温かいお湯に包まれながら、健一はネフェルティの髪を撫でた。
「これからも、こうやって一緒にお風呂に入るのかな」
ネフェルティは健一の言葉を全ては理解できなかっただろうが、その穏やかな声音から、幸せな未来を語っているのだと感じたのだろう。
「イッショ……ズット」
彼女は健一の胸に顔を埋め、そう囁いた。
◇ ◇ ◇
風呂から上がり、ネフェルティは新しく買った服に袖を通した。
白いワンピースに身を包んだ彼女は、まるで古代の女神のようだった。
「すごく似合ってる」
「ケンイチ……スキ?」
「うん、好き」
健一が頷くと、ネフェルティは嬉しそうに微笑んだ。
「私モ、ケンイチ……スキ」
言葉は少ないが、想いは確かに伝わった。
古代エジプトから来た少女と、現代日本の青年。言葉も文化も時代も違う二人だが、きっとやっていける。
健一はネフェルティの手を取り、優しく握った。
これから先、困難なことはたくさんあるだろう。彼女の存在をどう説明するか、彼女がこの時代に馴染めるか、そして彼女を元の時代に帰す方法はあるのか。
でも今は、そんなことを考えるのはやめにしよう。
目の前にいる、この美しい少女との時間を、大切にしていきたい。
健一はそう思いながら、ネフェルティの手を握る力を強めた。
彼女もまた、同じ気持ちでいるように、握り返してきた。
◇ ◇ ◇
夕食を終え、二人はソファに並んで座っていた。
健一がリモコンでチャンネルを変えていると、ネフェルティが突然声を上げた。
「あっ……!」
画面を見ると、古代エジプトの遺跡が映し出されていた。どうやら歴史ドキュメンタリー番組の特集のようだ。
『古代エジプト文明の謎に迫る。三千年の時を超えて蘇る、ナイル川流域の人々の暮らしとは――』
ナレーターの声が流れる中、ネフェルティは食い入るように画面を見つめていた。
「これ、見たいか?」
健一が尋ねると、ネフェルティは激しく頷いた。
「ミル……ミタイ!」
番組は、古代エジプトの庶民の生活を紹介する内容だった。ピラミッド建設に携わる労働者たち、ナイル川で漁をする人々、市場で物々交換をする女性たち。
健一にとっては興味深いドキュメンタリーだったが、ネフェルティにとっては全く違う意味を持つはずだった。彼女にとって、これは「歴史」ではなく「日常」なのだから。
ネフェルティは時折、何かを呟いていた。画面に映る光景に、懐かしさを感じているのかもしれない。
やがて、番組は神殿の壁画を紹介し始めた。
『こちらは、カルナック神殿に残された壁画です。ファラオへの奉納の様子が描かれており、当時の宗教儀式を知る貴重な資料となっています』
画面には、壁一面に描かれた壮大な壁画が映し出された。中央には威厳に満ちたファラオの姿、その周囲には神官や兵士たち、そして多くの一般市民が描かれている。
一般市民たちは、皆似たような姿で描かれていた。同じような顔つき、同じような服装、同じようなポーズ。個性は乏しく、まるでコピーのように繰り返されている。彼らは名もなき人々――歴史に記録されることのない、無数の一市民たちだった。
その時、ネフェルティが身を乗り出した。
「……っ!」
彼女は画面を指さし、何かを叫んだ。
「ケンイチ! ミテ! ミテ!」
「え? 何?」
健一が画面を見ると、ネフェルティは壁画の一角を必死に指さしていた。
そこには、奉納の列に並ぶ市民たちが描かれていた。手に穀物や果物を持ち、神殿に向かって歩く人々。皆同じような姿で、特に目立つ特徴はない。
「ここ? この人たち?」
健一が確認すると、ネフェルティは頷いた。そして自分の顔を指さし、次に画面を指さした。
「ワタシ」
「……え?」
健一は目を疑った。
ネフェルティが指さしているのは、奉納の列の中の一人だった。ぱっつんのボブカットらしき髪型、頭には飾り、首には装飾品。確かに、今隣にいるネフェルティと似た特徴を持っている。
しかし、その人物は壁画の中で特別扱いされているわけではなかった。他の市民たちと同じような大きさで、同じような位置に描かれている。大勢の中の一人。名もなきモブキャラクターの一人。
「これが……君なのか?」
ネフェルティは少し悲しそうに、しかしどこか誇らしげに頷いた。
「ワタシ……ココ……イタ」
彼女は画面に手を伸ばし、壁画の中の自分をそっと撫でた。もちろん、テレビ画面に触れているだけだ。しかしその仕草には、失われた故郷への深い郷愁が込められていた。
『この壁画は、王朝時代の一般市民の生活を知る上で非常に重要な資料です。ファラオへの奉納に参加できることは、庶民にとって大きな栄誉でした』
ナレーターの解説が続く。
健一は、改めて画面を見つめた。
壁画の中の彼女は、本当に「その他大勢」の一人だった。歴史の本には名前も残らない、無数の市民のうちの一人。王族でも、貴族でも、神官でもない。ただの普通の娘。
でも、今その娘が自分の隣にいる。
「すごいな……」
健一は呆然と呟いた。
三千年の時を超えて、壁画に描かれた少女が、こうして自分の隣に座っている。名もなき一市民として描かれた少女が、今、同じテレビを見ている。
ネフェルティは画面を見つめながら、何かを語り始めた。健一には理解できない古代エジプトの言葉だったが、その声音からは様々な感情が伝わってきた。
懐かしさ。寂しさ。そして、どこか諦めのようなもの。
ネフェルティの目に涙が浮かんでいることに、健一は気づいた。
「ネフェルティ……」
健一は彼女の手を握った。
彼女は健一を見上げ、泣きながらも微笑んだ。
「ココ……ワタシ……イエ。カゾク……イタ」
「家族がいたんだな」
健一の言葉が理解できたのか、ネフェルティは頷いた。
「チチ……ハハ……オトウト」
「弟もいたのか」
ネフェルティは再び頷き、涙を流した。
健一は彼女を抱きしめた。
言葉は通じない。文化も違う。時代すら違う。
でも、家族を失った悲しみは、きっと同じだ。
彼女は突然、何の前触れもなく、この時代に放り出された。家族にさよならを言う機会もなく、友人と別れる暇もなく、故郷を離れることになった。
そして今、テレビの中で三千年前の自分の姿を見ている。
「大丈夫だ」
健一はネフェルティの頭を撫でながら言った。
「俺がいるから」
ネフェルティは健一の胸に顔を埋め、しばらく泣いた。
テレビでは、壁画の解説が続いていた。
『この壁画に描かれた人々は、今から約三千年前に実在した人々です。彼らの名前は歴史に残されていませんが、確かにこの地で生き、笑い、泣き、愛したのです』
ナレーターの言葉が、健一の胸に深く響いた。
名前は残らなくても、彼女は確かに存在した。そして今も、こうして生きている。
しばらくして、ネフェルティは落ち着いた。
「ゴメン……ナキ……」
「謝ることないよ」
健一はネフェルティの頬を拭いながら言った。
「君が泣きたい時は、いくらでも泣いていい。俺がそばにいるから」
ネフェルティは健一の言葉を全ては理解できなかっただろうが、彼の優しさは伝わったようだった。
「ケンイチ……アリガトウ」
覚えたての日本語で、彼女は礼を言った。
番組は続いていた。古代エジプトの様々な遺跡や出土品が紹介されていく。
ネフェルティはその全てを、真剣な表情で見つめていた。時々、何かを見つけては健一に説明しようとした。
「コレ……シッテル」
「これ知ってるの?」
「ウン。コレ……ツカッテタ」
画面に映った土器を指さして、ネフェルティが言う。
「へえ、これ使ってたんだ」
健一は、不思議な感覚に包まれた。
博物館に展示されているような遺物を、「昔使っていた」と語る少女。歴史の教科書に載っているような壁画の中に、「自分がいる」と指さす少女。
彼女にとって、これらは「歴史」ではなく「記憶」なのだ。
「ネフェルティ」
健一は彼女の名を呼んだ。
「ん?」
「君のこと、もっと知りたい。君がいた場所のこと、君の家族のこと、君の生活のこと」
ネフェルティは首を傾げた。言葉は完全には理解できなかったようだが、健一の真剣な眼差しから何かを感じ取ったようだった。
「……ウン」
彼女は小さく頷いた。そして自分の胸に手を当て、言った。
「ワタシ……オシエル。ケンイチニ」
「ありがとう」
健一はネフェルティの手を握った。
言葉を教え合い、文化を教え合い、お互いのことを知っていく。それには時間がかかるだろう。
でも、それでいい。
二人には、たくさんの時間がある。
少なくとも、健一はそう信じていた。
番組が終わると、健一はテレビを消した。
「そろそろ寝ようか」
「ネル……イッショ?」
「うん、一緒に」
健一が頷くと、ネフェルティは嬉しそうに微笑んだ。
二人はベッドに入った。昨夜は狭く感じたシングルベッドも、今夜は心地よかった。
健一はネフェルティを抱きしめながら、今日一日のことを思い返した。
言葉を教えた朝。服を買いに行った昼。一緒にお風呂に入った夕方。そして、テレビで三千年前の彼女を見た夜。
たった一日で、こんなにも多くの出来事があった。これからも、こんな日々が続くのだろう。
「ケンイチ……」
ネフェルティが囁いた。
「ん?」
「アシタモ……イッショ?」
「もちろん。明日も、明後日も、これからずっと一緒だ」
健一がそう答えると、ネフェルティは安心したように目を閉じた。
「オヤスミ……ケンイチ」
「おやすみ、ネフェルティ」
月明かりが窓から差し込む中、二人は眠りについた。
壁画に描かれた名もなき少女は、今、この時代で新しい人生を歩み始めていた。
◆ ◆ ◆
——それから、一年が経った。
◇ ◇ ◇
土曜日の昼下がり。
健一が仕事から帰ってくると、リビングには見慣れた光景が広がっていた。
「……ネフェル」
ソファにはネフェルティが横たわっていた。
だらしなく寝転がり、片手にはスマートフォン、もう片方の手にはポテトチップスの袋。テレビでは録画したドラマが流れており、テーブルの上には飲みかけのコーラと食べかけのチョコレートが散乱している。
一年前、光の柱と共に現れた古代エジプトの少女の姿は、そこにはなかった。
「あ、おかえりー」
ネフェルティは画面から目を離さずにそう言った。日本語はすっかり流暢になっている。
「ただいま……って、君さ」
「んー?」
「いつからそこにいるの」
「えーと、朝ご飯食べてからずっと?」
健一は呆れたようにため息をついた。
ネフェルティの服装は、ピンクのスウェット上下。髪は適当に一つに結んでいるだけで、化粧っ気も全くない。足元には脱ぎ散らかした靴下が転がっている。
「三千年前のエジプトでは、こんなにゴロゴロしてなかっただろ」
「だって向こうにはスマホもテレビもなかったし」
ネフェルティはあっけらかんと答えた。
「それに、向こうでは毎日水汲みとか畑仕事とかしてたんだよ? こっちは蛇口ひねれば水出るし、お店行けばご飯買えるし。天国でしょ」
「まあ、そうだけど……」
健一は言葉に詰まった。確かに、古代エジプトの庶民の生活は楽ではなかっただろう。現代日本の便利さを知ってしまえば、だらけたくなる気持ちもわからなくはない。
「ねー、ケンイチ」
「何」
「お腹空いた。ラーメン食べたい」
「自分で作れば」
「えー、ケンイチが作った方がおいしいもん」
ネフェルティは甘えた声を出しながら、ゴロゴロとソファの上で転がった。
「ピラミッドの壁画に描かれてる人がこんなにだらしないなんて、エジプト学者が見たら泣くぞ」
「だって私、ピラミッドの壁画には描かれてないし。神殿の壁画にちょっといるだけだし」
「そういう問題じゃない」
健一はツッコミを入れながらも、キッチンへ向かった。
「インスタントでいいか」
「やったー!」
ネフェルティは嬉しそうに起き上がり、テレビの前に正座した。
「カップ麺? 袋麺?」
「袋麺がいい! 卵入れて! あとネギも!」
「はいはい」
健一は鍋に湯を沸かしながら、一年前のことを思い出した。
あの頃のネフェルティは、テレビを見ても言葉がわからず、食事も箸が使えず、何をするにも健一の助けが必要だった。
今では一人で買い物にも行けるし、料理だってできる(やる気があれば)。スマートフォンも使いこなし、SNSで他人の投稿に「いいね」を押しまくっている。
「できたぞ」
「わーい!」
ネフェルティはテーブルに着き、熱々のラーメンを前にして手を合わせた。
「いただきます」
そして、ズルズルと音を立てて麺をすすり始めた。
「日本の文化、完璧に身についてるな」
「麺をすするのは最初抵抗あったけど、今はもう慣れちゃった。だってこの方がおいしいんだもん」
ネフェルティは幸せそうにラーメンを食べている。
健一は向かいに座り、彼女の姿を眺めた。
褐色の肌。ぱっつんのボブカット。エキゾチックな顔立ち。外見は一年前と変わらない。
しかし、中身は完全に現代日本人化していた。
「ねー、ケンイチ」
「何」
「今日の夜ご飯、何にする?」
「まだラーメン食べてる途中だろ」
「だって考えとかないと」
「じゃあ何がいい」
「んー、ハンバーグ!」
「昨日もハンバーグだっただろ」
「じゃあ、カレー!」
「一昨日カレーだった」
「むー」
ネフェルティは頬を膨らませた。
「じゃあケンイチが決めて」
「……焼き魚にしよう」
「えー、地味」
「君ね、ファラオへの奉納に参加した敬虔な古代エジプト人はどこ行ったの」
「そんな大層なもんじゃなかったよ。列に並んで果物持ってっただけだし」
ネフェルティはケラケラと笑った。
「あの頃は毎日同じようなもの食べてたから、こっちに来てからいろんな料理があるの知って感動したなー。最初にラーメン食べた時とか、泣きそうになったもん」
「覚えてるよ。目を輝かせて『ナニコレ! オイシイ!』って」
「だって本当においしかったんだもん」
二人は顔を見合わせて笑った。
ラーメンを食べ終えると、ネフェルティは再びソファに戻った。
「ちょっと、また寝転がるの」
「だってー、今日は休みなんだから」
「毎日休みじゃないか、君は」
「働いてるよ! ちゃんとネットでイラスト売ってるし!」
ネフェルティは反論した。
彼女は半年ほど前から、タブレットでイラストを描いてオンラインで販売し始めた。古代エジプト風のデザインを現代風にアレンジしたイラストが意外と人気で、小遣い程度ではあるが収入を得ている。
「今月も三万円くらい稼いだもんね」
「それは認める。でもさ、もうちょっと外に出たら?」
「外、暑いし」
「まだ春だぞ」
「でも外には虫がいるし」
「古代エジプトの方が虫多かっただろ」
「だからこそ、虫のいない室内の素晴らしさがわかるの!」
ネフェルティは力強く宣言した。
健一はもう何も言えなかった。
「あ、そうだ」
ネフェルティが思い出したように言った。
「今日、新作アニメの配信日なんだ。一緒に見よ?」
「何のアニメ」
「異世界転生もの」
「……異世界から来た君が、異世界転生アニメ見るの」
「面白いんだよ! だって私も似たような経験してるから、『わかるわかる』って思えて」
「いや、全然違うと思うんだけど」
「細かいことはいいの!」
ネフェルティはスマートフォンを操作して、テレビに画面をミラーリングした。
「ほら、始まる!」
「……はいはい」
健一は観念してソファに座った。
ネフェルティは当たり前のように健一に寄りかかり、二人でアニメを見始めた。
「あ、この主人公、チート能力持ちだ。ずるい」
「君も光の柱で三千年タイムスリップしてきたんだから、十分チートだろ」
「でも私、特殊能力とかないし。ただの一般市民だし」
「現代知識なしで一年でここまで適応したのは十分チートだと思う」
「えへへ、そう?」
ネフェルティは嬉しそうに笑った。
アニメを見ながら、二人は他愛のない会話を続けた。
「ねー、この魔王城、うちより広いね」
「比較対象がおかしい」
「でもうちの方が快適だよ。エアコンあるし」
「古代の魔王城にエアコンはないだろうな」
「ピラミッドの中も暑かったなー。まあ、入ったことないけど」
「入ったことないのかよ」
「だって一般市民だもん。ファラオのお墓に入れるわけないじゃん」
ネフェルティはポテトチップスをボリボリと食べながら言った。
「つーか、ポテチ食べすぎ」
「えー、おいしいんだもん」
「太るぞ」
「大丈夫、若いから」
「その油断が危ないんだよ」
健一がそう言うと、ネフェルティはむくれた。
「じゃあ明日から運動する」
「本当に?」
「……来週から」
「伸びた」
「来月から……」
「どんどん伸びてる」
二人は顔を見合わせて、また笑った。
一年前、光の柱と共に現れた少女は、今やすっかり「ダメ人間」と化していた。
しかし、健一はそれが嫌ではなかった。むしろ、彼女がこの時代に馴染んでくれたことが嬉しかった。
「ねー、ケンイチ」
「何」
「好き」
突然の告白に、健一は一瞬固まった。
「……急に何」
「別に。言いたくなっただけ」
ネフェルティはにっこり笑って、再びアニメに目を向けた。
健一は少し照れながら、彼女の頭を撫でた。
「俺も」
「えへへ」
三千年の時を超えてやってきた少女は、今、こうしてポテチを食べながらアニメを見ている。
歴史の壁画に描かれた名もなき一市民は、現代日本の六畳一間で、だらだらとした休日を過ごしている。
それはきっと、古代エジプトの神々も予想しなかった未来だろう。
でも、これでいいのだと健一は思った。
彼女が幸せなら、それでいい。
「あ、このシーン好き」
「どこ」
「ここ! 主人公がヒロインを抱きしめるところ!」
「……やってほしいの?」
「え」
健一はネフェルティを抱き寄せた。
「きゃっ」
「こう?」
「……うん」
ネフェルティは顔を赤くして、健一の胸に顔を埋めた。
「ケンイチのばか」
「急に言うから」
「でも……嬉しい」
二人はそのまま、しばらく抱き合っていた。
テレビではアニメが続いていたが、もう誰も見ていなかった。
「ねー、ケンイチ」
「ん?」
「これからも、ずっと一緒にいてね」
「当たり前だろ」
健一はネフェルティの額にキスをした。
「三千年前から来た君を、どこにも行かせない」
「……うん」
ネフェルティは幸せそうに目を閉じた。
ポテトチップスの袋が床に落ちたが、二人とも気にしなかった。
◇ ◇ ◇
その夜。
ベッドに入った二人は、自然と体を重ね合っていた。
「ケンイチ……」
ネフェルティは甘えた声で健一の名を呼ぶ。
一年前と比べて、彼女の体は少しだけ丸みを帯びていた。現代の豊かな食生活のおかげだろう。健一はそれを「だらけた証拠」と言ってからかうこともあったが、実際には柔らかくなった彼女の体が好きだった。
「今日も?」
「だって、したいんだもん」
ネフェルティは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。
一年も一緒にいれば、互いの体のことはよく知っている。どこを触れば喜ぶか、どうすれば気持ちよくなれるか。
健一はネフェルティのパジャマのボタンを外していく。褐色の肌が露わになり、小ぶりだが形の良い胸が現れた。
「ん……」
健一の唇が首筋に触れると、ネフェルティは小さく声を漏らした。鎖骨を辿り、胸の谷間へと降りていく。
「ケンイチ、焦らさないで……」
「はいはい」
健一は彼女の胸を優しく包み込んだ。一年前より少しだけ大きくなった胸は、手のひらに心地よく収まる。
「あっ……」
親指で先端を刺激すると、ネフェルティの体がビクッと震えた。
健一はゆっくりと下へ手を滑らせていく。お腹を撫で、下着の縁に指をかけた。
「脱がせるよ」
「うん……」
ネフェルティは素直に腰を浮かせた。下着を脱がせると、彼女の秘所が露わになる。すでに濡れ始めていた。
「もう準備できてるじゃん」
「だ、だって……ケンイチが触るから……」
顔を赤くするネフェルティが愛おしい。
健一は彼女の足の間に顔を埋めた。
「ひゃっ……!」
舌先で秘裂を舐め上げると、ネフェルティは驚いたような声を上げた。一年経っても、この行為をされると恥ずかしいらしい。
「ケンイチ……そこ……」
健一は彼女の最も敏感な部分を舌で刺激した。ネフェルティの腰が浮き上がり、彼女の手が健一の頭を掴んだ。
「あっ……あっ……!」
甘い声が部屋に響く。ネフェルティの体が小刻みに震え始めた。
「イク……イっちゃう……!」
健一は動きを速め、彼女を絶頂へと導いた。
「あああっ……!」
ネフェルティの体が大きく震え、彼女は健一の頭をぎゅっと抱きしめた。
絶頂の余韻に浸る彼女の上に、健一は体を重ねた。
「入れるよ」
「うん……来て」
潤んだ瞳で見上げるネフェルティに、健一はゆっくりと体を沈めていった。
「ん……っ」
二人の体が一つになる。一年で何度も繋がってきた場所は、すっかり健一の形を覚えていた。
「動くよ」
「うん……」
健一はゆっくりと腰を動かし始めた。ネフェルティは彼の背中に腕を回し、快楽に身を任せた。
「ケンイチ……好き……」
「俺も……」
言葉を交わしながら、二人は快楽の波に溺れていった。
「もっと……もっと……!」
ネフェルティの声に応えて、健一は動きを速めた。彼女の中が強く締め付けてくる。
「ネフェル……もう……」
「一緒に……イこ……」
二人同時に、絶頂を迎えた。
事後、二人は汗ばんだ体を寄せ合っていた。
「ねー、ケンイチ」
「ん?」
「私たち、ずっとこうしてられるのかな」
「こうしてって、毎晩ヤるってこと?」
「ばか! そうじゃなくて……一緒にいられるかなって」
ネフェルティは少し拗ねたように言った。
健一は彼女の頭を撫でた。
「当たり前だろ。ずっと一緒だよ」
「……うん」
ネフェルティは安心したように、健一の胸に顔を埋めた。
◇ ◇ ◇
翌週の平日。
健一が仕事から帰ってくると、ネフェルティがパソコンの前で頭を抱えていた。
「どうした?」
「クライアントからの修正依頼が意味わかんない……」
ネフェルティは画面を見せた。そこには、イラストの納品に対するクライアントからのメッセージが表示されていた。
『イラストありがとうございます。とても素敵なのですが、もう少し「エモい」感じにしていただけますか? あと、「青み」を足して、「ヌケ感」を出してほしいです』
「エモいって何? 青みって何を青くするの? ヌケ感って何が抜けるの?」
ネフェルティは困惑した顔で健一を見上げた。
「あー……現代日本語の難しいやつだな」
健一は苦笑しながら説明した。
「エモいっていうのは、感情が動く感じ……エモーショナルな感じ。青みっていうのは、色味を青っぽくすること。ヌケ感っていうのは……透明感があって軽やかな感じ、かな」
「感じ感じって、全部フワフワしてる!」
ネフェルティは不満そうに叫んだ。
「古代エジプトでは、もっとはっきり指示してたよ! 『ファラオの横顔をもっと立派に描け』とか!」
「時代が違うからなあ」
健一は笑いながら、ネフェルティの隣に座った。
「一緒に考えよう。まず、『エモい』は……」
結局、二人で一時間かけて修正案を考え、なんとか納品することができた。
「クライアントワーク、難しい……」
「でも、依頼が来るってことは君の絵が評価されてるってことだよ」
「そうなのかなあ」
ネフェルティは少し嬉しそうに微笑んだ。
「でも、こういうのが増えてきて、収入も安定してきた。先月は五万円超えたし」
「それはすごいじゃん」
「えへへ」
ネフェルティは照れくさそうに笑った。
「古代エジプト風のデザインって、ニッチだけど需要あるみたい。この前なんか、ゲーム会社からキャラクターデザインの相談が来たんだよ」
「マジで?」
「うん。まだ本契約にはなってないけど、サンプル出してって言われてる」
健一は感心した。
一年前は「ミ……ズ?」としか言えなかった少女が、今やフリーランスのイラストレーターとして活動している。人間の適応力、恐るべし。
「これから仕事が増えたら、いつか事務所借りたりできるかも」
「おいおい、まずはこの部屋を片付けてからだろ」
健一がリビングを見回すと、ネフェルティの仕事道具や資料が散乱していた。
「……ほんとだ」
「片付けよう」
「えー、明日から……」
「また先延ばしか」
二人は顔を見合わせて笑った。
◇ ◇ ◇
さらに一ヶ月後。
健一は意を決して、ネフェルティに切り出した。
「そろそろ、うちの親に会ってもらえないかな」
「えっ」
ネフェルティは驚いた顔をした。
「親って、ケンイチのお父さんとお母さん?」
「そう。もう一年以上一緒に暮らしてるし、そろそろ紹介しないとなって」
健一の両親は地方に住んでおり、年に数回しか会わない。しかし、息子が女性と同棲していることは薄々感づいているようで、最近は「いつ連れてくるんだ」と催促されていた。
「でも、私……」
ネフェルティは不安そうな顔をした。
「どうやって説明するの? 古代エジプトから来ましたって言うの?」
「それは……さすがに言えないな」
健一は頭を掻いた。
「外国から来た知り合い、ってことにしよう。エジプト出身の留学生と知り合って、そのまま付き合うことになった、みたいな」
「嘘つくの?」
「嘘っていうか……事実を少しアレンジする、っていうか」
「それ、嘘だよ」
ネフェルティは的確にツッコんだ。
「まあ、そうなんだけど」
健一は観念した。
「でも、本当のことは言えないだろ? 『光の柱で三千年前から来ました』なんて」
「確かに」
ネフェルティも納得した。
「じゃあ、エジプト出身ってことにする。私、本当にエジプト出身だし」
「時代は違うけどな」
「細かいことはいいの!」
翌月、二人は健一の実家を訪れた。
新幹線で二時間の地方都市。駅から車で十五分ほどの住宅街に、健一の実家はあった。
「緊張する……」
玄関の前で、ネフェルティは健一の腕を握りしめた。
「大丈夫。うちの親、優しいから」
「でも、外国人の嫁って驚かない?」
「最初は驚くかもしれないけど、すぐ慣れるよ」
健一がチャイムを押すと、すぐに母親が出てきた。
「健一! 久しぶ……え?」
母親は、健一の隣に立つネフェルティを見て固まった。
褐色の肌。エキゾチックな顔立ち。明らかに日本人ではない外見。
「えっと、母さん。紹介するよ。彼女の……えー、ネ……ネフェル」
「ネフェル?」
「うん。エジプトから来たんだ」
「エジプト!?」
母親の驚きの声が響いた。
「は、初めまして。ネフェルです。ケンイチさんとお付き合いさせていただいています」
ネフェルティは緊張しながらも、丁寧に挨拶した。日本語の敬語は、この一年でかなり上達していた。
「あ、あら……日本語、お上手ね」
「ありがとうございます。ケンイチさんに教えていただきました」
母親はまだ驚いた顔をしていたが、すぐに笑顔を作った。
「まあ、立ち話もなんだから、上がって上がって」
リビングには、健一の父親も待っていた。
父親もネフェルティを見て驚いたが、すぐに歓迎ムードになった。
「へえ、エジプトから。ピラミッドとかスフィンクスの国だよな」
「はい。でも、私は普通の家庭で育ちました」
ネフェルティは嘘をつかずに答えた。実際、彼女は古代エジプトの普通の家庭出身だ。
「日本に来たきっかけは?」
「えっと……」
ネフェルティは健一を見た。
「留学で来日したんだ。それで知り合って」
健一がフォローした。
「そうなんだ。で、今は何を?」
「イラストレーターをしています。フリーランスで」
「ほう、芸術家か。すごいな」
父親は感心した様子だった。
母親がお茶とお菓子を持ってきて、会話は続いた。
「ネフェルさん、日本の生活には慣れた?」
「はい。最初は戸惑うことも多かったですが、今はすっかり慣れました」
「そうよねえ、言葉も文化も違うもんね」
「でも、ケンイチさんがいつも助けてくれたので」
ネフェルティは健一を見て微笑んだ。
「まあ、健一にそんなところがあったなんて」
母親は嬉しそうに言った。
「正直、この子はいつ結婚するんだろうって心配してたのよ」
「母さん……」
健一は恥ずかしそうに顔を赤くした。
「結婚って……」
ネフェルティがドキッとした顔をした。
「え、いや、まだそういう話は……」
健一が慌てて否定しようとしたが、父親が割り込んだ。
「なんだ、まだしてないのか。一緒に住んでるんだろ?」
「それは……まあ……」
「お前も二十八だろ。そろそろ考えてもいい歳だ」
父親の言葉に、健一は言葉に詰まった。
確かに、結婚のことは考えていなかったわけではない。しかし、ネフェルティには重大な問題があった。
彼女には、戸籍がない。
◇ ◇ ◇
実家からの帰り道、新幹線の中で二人は並んで座っていた。
「ご両親、優しい人だったね」
「だろ? 最初は驚いてたけど、すぐ受け入れてくれた」
「うん。……でも」
ネフェルティは少し暗い顔をした。
「結婚の話、出たね」
「……ああ」
健一も複雑な表情になった。
「正直、俺もずっと考えてたんだ。君とこれからもずっと一緒にいたい。できれば、ちゃんと結婚したい」
「私も……ケンイチと結婚したい」
ネフェルティは小さな声で言った。
「でも、私には戸籍がないでしょ? 日本で結婚するには戸籍が必要なんだよね」
「そうなんだよな……」
健一はため息をついた。
ネフェルティは日本に正規の手続きで入国したわけではない。パスポートもビザもない。当然、外国人登録もしていない。法的には、彼女は「存在しない人間」だった。
「調べてみたんだけど」
健一はスマートフォンを取り出した。
「戸籍がない人が戸籍を作る方法、一応あるらしい」
「本当?」
「うん。『就籍許可』っていう手続きがある」
健一は調べた内容を説明した。
「普通、日本で生まれたら出生届を出して戸籍に登録される。でも、何らかの理由で戸籍がない人もいる。例えば、ずっと届出がされなかった無戸籍者とか。そういう人が戸籍を作るために、家庭裁判所に『就籍許可の申立て』をするんだ」
「裁判所?」
ネフェルティは不安そうな顔をした。
「大丈夫、裁判って言っても刑事裁判じゃないから。家庭裁判所で、『この人は確かに存在する人間で、戸籍がないから新しく作ってください』って申し立てるんだ」
「でも、私は日本人じゃないよ?」
「それが問題なんだよな……」
健一は頭を抱えた。
「就籍許可は基本的に日本人の無戸籍者のための制度なんだ。外国人の場合は、まず本国で身分証明を取って、それを基に在留資格を取得して……っていう流れになる」
「でも、私の本国は三千年前のエジプトだよ? もう存在しないし」
「そうなんだよ……」
二人は沈黙した。
「でも」
しばらくして、健一が口を開いた。
「方法がないわけじゃないと思う」
「どういうこと?」
「君は今、日本で生活してる。一年以上、この国で暮らしてる。イラストの仕事もしてる。俺という身元引受人もいる。それに……」
健一は真剣な目でネフェルティを見た。
「正直に言えないこともあるけど、君が実在する人間で、日本で生活する意思があることは事実だ。弁護士に相談して、なんとか道を探してみよう」
「本当に?」
「ああ。絶対に方法を見つける。君と正式に結婚したいから」
ネフェルティの目に涙が浮かんだ。
「ケンイチ……ありがとう」
「まだ何も解決してないよ」
「でも、一緒に考えてくれるだけで嬉しい」
ネフェルティは健一の腕に顔を埋めた。
◇ ◇ ◇
翌週、健一は仕事の合間を縫って弁護士事務所を訪れた。
「なるほど、特殊なケースですね」
相談を受けた弁護士は、難しい顔をしていた。
「正直に申し上げますと、通常の手続きでは難しいです。外国人の方が日本で戸籍を取得するというのは、基本的に帰化の手続きになりますが、それには本国の国籍証明が必要になります」
「やっぱりそうですか……」
「ただ」
弁護士は少し考えてから続けた。
「無国籍者という扱いで進める方法もあります」
「無国籍者?」
「はい。戦争や政情不安で出身国の証明ができない方や、そもそも国籍を持たずに生まれた方など、世界には無国籍者が存在します。日本も無国籍者の保護については一定の法整備がされています」
「なるほど……」
「彼女の場合、出身国の証明ができないという状況は、ある意味で無国籍者に近いと言えます。まずは入国管理局に相談して、在留資格の取得を目指すのが第一歩かと」
「在留資格……」
「はい。在留資格がないまま日本にいると、法的には不法滞在になってしまいます。ただ、彼女のケースは非常に特殊ですし、強制送還しようにも送還先がありません。事情を説明すれば、特別在留許可が下りる可能性もあります」
「でも、事情を説明って言っても……」
『三千年前の古代エジプトから来ました』とは言えない。
「全てを正直に話す必要はありません」
弁護士は理解したように言った。
「『出身国や経緯を証明する書類がない』という事実だけ伝えればいい。なぜそうなのかを詳しく説明する義務はありません」
「……そうですか」
「まずは入国管理局での相談から始めましょう。私も同行しますので」
それから数ヶ月間、健一とネフェルティは法的な手続きに奔走した。
入国管理局での長時間の聴取。
弁護士との何度もの打ち合わせ。
家庭裁判所への書類提出。
健一の身元引受人としての誓約書作成。
ネフェルティは緊張しながらも、全ての手続きに真摯に向き合った。
「私の名前はネフェルです。出身地はエジプトですが、証明する書類はありません。日本で生活を始めて一年以上になります。イラストレーターとして収入を得ており、自立した生活を送っています」
嘘は言っていない。ただ、『三千年前の』という部分を省略しているだけだ。
そして、手続きを始めてから約八ヶ月後——。
「健一さん、ネフェルさん。良いお知らせです」
弁護士から連絡があった。
「家庭裁判所から、就籍許可が下りました」
「本当ですか!?」
健一は思わず声を上げた。
「はい。ネフェルさんは正式に日本の戸籍を取得できます。氏名は『根府瑠 ネフェル』として登録されます」
「根府瑠……」
ネフェルティは目を丸くした。
「それ、私の名前?」
「当て字だけどな。戸籍には漢字表記が必要だから」
弁護士が補足した。
「ネフェルという名前を漢字で表記するために、いくつか候補を出して、最終的にこれになりました。『根』は根源、『府』は府県の府で広い場所を意味し、『瑠』は瑠璃色の瑠璃。エジプトのラピスラズリを連想させる、とご本人が気に入られたので」
「うん。私、首飾りにラピスラズリ使ってたから」
ネフェルティは嬉しそうに言った。
「根府瑠ネフェル……日本の名前みたいだね」
「これで正式に日本での在留資格も取得できます。結婚の手続きも可能になりますよ」
弁護士の言葉に、健一とネフェルティは顔を見合わせた。
「聞いた? ネフェル」
「うん……聞いた」
ネフェルティの目に涙が浮かんだ。
「私、日本人になれるんだ……」
「厳密には『日本に戸籍を持つ人』だけどな。でも、これで結婚できる」
「ケンイチ……!」
ネフェルティは健一に飛びついた。
弁護士事務所の中で抱き合う二人を、弁護士は微笑ましく見守っていた。
「おめでとうございます。長い道のりでしたね」
「本当に、ありがとうございました」
健一は弁護士に深々と頭を下げた。
◇ ◇ ◇
戸籍を取得してから一週間後。
健一は改めてネフェルティにプロポーズした。
「ネフェル」
夕食後、二人でソファに座っている時。健一は小さな箱を取り出した。
「これ……」
箱を開けると、そこにはシンプルなデザインの指輪が入っていた。
「俺と、結婚してください」
ネフェルティは目を見開いた。
「え……本当に?」
「本当に。君と、正式に夫婦になりたい」
ネフェルティの目から、涙がこぼれ落ちた。
「……うん」
彼女は何度も頷いた。
「うん、うん……結婚する。ケンイチと結婚する」
健一はネフェルティの左手を取り、薬指に指輪をはめた。
「少し大きいかな」
「ううん、ぴったり」
ネフェルティは嬉しそうに指輪を眺めた。
「ケンイチ……私、古代エジプトから来た時、すごく怖かった。知らない場所で、言葉も通じなくて、どうしていいかわからなくて」
「……うん」
「でも、ケンイチがいてくれた。言葉を教えてくれて、ご飯を食べさせてくれて、一緒にいてくれた」
ネフェルティは健一の手を握りしめた。
「私を拾ってくれて、ありがとう」
「拾ったって……猫じゃないんだから」
「でも、そんな感じでしょ?」
ネフェルティは笑った。
「光の柱から出てきた謎の女を、一年以上も養ってくれて、戸籍まで取らせてくれて……ケンイチは優しすぎるよ」
「好きになっちゃったんだから、仕方ないだろ」
健一は照れくさそうに言った。
「これからも、よろしくな。……ネフェル」
「うん。こちらこそ、よろしく……ケンイチ」
二人は唇を重ねた。
三千年の時を超えてやってきた少女は、こうして現代日本で、新しい家族を作ることになった。
壁画に描かれた名もなき一市民は、今、愛する人の妻になろうとしていた。