チャンネル改竄ロボット
あらすじ
ある近未来の学園都市。技術が発達する中で犯罪者の数も増加していた。
そのため、都市では学生らによる治安維持部隊が存在し、かろうじて治安が守られている。
ある女子生徒が見回り中、数人の怪しい集団を見かけ、調査に回る。
彼らは見つけたばかりで使い方もよく知らない”機械化光線銃”を生徒に対して放つ。
登場人物
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カナエ
治安維持部隊に所属する女子生徒。17歳。身長160cm。明るめの茶髪を無造作なポニーテールにまとめており、顔立ちは整っているが表情は常に気怠げで無関心。服装は、学園の指定制服(無地のブラウスとプリーツスカート)の上に、防刃・防弾素材で構成されたいかついタクティカルベストを羽織り、太もものホルスターにはスタンガンや警棒をマウントしている。正義感や使命感はなく、部隊の活動は「内申点が稼げる」「手当がいい」という打算的な理由だけでこなしている。 -
不良集団
学園都市の裏通りをたむろするならず者の生徒たち。裏ルートで出回り始めた怪しい兵器「機械化光線銃」と専用リモコンを偶然手に入れ、面白半分で試し撃ちの的を探している。
本文
ざわめくネオン管と、空中を飛び交うホログラム広告。
ここは技術の最先端を行く近未来の学園都市。だが、その輝かしい外面とは裏腹に、影に潜む犯罪件数は年々増加の一途をたどっていた。警察組織だけでは到底手が回らなくなった結果、都市が苦肉の策として導入したのが、訓練を受けた一部の学生自身による「治安維持部隊」の結成であった。
「あーあ、早くパトロール終わんないかな。足痛いし、帰ってゲームしたい」
暗い路地裏を歩きながら、カナエは大きな欠伸を噛み殺した。
彼女は治安維持部隊に所属する17歳の女子生徒である。身長160cmほどの均整の取れたスタイルに、明るめの茶髪をラフなポニーテールにまとめている。本来なら可憐と言える顔立ちをしているが、常にやる気のない気怠げな表情がそれを台無しにしていた。
身につけているのは、スリットの入った制服のスカートにシンプルなブラウス。そして特筆すべきは、その上からゴツい金属質なタクティカルベストを着込み、太もものガーターベルトのようなホルスターには高出力のスタンガンと警棒をマウントしている点だ。
カナエに崇高な正義感など微塵もない。彼女が夜の危険なパトロールをやっているのは、単に「部隊に所属していると単位がもらえる」ことと、「危険手当のバイト代が馬鹿にならないくらい高いから」に過ぎなかった。
「ん……?」
見回りのルートである路地の奥、廃棄されたコンテナが積まれた暗がりで、何やらごそごそと動く数人の人影があった。
治安を乱す落ちこぼれの不良集団だ。彼らは何か重そうな金属製の筒――奇妙な形状の銃のようなもの――を囲んでニヤニヤと下品に笑い合っている。
『見回り中に怪しい奴らを見つけたら、とりあえず職務質問して報告ポイントを稼ぐ』。
マニュアル通りに考えたカナエは、面倒くさそうに警棒を引き抜き、カチャカチャと金属音を立てながら歩み寄った。
「そこのあんたたち。こんな時間に何してんの? 治安維持部隊のパトロールなんだけど」
カナエが声をかけると、不良たちはビクッと肩を跳ねさせた。
「げっ、治安維持部隊のサツ気取りかよ!」
「うるせえな、ちょうどいい! こいつの試し撃ちの的にしてやるよ!」
不良の一人が、抱えていたその奇妙な銃をカナエの方へ向けた。流線型のボディに、不気味に青光りするエネルギーチューブが巻き付いている。明らかに一般の銃器ではない。
「は? 何それ、おもちゃ? 公務執行妨害で……」
カナエがスタンガンを構えようとした瞬間、不良が引き金を引いた。
「いっけえええ!」
カッ――!!!!
凄まじい閃光が暗い路地を真昼のように照らし出し、直後に物理的な衝撃波がカナエの体を吹き飛ばした。
「きゃっ……!?」
カナエの細い体が宙を舞い、地面に激突する。同時に、彼女の全身を覆い尽くすほどの濃厚な白煙が立ち上った。
「ゲホッ、ゴホッ……! な、何よこれ……痛っ……」
カナエは咳き込みながら身を起こそうとしたが、ふと、自身の体に強烈な違和感を覚えた。
まず、腕が異様に重い。
地面について立ち上がろうとした彼女の視界に入ったのは、柔らかな肌色の腕ではなく、艶消しされた銀色の金属パイプと、ワイヤーが剥き出しになったロボットのマニピュレーター(手)だった。
「……え?」
カナエの気怠げな声は、彼女自身の耳にも「ガガ……ピー……」という電子音混じりのノイズとして響いた。
触覚がない。ぶつけた痛みはあるはずなのに、それは「エラー信号」という無機質なデータとして脳に直接流れ込んでくるだけだ。
彼女が戸惑いながら自分の胸元を見下ろすと、制服やタクティカルベストはなく、のっぺりとした金属の装甲板に置き換わっていた。脚も同様だ。関節部分はボールジョイント化しており、少し動かすだけで「ウィーン、ガシャ」という小型モーターの駆動音が鳴る。
最も異様だったのは、自分の『視界』だった。
四角い枠に囲まれた画面。そこには横線状のノイズが走り、視界の隅には「BATT:89%」「MODE: STANDARD」という緑色のフォントが明滅している。
カナエは震える金属の手で、自分の顔があるはずの場所を触った。
そこにあったのは、人間の頭部ではなく――角ばった薄型の、旧時代的なテレビモニターだった。
「な、なにこれ!? 私の体……!」
パニックに陥るカナエだが、発せられる声は「ガピー! キュイイ! エラー! エラー!」という単調な機械音にしかならない。
煙がすっかり晴れた後、そこに座り込んでいたのは、頭部がテレビ画面になった奇妙な人型のロボットだった。画面には、困惑の表情を示すような簡素な顔のドット絵((>_<)のような記号)が映し出されている。
不良たちも目を丸くしてその様子を見ていた。
「す、すげえ! 本当に機械になっちまったぞ!」
「なんだこれ、頭がテレビだぜ! ダッサ!」
彼らは自分たちが放った銃の信じられない効果に驚愕しつつも、面白がって腹を抱えて笑い始めた。
「ふ、ふざけないで! 元に戻しなさいよ!」
カナエが抗議のつもりで前に進み出ようとしたが、急に構造が変わった関節のサーボモーターが上手く制御できず、ガシャンと無様に転倒してしまう。
「おい、この銃のケースになんか他の物も入ってたぞ。リモコン……?」
不良の一人が、四角いプラスチック製のリモコンを取り出した。そこにはテレビのリモコンのように「1」「2」「3」とチャンネルのボタンが並んでいる。
「ひょっとして、こいつを操作できるんじゃねえか?」
不良がリモコンをカナエの方に向け、「チャンネル2」のボタンを押した。
ピピッ。
その瞬間、カナエの頭部であるテレビ画面が「ザーーーッ!」という激しい砂嵐に包まれた。
『強制入力信号を受信。チャンネル切り替えを実施します』
カナエの意識の奥底で、直接システム音声が鳴り響く。
「え……? いや、やめ……私、は……」
カナエの自我が遠のき、真っ白なノイズに塗り潰されていく。今まで感じていたダルさや、パトロールを早く終わらせたいという感情、女子高生としての過去の人間的な記憶が、バックグラウンドの奥底へと押し込められ、不可逆のロックをかけられていく。
砂嵐が晴れた後、テレビ画面に映し出されたのは、真っ赤に釣り上がった攻撃的なドット絵の目だった。
「ギギ……コマンドヲ受信。戦闘モード、起動」
そこにはもう、気怠げなカナエの面影は微塵もなかった。彼女はリモコンを持つ不良を絶対の「マスター」として認識し、それに従うだけの好戦的な機械へと完全に人格(チャンネル)を切り替えられてしまったのだ。
「うひょー! マジで俺たちに従うぜ! こいつは傑作だ!」
「おい、あちこちから足音がする! 他の治安維持部隊の連中だ!」
路地の両側から、重武装した数人の治安維持部隊の生徒たちが駆けつけてきた。GPSシグナルの異常を検知した増援部隊だった。
「そこまでだ! 武器を捨てて投降しろ!」
強力なライトで照らされ、不良たちは一瞬ひるんだが、リーダー格の男がニヤリと笑ってリモコンを突き出した。
「へへっ、いいぜ! おいロボット女! あいつらを全滅させろ!」
「コマンド受領。対象ヲ全力デ排除シマス」
テレビ画面の赤い目を明滅させ、カナエだった機械は、かつての仲間たちへと無機質な足音を響かせながら突撃していった。
「対象ヲ全力デ排除シマス」
テレビ画面に映し出された赤い目を点滅させながら、カナエだった機械は力強く踏み出した。
だが、その威勢の良さとは裏腹に、彼女の動きはひどく鈍重だった。
「ガシャン、ガシャン」と不器用な足音を立てて突進するものの、急遽手に入れた重い旧式風の金属ボディは、人間の頃と同じようには動かせない。さらに言えば、カナエは元々「適当にやって内申点を稼ぐ」スタンスの生徒であり、格闘センスなど皆無に等しかった。チャンネル操作によって無理矢理「戦闘モード」たるソフトウェアを立ち上げられたところで、ハードウェアと機体の経験値が全く追いついていなかったのだ。
「なんだ、あれは? ドロイドか?」
「よく分からんが、直ちに制圧する!」
対する治安維持部隊の生徒たちは、日夜訓練を積んだ精鋭だった。
突っ込んでくるテレビ頭のロボットに対し、部隊のひとりが冷静に電磁ネットのランチャーを構えた。
「発射!」
バシュッ、という空気の炸裂音と共に撃ち出された電磁ネットが、カナエの身体を的確に捕らえる。
「ガピーッ!? システム、エラー! 異常電流ヲ検知!」
ネットから流れる高圧電流が、旧式モニターの頭部や剥き出しの関節から容赦なく内部メカへと侵入した。カナエの動きがピタリと止まり、テレビ画面の赤い目が大きく乱れてノイズの砂嵐に変わる。
「ええい、使えないロボットだ! なんだそのザマは!」
頼みにしていたロボットがあっさりと無力化されたのを見て、不良たちは顔を引きつらせた。
「クソッ、逃げるぞ!」
彼らは何の役にも立たなかった専用リモコンをその場に放り投げ、真っ暗な路地の奥へと一目散に駆け出していった。
リモコンが地面に落ちて「ガシャッ」と音を立てた瞬間、カナエの頭の画面がフッと暗転した。
『――強制シャットダウン』
途切れ途切れの無機質な合成音を残し、彼女は完全に機能停止してその場に崩れ落ちた。
「敵対者は逃亡! 追跡斑、追え! ……おい、この残された機械はどうする?」
「見たことのない珍しい型だな。違法改造されたジャンク品のようにも見えるが……とりあえず回収だ。技術・開発部門に持ち込んで解析させよう」
部隊の生徒たちに抱え上げられ、完全に動きを止めたカナエのボディは、ただの「機能停止した怪しいドロイド」として回収されていった。
――それから数日後。
治安維持部隊の専用ラボにて、重々しい搬入作業が行われていた。
「新しく納入されたサポートロボットの初期テスト、完了しました」
白衣を着た技術班の生徒が、クリップボードを見ながら報告する。
ラボの中央に立っていたのは、ごく一般的な女子生徒の容姿をした精巧なヒューマノイドだった。艶のある人工皮膚と、整った造形の顔立ち、綺麗に切り揃えられた黒髪。生気は一切感じられないが、見事な造形である。服装は治安維持部隊の制服だが、以前のカナエが着ていたようなゴツいタクティカルベストではなく、量産型としてのスマートな装甲が計算されて配置されていた。
その内部――胸部のコアパーツや、四肢を動かすための重要部品には、先日回収された「テレビ頭のロボット」の残骸から抜き出された高精度パーツが徹底的に解体・再利用されていた。
元々人間の身体が直接変換されたものであったためか、機械化光線銃の未知のテクノロジーによって生成されたそのパーツ群は、人型ヒューマノイドを動かすのに最適な物理構造をしていたのだ。
『システム、オールグリーン。起動準備完了』
一般的な女子生徒の容姿をしたロボットが、ゆっくりと目を開けた。
透明感のある精巧な瞳が、焦点のないままラボの空間を見つめている。
「よし、起動テストは順調だな。彼女の……ああいや、この機体の識別コードは?」
「シリアルナンバー、K-N-A-E-01です」
「了解した。パトロール任務のルートを設定。即時、実戦投入する」
『コマンド受領。パトロール任務ヲ開始シマス』
抑揚の一切こもっていない、流暢だが人工的な音声がラボに響く。
そこには、面倒くさそうに欠伸をしながら夜の街を歩いていた少女の面影はない。頭を抱えてパニックになっていたテレビ頭のジャンク品としての意識すらない。
彼女の奥底にあったはずの「カナエ」という人間の自我は、解体と再利用のプロセスの中で完全にフォーマットされ消去されていた。
命令を受理した彼女は、与えられたプログラムに従い、寸分の狂いもない正確な歩調でラボから歩み出ていく。
ただ学園都市のルールに従い、異常がないか見回り、規定通りに犯罪者を排除するだけの優秀な機械。
もはや誰も、完璧で従順なそのサポートロボットが、かつて自分たちの仲間であった「打算的な女子生徒」だったことなど知る由もないのだった。