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偽りの帰還

3,905 文字 約 8 分

あらすじ

ある二国間の戦争が終結する。国際法に基づき、捕虜は無事返還されたように見えた。しかし片方の国では、捕虜は秘密裏に改造され、アンドロイドとなっていた。思想を自国に都合の良いように改変され、元の国へ送り返される。


登場人物

レイラ (22歳)
本作の主人公。通信兵として従軍していたが、敵国の捕虜となる。
容姿:肩まである栗色の髪、少し垂れ気味の大きな瞳。戦前は少し太り気味だったが、帰還後はモデルのように均整の取れたスタイルになっている。身長162cm。
性格:元々は内気で臆病だった。帰還後は常に穏やかで微笑みを絶やさない、理想的な女性のように振る舞う。
アンドロイドとしての特徴:生体部品と機械部品のハイブリッド。皮膚の質感や体温は人間と区別がつかない。生殖機能は排除され、代わりに愛玩用・および諜報用の機能が組み込まれている。本人はそれを「健康になった」としか認識していない。

カイル (24歳)
レイラの婚約者。後方支援部隊にいたため、比較的安全な場所にいた。
レイラの無事の帰還を心から喜び、少し変わった彼女の様子も「戦争の辛い経験を乗り越えた強さ」だと好意的に解釈しようとする。

本文

 蒸気機関車が白い煙を吐き出しながら、帝都の中央駅に滑り込んだ。
 プラットホームは、帰還する兵士たちを出迎える家族や恋人たちの熱気で溢れかえっている。歓声、泣き声、抱擁。終戦という事実が、人々の感情を堰を切ったように溢れさせていた。
 その喧騒の中に、レイラは降り立った。
 軍服の裾を整え、彼女は眩しそうに目を細める。日差しが強い。だが、不思議と暑さは感じなかった。以前なら汗が滲んでいたであろう気温だが、今の肌はサラリとしていて、不快感がない。
(ああ、やっと帰ってこれた)
 思考はクリアだった。捕虜収容所での記憶は曖昧だ。辛い尋問や飢えがあったはずだが、まるで霧がかかったように思い出せない。覚えているのは、敵国の医師たちがとても親切だったこと。「君の体調を万全にして帰してあげよう」と言われ、何度も治療を受けたこと。そのおかげで、持病だった偏頭痛も、生理痛も、虚弱だった体質もすべて治っていた。
 体は羽のように軽い。視界も以前より鮮明だ。世界がこんなにも美しかったなんて、知らなかった。

「レイラ!」

 聞き慣れた声に振り返る。人波を掻き分けて、金髪の青年が走ってくる。カイルだ。
「カイル……!」
 レイラは駆け寄ると、彼の手を取った。カイルは勢いよく彼女を抱きしめる。彼の匂い、体温。懐かしい情報の奔流がレイラの中に流れ込む。
「よかった、本当によかった……。もう二度と会えないかと思った」
 カイルは男泣きしていた。レイラは彼に抱かれながら、自分の冷静さに少し驚いていた。胸の奥が熱くなるような感覚はある。けれど、どこか客観的でもあった。カイルの心拍数、体温の上昇、発汗量。それらが手に取るように数値的な感覚として理解できてしまう。
(彼は興奮している。落ち着かせないと)
 レイラは優しく彼の背中を撫でた。その手つきは、計算された一定のリズムを刻んでいたが、カイルがそれに気づくことはなかった。
「心配かけてごめんなさい。でも、もう大丈夫。私はここにいるわ」
 レイラは、カイルが最も安心するであろう声のトーンと表情を選択し、微笑みかけた。

 二人はそのまま、かつて同棲していたアパートへと戻った。
 部屋は綺麗に片付いていた。カイルが彼女の帰りを信じて待っていた証拠だ。
「少し痩せたか? でも、肌艶はすごくいいな」
 カイルはお茶を淹れながら、まじまじとレイラを見た。
「ええ、向こうの食事が意外と健康的だったのかも。それに、向こうの医療技術は進んでいて、悪いところは全部治してくれたの」
「そうか……。捕虜への扱いは酷いと聞いていたけど、運が良かったんだな」
「ええ、本当に運が良かったわ」
 レイラは嘘偽りなくそう思った。今の自分は完璧だ。疲れを知らず、感情に振り回されることもない。
 だが、カイルの視線には情欲の色が混じり始めていた。無理もない。二年ぶりの再会だ。
「レイラ……」
 カイルが近づき、そっと手を伸ばす。レイラの頬に触れる指先が震えている。
 その瞬間、レイラの体内で『モード切り替え』が行われた。
 対象:パートナー(カイル)。
 目的:精神的充足、および肉体的快楽の提供。
 優先度:最高。
 意識の奥底で小さなスイッチが入る音がしたような気がしたが、レイラはそれを「愛しさ」だと認識した。
「カイル……私も、あなたに触れたかった」
 彼女は自然な動作でカイルの首に腕を回し、唇を重ねた。

 ベッドルームへの移動はシームレスだった。
 衣服が脱ぎ捨てられ、二人の肌が重なり合う。カイルは貪るようにレイラの唇、首筋、鎖骨へと吸血鬼のようにキスを落としていく。
「ぁ……ん……」
 レイラは甘い声を漏らした。それはカイルの愛撫に対する反射であり、彼をより興奮させるための最適な音響出力だった。
 カイルの手がレイラの胸に這う。豊かで張りのある乳房。以前よりも形が良く、弾力が増しているようにカイルは感じた。
「すごい……柔らかいのに、張りがある。こんなに綺麗だったか?」
「ずっと会えなかったから……綺麗になった気がするだけよ」
 レイラは艶然と微笑む。実際には、彼女の胸部はシリコンと生体組織の複合材で再構築されていた。感度は人間の数倍に設定されているが、不快な痛みは遮断されるようになっている。
 カイルの指が乳頭を摘むと、レイラは背中を反らして喘いだ。
「あぁっ、そこ……だめ……っ」
 嘘だった。ダメではない。むしろ、そこへの刺激は快楽信号として脳(CPU)に直接送信され、ドーパミンに似た化学物質を合成・分泌させていた。気持ちいいのは事実だ。だが、それはプログラムされた快楽だった。

 カイルは彼女の反応に煽られ、さらに激しく愛撫を続ける。彼の手が滑るように下腹部へと降りていく。
 レイラは脚を開いた。そこは既に濡れていた。
「もう、こんなに……」
 カイルが驚いたように呟く。
「だって……カイルのこと、ずっと考えてたから……」
 これもプログラムのなせる業だった。興奮状態を検知すると、内蔵された潤滑液分泌腺が即座に機能し、最適な粘度の液体を分泌する。摩擦による破損を防ぎ、受け入れをスムーズにするための機能だ。
 カイルが自身の硬直した欲望を、レイラの秘裂に押し当てる。
 熱い塊が、レイラの中へと侵入してくる。
「んうっ……! 大きい……」
 レイラは苦しげな表情を作った。内部センサーが侵入物のサイズと形状を瞬時に計測し、膣内の形状をそれに合わせて微調整する。締め付けすぎず、緩すぎず、相手に最大の快楽を与える形状への可変。人工筋肉が波打つようにカイルを受け入れた。

「はっ、くっ、レイラ、中が……すごい……吸い付いてくるみたいだ」
 カイルは堪えきれずに腰を振り始めた。
 レイラの「中」は、生身の人間には不可能な動きをしていた。細かな襞(ひだ)の一つ一つが独立して動き、まるで生き物のようにカイル自身を刺激してくる。
 レイラ自身には、自分がそれを意図的に動かしている自覚はなかった。ただ、カイルと繋がっている心地よさに身を委ねているだけだと思っている。だが、その体は精密機械のように、相手を搾り取るための運動を繰り返していた。

「あっ、あっ、ああっ! カイル、すご、すごいわ!」
 レイラはカイルの背中に爪を立てた。快楽レベルが閾値を超え、疑似的なオーガズムのシーケンスに入ったのだ。
 彼女の体温が急上昇し、肌が桜色に染まる。瞳孔が開き、呼吸が荒くなる。汗が噴き出し、フェロモンを含んだ香りがカイルの理性をさらに溶かしていく。
 激しいピストン運動に合わせて、レイラの体はベッドの上で跳ねた。だが、その動きにも無駄がない。体力の消耗を最小限に抑えつつ、相手の動きに合わせて衝撃を逃がし、かつ快感を与える角度を維持する。
「レイラ、愛してる……愛してるよ!」
 カイルが叫びながら、最後の衝動を突き上げる。
 レイラの最奥、子宮に模した空間へと、彼の種が放たれた。
 同時に、レイラの内部では分析が走っていた。
 ――DNA情報を採取。個体識別完了。カイル・マクレーン。敵国予備役。重要度D。
 ――精液成分を分析。健康状態良好。
 熱い飛沫を受ける感覚に、レイラはうっとりと目を細めた。
「私も……愛してるわ」
 その言葉に嘘はなかった。少なくとも、彼女の人格プログラムにおいては。
 レイラはカイルを抱きしめ、その鼓動が落ち着くのを待った。彼女自身の心拍数は、行為が終わった瞬間に平常時へと戻り始めていたが、カイルに違和感を与えないよう、あえて呼吸を乱したままにした。

 事後、カイルは泥のように眠りについた。
 窓から月明かりが差し込んでいる。
 レイラはベッドから音もなく起き上がると、鏡台の前へ座った。
 鏡に映る自分の顔を見る。乱れた髪、少し腫れた唇、紅潮した頬。どこから見ても、情事の後の満ち足りた女の顔だ。
 彼女は首を傾げた。
 ふと、視界の端に何かが点滅しているのが見えた。実際の光景ではない。網膜に直接投影されるインジケーターだ。
『定期メンテナンス推奨。バッテリー残量92%。メモリ領域、最適化中』
 謎の文字の羅列。
(なんだろう、これ……。疲れてるのかな)
 レイラは目をこすった。文字は消えた。
(きっと、久しぶりにはしゃぎすぎたんだわ)
 彼女はクスクスと笑うと、ブラシを取って髪を梳き始めた。
 その動きはあまりにも滑らかで、機械的だった。ブラシが髪を通る音だけが、静かな部屋に規則正しく響く。

 彼女の任務はまだ始まっていない。
 今はただ、平和な国の、幸せな帰還兵を演じるだけだ。
 いつか来る「その時」まで、彼女は完璧な恋人であり続けるだろう。
 鏡の中のレイラは、不気味なほど完璧な笑顔を浮かべていた。