睡眠学習の代償
id:4の書き直し。こっちは現実改変されてない。
あらすじ
ある男性は、そろそろ英語を学習しようと思って中古本の販売店で英語学習教材を購入する。教材は至って普通のドリル形式の教材だが、よく見ると”寝ながら聞くだけで英語が身につく音声CD”が付属しており、せっかくなので聞きながら寝る。男性が寝ている最中、だんだん男性の体が変化していき、金髪の外国人の少女の身体になる。英語は喋れるようになったが、逆に日本語がカタコトでしか喋れない。
登場人物
元男性(現在):金髪碧眼の美少女。年齢は10代後半に見える。透き通るような白い肌に、日本人離れした抜群のプロポーションを持つ。胸は大きく豊満で、腰はくびれており、お尻も丸みを帯びている。髪は腰まで届くウェーブのかかったロングヘア。日本語はカタコトでしか話せないが、英語は流暢。
本文
社会人になって数年、俺はふと思い立って英語の勉強をやり直すことにした。昇進に響くとか、海外旅行に行きたいとか、そんな大層な理由があるわけではない。ただ、なんとなく今の日常に停滞感を覚えていて、新しい刺激が欲しかったのだ。
仕事帰りに立ち寄ったのは、駅前の古びた古書店だった。新品の参考書は妙に高いし、どうせ三日坊主になるかもしれないと思えば、中古で十分だ。埃っぽい店内を歩き回り、語学コーナーの棚を指でなぞる。
「……ん?」
ふと、一冊のテキストが目に止まった。背表紙には『奇跡の睡眠学習 ~眠っている間にネイティブ・スピーカーへ~』と、胡散臭いタイトルが踊っている。
手に取ってみると、それは意外にも普通のドリル形式の教材だった。書き込みもなく、状態は悪くない。ただ、裏表紙にCDが封入されたビニールポケットが貼り付けられていた。
『未開封:寝ながら聞くだけで英語が身につく催眠音声CD』
「催眠音声って……」
苦笑しつつも、俺はその本をレジに持っていった。値段は百円。ジュース一本より安いなら、話の種くらいにはなるだろう。
帰宅し、シャワーを浴びていつものジャージに着替える。ビールを一本空けてから、俺は買ってきたCDをプレイヤーにセットした。ベッドに横になり、ヘッドホンを耳に当てる。
「さて、どんなもんかな」
再生ボタンを押すと、ノイズ混じりの静かな音楽が流れ始めた。波の音のような、あるいは心臓の鼓動のような、不思議なリズム。
『……力を抜いて……リラックスして……』
女性とも男性ともつかない、中性的な声が響く。英語ではない。日本語だ。
『……あなたは生まれ変わる……新しい言葉、新しい肉体……』
妙なことを言っているな、と最初は思った。だが、その声を聞いているうちに、泥のような眠気が急速に這い上がってくる。意識がぼんやりとして、手足の感覚が遠のいていく。
熱い。
身体の奥底から、灼けるような熱が湧き上がってきた。
「う、あ……」
声を上げようとしたが、喉が張り付いたように動かない。熱は血液に乗って全身を駆け巡り、細胞一つ一つを書き換えていくような感覚に襲われる。
骨がきしむ音が頭蓋骨に直接響いた。ガ、ゴリ、と骨格が縮んでいく。肩幅が狭まり、骨盤が広がる。男としての無骨な骨組みが、華奢で柔らかな曲線へと作り変えられていく。
筋肉が削げ落ち、その代わりに柔らかな脂肪がつき始める。特に胸元への違和感は強烈だった。平らだった胸板が内側から盛り上がり、皮膚が引き伸ばされる。乳腺が膨らみ、脂肪がそれを包み込み、たぷんとした重みを持った二つの膨らみが形成されていく。先端の突起が衣服と擦れて、電流のような甘い痺れが走った。
「んぅ……っ、ぁ……!」
口から漏れる息遣いも、いつの間にか高く、甘いものに変わっていた。
下半身にも劇的な変化が訪れる。男としての証が熱を持って収縮し、体内へと引き込まれていく。代わりにその場所には、濡れた粘膜の入り口が穿たれた。神経が鋭敏になり、シーツが触れるだけであえぎ声を上げてしまいそうなほどの感度が生まれる。
肌は白く透き通るような色へと漂白され、産毛は抜け落ちて滑らかな陶器のようになった。髪根がむず痒くなり、黒かった短髪が、黄金色の絹糸のようなロングヘアへと伸びていく。
意識は快楽と強烈な睡魔の波に揉まれ、やがて完全に闇へと沈んでいった。
翌朝。
窓から差し込む日差しで、俺は目を覚ました。
「Mm… Morning…」
自然と口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。思考が英語で回っている。
身体を起こそうとして、違和感に気づく。パジャマ代わりにしていたジャージが、やけにぶかぶかだ。袖から出た手を見ると、白く細く、爪は綺麗な桜色をしている。
「What…? What happened to me?」
慌てて洗面所へと走る。鏡の前に立った瞬間、俺は息を呑んだ。
そこに映っていたのは、金髪碧眼の美少女だった。透き通るような白い肌、大きな青い瞳、豊かに波打つブロンドヘア。どう見ても十代後半くらいの、外国の少女だ。
胸元を見れば、だぼだぼのTシャツの襟ぐりから、豊かな谷間が覗いている。試しに手で触れてみると、柔らかく温かい感触と共に、直接脳に響くような甘い感覚が走った。
「Oh my god… It’s real…」
夢ではない。俺は本当に、金髪の少女になってしまったのだ。
とにかく現状を整理しなければ。そう思って独り言を呟こうとした時だ。
「えーと……わた、わたし……?」
愕然とした。自分のことを「俺」と言おうとしたのに、舌がうまく回らない。日本語のイントネーションが分からず、どうしてもカタコトになってしまう。
「な、なまえ……わたしの、なまえ……」
日本語を話そうとすると、脳に霧がかかったようになり、幼児のような拙い言葉しか出てこない。逆に英語で思考すると、驚くほどスムーズに言葉が溢れてくる。
あのCDだ。あれが俺を、いや「私」を、身も心もネイティブ・スピーカーへと作り変えてしまったのだ。
鏡の中の美少女――かつての俺は、困惑した顔を浮かべながらも、その豊満な胸と華奢な肢体を落ち着かない様子でさすり続けていた。英語しか話せない金髪美少女としての、新しい生活が始まろうとしていた。
とにかく、会社に連絡を入れなければならない。無断欠勤は社会人としてあり得ないからだ。
「I have to contact my office…」
スマートフォンを手に取り、業務連絡用のチャットアプリを開く。上司のアカウントを表示し、メッセージ入力欄をタップした。
『体調不良のため、本日はお休みをいただきます』
そう打とうとした指が、画面の上でピタリと止まる。
「Eh…? How do I write that in Japanese?」
頭の中には伝えたい内容があるのに、それを日本語の文章として構築できない。平仮名はなんとか読めるが、漢字が記号のように見えて意味が入ってこないのだ。キーボードのフリック入力すら、指が配置を忘れているようでおぼつかない。
「Oh no… This is bad…」
焦燥感が募る。俺は仕方なく、翻訳アプリを立ち上げた。
『I caught a cold, so I will be absent from work today.』
そう入力し、翻訳された『風邪をひいたので、今日は会社を休みます』という日本語をコピーして、チャットに貼り付ける。送信ボタンを押すと、どっと疲れが押し寄せた。母国語を失うことが、これほどまでに不便で心細いとは。
一息ついて、机の上に置かれた元凶――あの英語教材を睨みつけた。
パラパラとページをめくってみる。
「I see… This grammar is basic.」
英文は驚くほどスラスラと頭に入ってくる。意味を考えるまでもなく、景色を見るように理解できるのだ。しかし、その横に添えられた日本語の解説文は、まるで暗号のようにしか見えない。
やはり、あのCDが俺の言語中枢を書き換えてしまったことは間違いないようだ。
本を閉じ、ふと視線を落とすと、ダボダボのTシャツの襟元から覗く自分の胸が目に入った。
動くたびに、豊満な二つの膨らみがたぷん、と揺れる。
「…Wow.」
改めて見ると、とんでもないものをぶら下げている。俺は恐る恐る、自分の胸に右手を添えてみた。
掌に吸い付くような、餅のように柔らかくしっとりとした感触。指で少し強めに押すと、ムニリと肉が形を変え、指の隙間から白磁の肌が溢れる。
「Hn…」
ただ触れただけなのに、背筋がゾクゾクするような甘美な電流が走った。
Tシャツを捲り上げると、そこには雪のように白い肌と、主張するように尖ったピンク色の突起があった。誰にも触れられたことのないバージンな乳房は、エアコンの風に晒されただけでキュッと収縮し、先端を硬くしている。
俺は誘惑に負け、その先端を指先でコリっと弾いてみた。
「Ahn…!」
脳が溶けるような快楽が炸裂し、甲高い嬌声が漏れる。ビクリと身体が跳ね、膝から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
なんだこれは。男だった頃とは、感度の桁が違う。
下半身もそうだ。ブカブカのボクサーパンツの中で、股間が熱を持ち、濡れそぼっているのがわかる。
俺はパンツを下ろした。そこには、割れ目だけの、無防備でなめらかな秘所があった。恥丘は薄く色づき、愛液でぐっしょりと濡れている。
震える指を這わせる。ひだを割り、一番敏感な部分に触れた瞬間、
「I… I can’t… It feels too good…!」
英語での喘ぎと共に、俺の意識は再び快楽の波に飲み込まれそうになった。自分の身体が自分のものでないような、しかし快楽だけは容赦なく脳髄を焼き尽くす。この身体は、おそらく「英語学習」以外の用途にも、過剰なほどに特化されてしまっているようだ。
逃れられない快感に、腰が勝手にくねる。指先が秘肉をかき分けるたび、ジュワリと新たな愛液が溢れ出し、指を濡らしていく。
「Oh… god…」
クリトリスを執拗に弄ると、脳裏に白い光がチカチカと明滅した。男だった頃の射精感とは全く違う、全身が溶けてしまいそうな、深く、長い絶頂の予感。
俺は我慢できず、中指を膣口へと沈めた。
「Nnngh!!」
窮屈な肉壁が異物を締め付ける。未開発のナカは熱く、脈打っていた。指を出し入れするだけで、内壁のひだ一つ一つが擦れ、脳髄を痺れさせるような信号を送ってくる。
自分の指でこれだ。もし本物の男根を受け入れたらどうなってしまうのか。そんな淫らな想像が頭をよぎり、さらなる興奮を呼び起こす。
足の指が縮こまり、太ももが痙攣する。
「Com… Coming…!」
絶叫に近い嬌声と共に、俺の身体は弓なりに反り返った。子宮の奥がきゅっと収縮し、大量の潮が噴き出す。視界が真っ白になり、世界が快楽一色に染まった。
一通りの快楽の余韻に浸った後、俺は賢者タイムならぬ賢者モード(英語思考バージョン)で冷静さを取り戻した。
お腹が空いた。冷蔵庫の中はビールと少しのつまみしかない。食事を買いに行きたいが、重大な問題がある。
「I have nothing to wear…」
クローゼットにあるのは、すべて無骨な男物の服だ。今の華奢な身体で着れば、全部がオーバーサイズどころか、子供が大人の服を着ているようになってしまう。下着に至っては論外だ。
俺はPCを開き、通販サイトにアクセスした。
お馴染みのショッピングサイトだが、画面に並ぶ日本語の文字が相変わらず記号の羅列に見える。
「Translate… Where is the translation button?」
ブラウザの翻訳機能を使い、ページ全体を英語に変換する。
『Ladies’ Fashion』『One-piece dress』『Underwear』
なんとか意味が分かるようになった。それにしても、自分の服、しかも女性物の下着を選ぶことになるとは。
画面に並ぶレースやフリルのついたランジェリーを見て、羞恥と共に、身体の奥がうずくような奇妙な興奮を覚える。サイズなんて分からないが、今の身体つきを見る限り、かなりメリハリのある体型だ。とりあえずレビューを参考に、伸縮性のありそうなフリーサイズや、調整可能なものを選んでカートに放り込んでいく。
服は無難なデザインのワンピースと、少し大きめのパーカーを選んだ。これなら多少サイズが合わなくても誤魔化せるだろう。
幸い、即日配送のオプションが使えた。便利な世の中で助かった。
数時間後。
チャイムが鳴り、置き配で荷物が届いた。
俺は早速ダンボールを開け、購入した衣服を身につけていく。
まずは下着だ。慣れない手つきでブラジャーをつける。ワイヤーが豊満な肉を支え、谷間を強調する。ショーツは滑らかな生地が敏感な秘所に触れ、それだけで少し腰が浮きそうになった。
「It fits perfectly…」
鏡の前でワンピースを着てみる。ウエストがきゅっと締まり、そこから広がるスカートがふわりと揺れる。金髪のロングヘアと相まって、どこぞの令嬢のような見た目だ。
「Okay, let’s go.」
深呼吸をして、俺は玄関のドアを開けた。
外の空気はいつもと変わらないはずなのに、視点の低さと、肌に感じる風の感触が全く違う。
近所のコンビニまでの道のりが、まるで異国を歩いているような緊張感に包まれていた。
すれ違う人々が、皆一様に俺を見てくる。
「うわ、すっげー美人……」
「外人さん? モデルかな」
「金髪、超きれい……」
日本語の会話は聞き取れる。どうやら、奇異の目というよりは、好意的な、あるいは羨望の眼差しのようだ。男だった頃には向けられたことのない視線の熱さに、顔がカッと熱くなる。
コンビニに入ると、店員の視線が一斉にこちらに向いた。
俺は必要なもの――サンドイッチやサラダ、それに水をカゴに入れ、レジに向かう。
レジの若い男性店員が、俺を見るなり明らかに動揺した。
「い、いらっしゃいませ。温めますか?」
店員がマニュアル通りの日本語で尋ねてくる。
ええと、温めなくていいです。そう言おうとして、口を開く。
「N… No. Thank you.」
咄嗟に出たのは英語だった。日本語で否定しようとしたのに、喉が拒否反応を起こしたように詰まってしまったのだ。
「あ、えっと……No? Okay. Seven hundred yen… please?」
店員が慌ててカタコトの英語で対応してくれる。
「Here.」
千円札を出すと、店員はお釣りとおにぎりを袋に入れて渡してくれた。
「Thank you.」
店を出て、俺は大きくため息をついた。
これは、想像以上に大変かもしれない。見た目は完全に外国人、中身は日本人なのに日本語が話せない。このギャップを抱えたまま、この日本社会で生きていかなければならないのだから。
だが、不思議と悲壮感はなかった。すれ違うガラスに映る自分の姿――風になびく金髪と、誰もが振り返る美貌。この新しい人生も、悪くないかもしれない。そんな予感が、不安の中に混じり始めていた。
マンションに戻り、買ってきたサンドイッチを頬張りながら今後のことを考える。
今日明日は貯金で食いつなぐことができるとしても、この先はどうなる?
俺の身分証明書――運転免許証やパスポートは、当然ながら「以前の俺」の写真とデータだ。今のこの、金髪碧眼の美少女である俺を証明する公的な書類は何一つ存在しない。
「I’m an illegal alien… in my own country.」
自分の国で不法滞在者のような扱いになるとは。いつ職質されるかも分からないし、まともな職に就くこともできないだろう。
それに、まずは言葉だ。
日本人でありながら日本語を一から勉強し直すなんて、笑えない喜劇だ。だが、この国で生きていく以上、日本語が話せないのは致命的すぎる。
「I have to learn Japanese… from scratch.」
聞き取ることすら怪しくなってきた今、この国で生きていくには日本語の習得が不可欠だ。
俺は本棚の隅に追いやってしまったあの「睡眠学習教材」を再び手に取った。皮肉なことに、今の俺にとって最高の日本語教師は、俺をこうしてしまったこの教材なのかもしれない。
英語で書かれた解説文を読み、そこに記された日本語を「外国語」として学ぶ。
「“Watashi wa… ringowo… taberu…”」
テキストのローマ字読みを頼りに、幼児のような発音で日本語を口にする。舌の動かし方が全く違うため、簡単なフレーズ一つ言うだけで顎が疲れた。
繰り返しているうちに、頭が痛くなってくる。
「“Kore wa… pen desu…” No, intonation is different?」
何度発音しても、CDの音声(つまり以前の日本語)と同じにならない。少しでも意識を抜くと、英語特有の巻き舌やアクセントが顔を出し、日本語の平坦なリズムを乱してしまうのだ。
さらに、文字の問題がある。
俺はノートに平仮名を書き取ってみた。『あ』『い』『う』……。
かつては無意識に書けた文字が、今は複雑な幾何学模様に見える。バランスが取れず、ミミズがのたうち回ったような線になる。
「Damn it! Why is this so hard!」
ペンを投げつけそうになるのを必死で堪える。
漢字に至っては絶望的だ。『日』や『口』といった単純なものならまだしも、『憂鬱』とか『薔薇』なんて文字を見せられたら、脳が処理を拒否してフリーズしそうになる。以前の俺はこれをスラスラと読んでいたはずなのに。
一時間、二時間……時間を忘れて没頭したが、進歩は亀の歩みより遅い。
自分のことなのに、自分じゃないみたいだ。いや、もう身体も脳も「自分」ではないのかもしれない。
数時間ほど格闘した後、俺はベッドに大の字になった。
独学だけでは限界がある。それに、社会的に抹殺されたままでは困るのだ。
誰か、事情を話して協力してくれる人間が必要だ。
「Tanaka…」
ふと、同期の田中(たなか)の顔が浮かんだ。
あいつなら、入社以来の付き合いで気心も知れている。少し軽薄だが、情に厚い男だ。以前、飲み会の席で「もし俺が女になったらどうする?」なんて馬鹿話をしたこともある。
もしあいつに、俺が俺であることを証明できれば。会社への連絡や、身元の保証について相談に乗ってもらえるかもしれない。
「But how can I explain this?」
どうやって説明する? 電話をしたところで、出るのは英語しか喋れない外国人女だ。メールも日本語で打てない。
悩んだ末、俺は翻訳アプリを使って、田中宛てのメッセージを作成することにした。
『田中、俺だ。信じられないかもしれないが、大変なことになった。今、俺の家にいる。とにかく来てくれ』
翻訳された文章は少し不自然だったが、緊急性は伝わるだろう。
送信ボタンを押し、祈るような気持ちでスマートフォンの画面を見つめた。
既読がついたのは、それから数分後のことだった。
ピンポーン。
チャイムの音が部屋に響いた。時計を見ると、メッセージを送ってから三十分も経っていない。田中のやつ、タクシーでも飛ばしてきたのか。
俺は鏡で身だしなみを整え――といっても、金髪を整えるだけだが――深呼吸をしてドアを開けた。
「おい、大丈夫かよ! 大変なことって……」
息を切らせて立っていた田中は、俺の顔を見るなり言葉を失った。
「……え?」
口をポカンと開け、数秒間フリーズする。
「Who are you?」
あ、しまった。条件反射で英語が出てしまった。
田中は目をぱちくりとさせ、部屋番号を確認し、再び俺を見た。
「あー、ソーリー。アイム・ルッキング・フォー・マイ・フレンド……えっと、この部屋の住人の……」
拙い英語で話そうとする田中の姿に、少しだけ懐かしさと安堵感を覚える。だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
俺はスマートフォンを取り出し、翻訳アプリを起動した。
「Please wait.」
マイクに向かって英語を話す。
『話を聞いてくれ。俺だ』
機械的な日本語音声が流れると、田中は眉をひそめた。
「は? ユー? どういうことだ?」
田中が日本語でまくし立てるが、その言葉の意味が正確に入ってこない。音としては聞こえるが、何を言っているのか理解できないのだ。
「Sorry, I can’t understand Japanese well. Please speak into this app.」
俺はスマホを田中に突き出した。田中は困惑しながらも、言われた通りにスマホに向かって喋る。
『お前、誰だ? それにアイツ……この部屋の本来の家主はどうした?』
画面に表示された翻訳された英文を見て、ようやく意味が通じた。
「I am him. I know it sounds crazy, but I was transformed into this body.」
『俺があいつだ。信じられないだろうが、この体に変わってしまったんだ』
翻訳音声を聞いた田中は、鼻で笑った。
『冗談キツイぜ、お嬢ちゃん。アイツの隠し子か、それともデリヘルの新手のプレイか?』
信じてもらえないのは当然だ。俺は焦りながら、二人しか知らない情報を伝えることにした。
「Remember the incident at the izakaya three years ago? You threw up on the manager’s shoes.」
『三年前の居酒屋での事件を覚えているか? お前、部長の靴にゲロ吐いただろ』
翻訳が流れた瞬間、田中の顔色が変わった。
『な、なんでそれを……あれは墓場まで持ってく秘密のはずじゃ……』
「Also, you have a mole on your right buttock.」
『あと、右の尻にホクロがある』
そこまで言うと、田中は絶句し、俺の顔をまじまじと見つめた。
『マジか……? お前、本当に……?』
俺は無言で頷いた。
田中は頭を抱え、その場にしゃがみこんだ。
『おいおい、嘘だろ……。男が急に金髪美少女になるなんて、ラノベかよ……』
混乱しながらも、田中はようやく俺の話を聞く態勢に入ってくれたようだ。俺は安堵のため息をつき、彼を部屋の中へと招き入れた。
俺たちはローテーブルを挟んで向かい合った。
田中はまだ信じられないといった様子で、俺の顔や身体をチラチラと見ている。
俺は翻訳アプリを介して、昨夜からの出来事を詳しく説明した。
古書店で買った怪しい英語教材のこと。
付属のCDを聞きながら寝てしまったこと。
起きたらこの姿になっていて、日本語が話せなくなっていたこと。
説明を終えると、田中は深く息を吐き、天井を仰いだ。
『……話としては分かった。分かったが、理解が追いつかねえよ』
そりゃそうだろう。俺だって逆の立場なら頭がおかしくなったのかと疑う。
俺は証拠として、件の教材とCDを田中に見せた。
「Check this CD. But don’t listen to it.」
『これ聞いたら俺も美少女になるのか? ……なんてな、冗談言ってる場合じゃねえか』
田中はCDケースを裏返し、まじまじと観察した。
『確かに怪しいな。メーカー名もねえし、どこで作られたもんかも分からん』
田中はCDをテーブルに戻し、真剣な表情で俺に向き直った。
『まあ、お前が誰かのドッキリじゃないってことは認めてやる。あの恥ずかしい過去を知ってるのは、世界でお前だけだからな』
苦笑いする田中に、俺も少しだけ笑みを返した。
『で、どうするんだ? 会社には?』
「I can’t go to work like this.」
『だろうな。今の状況じゃ、出社した瞬間に不法侵入で通報されかねない』
田中は腕を組み、考え込んだ。
『とりあえず、会社には俺から適当に言っといてやる。「急病でしばらく休む。実家に帰るかもしれん」ってな。長期欠勤なら、最悪退職扱いになるかもしれんが、今のままじゃクビも同然だしな』
有難い。今は時間を稼ぐしかない。
「Thank you, Tanaka. You are a life saver.」
『礼なんていいって。……しっかし、本当になんつー姿になってんだよお前』
田中は改めて俺を見つめ、複雑そうな顔をした。
『ムカつくくらい美人だな。中身がお前だと思うと気持ち悪いけど』
「Shut up.」
英語で悪態をつくと、田中はへへと笑った。
ひとまずの協力者は得られた。だが、これはほんの入り口に過ぎない。俺の闘いは、ここから始まるのだ。